38.今回は最期まで見届けました
一抹の不安を抱きながらも張り切っている幼女、その黒い枝に身を任す。
背負っている荷物も含めると決して軽いとは言えない私の身体をひょいと持ち上げ、しっかりと掴んだ黒い枝。そしてやっぱり多足類のようにいくつもの黒いそれが伸びて、ガサガサと動き出した。
見た目は全く好ましくないものの、しっかり支えてくれているのでスピードさえ出なければ安定していていい乗り物のようにも思える。懸念していたそのスピードも上手く調節できているようで、私のオーダー通り、ヒスロより少し速いくらいだ。さすが自信があっただけはあるね。
散らばる危獣の死体も軽々と避け、時には蹴散らしながらどんどん進む。
鉱山に向かう時にも結構な数を倒したけど、さっきの広範囲攻撃のお陰もあってか数分は生きている危獣に出会うことはなかった。
「ん?」
しばらくすると、まるで何かから逃げるように様々な種類の危獣たちがヒスタルフの方へ向かっているのが見えた。危獣の群れに私たちが追いついたという感じだ。
反対方向にいるらしい聖獣がよほど恐ろしいのか、精霊が危獣を追い払う術なんかを使ったのか。
結界も万能ではないだろうし、とにかくこの危獣の群れが町に行かないようにしないと。
「ミレスちゃん、走りながらあれをどうにかすることってできる?」
鉱山の魔気を吸収するまではこの走る黒い枝を制御できなかったくらいだ。今はスピードも含め上手くやってくれているけど、それを維持しながら攻撃は果たしてできるのか。
無理ならここで止まるか群れを追い越して、さっきの広域攻撃をやってもらうしかない。
「ん」
できたらいいなーくらいの気持ちだったけど、特に問題ないらしい。すぐに頷いた幼女は、またも私の左手を握り締めてきた。
「ガァァァアアアアアッ」
薄く黒い霧が広がったと思えば、断末魔を上げて危獣の群れは次々と息絶えていった。
鳥や小動物、人食い花のようなものから見たことのある熊まで、本当に様々な種類の危獣がいた。一体この結界内にどれだけの数がいるのか、グルイメアで出会った以上の数なのではないかというほどだった。よほどこの結界内の方が危険だ。
「ミレスちゃん、ありがと! さすがだね!」
「ん」
抱えた幼女ごと黒い枝にがっしりと掴まれている──というよりぐるぐる巻きにされているので、頭を撫でることはできず精一杯頬ずりした。
ちなみに広域攻撃を使う度に疲労感が襲うけど、多分何かしらの代償だよね。いつぞやの胴長の危獣の時は倒れてしまったくらいだし、それに比べたらこんな疲労感くらい可愛いものだよね。
私もかなり魔力やら霊力やらに耐性ができているのか、幼女の力が上手く機能しているのか。とにかくどんどん幼女は強くなるし対価は小さくなるしで万々歳だ。
しばらく危獣の群れに追いついては攻撃して、というのを繰り返していると、あっという間に結界の薄い膜が見えた。私の足だと何十分もかかったかもしれないから、本当に幼女が優秀すぎる。
「あれ?」
もうすぐで結界と接触する、というところで、その結界の外で動き回る何かが見えた。
というか、結界から危獣が逃げ出してないか。
「ミレスちゃん!」
「ん」
さほど広範囲ではないため、いつもの幼女の攻撃で危獣を倒していく。黒い枝に貫かれた危獣はどこかへ吹っ飛ばされていた。
もしかしたら近くにテア様たちがいるかもしれない。
テア様とエメリクはともかく、衛兵さんたちに見られると面倒なので黒い枝から下ろしてもらう。
案の定、結界の外にいたのはエメリクのようだった。腕に抱えているのは誰だろう。何かあったのかな。
「ちょっと二人とも、大丈夫ー!?」
衛兵さんたちは見当たらないようだったけど、用心してとりあえず走る。
結界を抜けると外にも多くの危獣の死体があちこちに転がっていて、かなりの戦場だったのが窺える。
エメリクは地面に膝をついて呆然とこちらを見ていた。なぜか固まっている。
誰かをぎゅっと抱き締めているようで、ほんのちょっとだけ怒りがこみ上げてきたけど、髪色と服からしてテア様だと分かったのでほっとした。これで知らない女性とかだったらどうしようかと思った。いや、状況的にそんなことはないんだろうけれども。
「……嘘、だろ」
やっと口を開いたと思えば声が震えているエメリク。さっき少し怯えていたようにも見えたんだけど、やっぱり何かあったのかな。
「ひぃ」
テア様の無事を確かめようとすると、幼女に服を引っ張られた。
「ん? え──?」
「ォ……」
低く響く声。
なぜ気づかなかったんだろう。
幼女の視線の先、ついさっき思い出していた胴長の危獣がそこにいた。
「まさかの再会」
ヤギだかアルパカみたいな顔、丸い頭、ゆっくりと左右に揺れる身体。口から黒い液体は垂れてないしサイズも以前よりはいくらか小さいけど、この存在感に気づかないとか鈍感にも程がある。
というか、こんなにデカい図体で攻撃もせずそこに突っ立っていたのか。私たちの再会を見守っていたとでも言うのか。
「んな訳ないわな」
「ォ、ォ……」
ここぞとばかりに長い腕を振り上げる危獣。相変わらず攻撃力はありそうだけどスピードはそんなにない。
土煙を上げながら虚空を殴る危獣から逃げ、いまだ放心状態のエメリクから距離を取る。
戦える状態じゃないみたいだし、逃げて欲しいけど何だか様子がおかしい。テア様も心配だ。
「ミレスちゃん、やれる?」
「ん」
前回はこのアルマジロみたいなやけに硬い皮に苦戦していた幼女だけど、今回は違う。パワーアップした幼女の力、とくと味わうがいい。
「行けーっミレスちゃん!」
「えい」
胴長の危獣に人差し指を向けると、精霊の真似なのか私の言葉の影響なのか、幼女は無表情で抑揚のない声を発した。
その掛け声が必要だったのかは分からないけど、数本の黒い枝が勢いよく危獣へ向かった。
「ォ、ォ」
前回はキンッというような金属音がして弾かれていたけど、今回はそれを学んだ結果なのか何なのか、まるでドリルのようにぐりぐりと全身を突き刺そうとする黒い枝。胴長の危獣は黒い枝を引き剥がそうと長い腕を振り上げたものの、それすらも宙で動きを止められた。
両腕の動きを封じられたまま、黒い枝に胴体を抉られていく。
遂にはガンッと金属が凹んだような音がした後、グシャッと嫌な音を立てて黒い枝が胴体を串刺しにした。
「……ォ」
数秒遅れて、無数の黒い針が全身から飛び出た。
ヤギのような顔の口から大きな黒い枝が生えたかと思えば、目や鼻から黒い液体を零しながらゆっくりと巨体は地面に倒れていった。
ドォォォンという地響きで周辺が揺れる。思わず幼女を抱き締めた。
揺れが収まったところで一息吐く。幼女が強くて助かった。




