37.パワーアップの成果
気がつくと鉱山の外にいた。真っ暗だった周囲は薄暗いもののランプがいらないくらいには明るい。
振り向けば、鉱山の出入り口が少し遠くに見えた。
「強制テレポートか~……! うらやま……」
光に包まれたと思えばいつの間にか瞬間移動していた。転移術はかなり高度な術だと言っていたし、転移時の副作用のようなものもないし、その辺はさすが精霊といったところか。
結局どうして私に精霊が見えて会話もできたのか、私がこの世界に飛ばされた理由とか、細かいところで言えば危獣の生態だとかグルイメアにいた村人のこととか。他にも聞きたいことは山ほどあったけど、確かにあれこれと質問ばかりしてうざかったかもしれない。ごめん。それにお礼を言いそびれた。
「ひぃ」
「ん、ミレスちゃん、ありがとね」
幼女にも感謝しきれない。鉱山の魔気問題も解決してくれたし、今も危獣を黒い枝でどんどん倒してくれているし。
そう、ここに精霊に飛ばされた瞬間、多くの危獣に囲まれていたんだけど、私が考えに耽っている間、幼女が無言で危獣の対応をしてくれていた。四方から襲い掛かってくる敵も赤子を捻るかのように軽々とぶっ飛ばしていく光景は、最早地獄絵図のようだった。
本当にこれだけの数、どこから来たのやら。
早くテア様たちの元へ戻りたかったけど、危獣をできるだけ倒すというのも契約の条件の一つだったことを思い出す。
今のところ難なく幼女が黒い枝で無双してくれているからいいんだけど、いつまで続くんだろうか。
「それに何だか向こうに逃げているような……?」
もちろんこっちも標的にされているんだけど、危獣の群れは鉱山の方からヒスタルフの方へ移動しているようにも見える。まるで何かから逃げているように。
「あっち、もふもふ、いる」
「もふもふ? 聖獣のこと?」
こくりと頷く幼女が指差していたのは鉱山。確か鉱山の中は精霊たちが危獣が入れないようにしていると言っていた。聖獣が鉱山の方にいて、それから逃げるように危獣が移動しているのかもしれない。
それにしても、数が多い。結界内から町に下りないようにしていると言っていたけど、さすがに多すぎないか。増殖でもしてんの?
「何かこう、全体攻撃というかマップ兵器みたいなのがあればな~……」
ゲームでいうところの広範囲の攻撃を思い浮かべる。ハイメガキャノンとかサイフラッシュとか。月の光を受けるキャノンとか月の光の蝶とかは他への被害が凄そうだからあれだけど。
「ひぃ」
「ん?」
できることがないので呆然と飛び交う危獣の頭や肢体を見ていると、幼女がこちらを見上げてきた。相変わらず可愛い。
「でき、る、かも」
「え?」
何が? 広範囲の攻撃が?
十分広範囲に攻撃をしてくれている黒い枝と幼女を交互に見る。促されるまま、幼女の手を握ると、小さなその手から“何か”が行き来し始める。
何となくさっき思い浮かべたサイフラッシュを脳内再生していると、周囲に薄く黒い霧が広がっていった。
そして一瞬、時が止まったかのように動きを止めた危獣の群れ。
「グギャァァァァァアアアアッ」
次々と黒い枝に全身を貫かれ、大きな振動とともにあちこちで一斉に様々な鳴き声が上がる。あまりの大音量に幼女を抱えながら耳を塞いだ。
気づけば、目の前には無数の死体が転がっていた。見渡す限り、動いている危獣は見えない。
「え……こわ」
しかも周囲の木々や地面も抉られ、密だった空間が広がっている。
何だかどっと疲れが押し寄せてきて、思わず言葉が漏れた。
「ごめ、なさ……」
「いやいやありがと! 凄いよミレスちゃん!」
わしゃわしゃと幼女の頭を撫で、高い高いをしながらその場でぐるりと回る。
まさか本当に広範囲の危獣を全滅させてしまうとは。どんどんパワーアップしていく幼女、本当に凄い。
味方識別機能はイマイチだけど、この辺一帯が消し炭とならなかっただけマシだ。自然破壊だとかでテア様には怒られるかもしれないけど、危獣を手早く倒すために必要だったと説明して謝るしかない。
「よし、とりあえずテア様たちのところに戻ろう」
危獣たちが鉱山とは反対の町の方へ向かっているのだとしたら、テア様たちも危険に晒されているかもしれない。残りの危獣を探して殲滅したいところだけど、ひとまずみんなの安全を確認してからにしたい。これだけミレスが強ければ、近くで守れるしね。
と思ったけど、めちゃくちゃ走りにくい。とにかくテア様たちのところへ向かっているんだけど、どこまでの範囲で攻撃してくれたのか、あちこちに危獣の首やら身体が転がっているせいでちょっとしたアトラクションのようになっていた。
ただでさえ体力も身体能力もないのに、結界の端までは結構な距離もある。来た時のことを考えれば憂鬱にもなる。
かと言って、幼女の黒い枝に運んでもらうのも遠慮したい。ジェットコースターはごめんだ。
「ひぃ」
「なにっ? っはぁっ、アレはっ、っはぁっ、勘弁、してねっ」
「……」
息を切らしながら腕の中の幼女へお願いする。
いくら私の足が遅くて鈍臭かろうと、断固拒否します。
幼女は今の私を案じて提案しようとしたみたいだけど、鉱山内でグロッキーになったのを思い出したのか黙った。
「はぁっ、はぁっ」
「……ん」
「はぁっ、はぁっ」
「ちょう、せい、する」
「っえ?」
重なる死体の山を迂回しようとしていると、小さく頷いた幼女が私を見上げてきた。
調整? って言った? 何を?
休憩がてら幼女の真意を探るべく立ち止まる。
幼女の両脇を持ってこちらを向けると、黒い枝をふよふよと泳がせた。
「えっ……調整って、速度的な話?」
そりゃ適度な速度で運んでくれるならありがたいけど。それができるなら最初から……いや、鉱山の魔気を吸収してパワーアップしたから、コントロールも上達したってこと?
鉱山の奥にあったのが魔晶石かどうかは分からないけど、確かにかなりの魔気の量だったみたいだし、お陰で枷が一つ外れたくらいだ。さっきの広域攻撃も恩恵の一つだと考えていいと思う。
というか、枷が外れた影響もあるのかもしれない。具体的に呪詛がかけられたこの枷にどんな効果があるのかは分からなかったけど、精霊の話からすると多分幼女の力を抑え込んでいると見ていいんじゃないかな。
枷が一つ外れたくらいであの破壊力だ。全部外れた幼女の力って一体どれほどなんだろう。
そう考えると、かつての人たちが幼女を恐れて封印しようとしたのも分からないでもない。許せはしないけど。
「……ひぃ?」
「あ、ごめん。えっと、私が止まってって言ったら止まってくれる?」
「ん」
「速度はヒスロより少し速いくらいなら大丈夫」
「ん。だい、じょうぶ」
相変わらず表情筋は仕事をしていないものの、キリッとした目で任せてとでも言うような顔の幼女。
まあ私の嫌がることは基本的にしないだろうけど、鉱山内でのこともあるしな……と思いながらも、コントロール力がアップしたみたいだしやる気に満ちているようだから任せることにした。
鉱山内で私が絶叫しても止まってくれなかったのって、コントロールが上手くいかなかったからだよね? そうだよね?
バイブルがαとOGなのですが、一体どれだけの人が元ネタ分かるんでしょうか…(書いてて楽しかったですが)




