35.結界防衛戦
「──行ったか」
部下たちの姿が見えなくなったところで少女は小さく息を吐く。
これで心置きなく戦える。
少女は小さく笑った。
身体中に霊気を巡らせ、術を唱える。増幅した霊力は主に構えた剣へと集中する。
「グルラァァァァアアアッ!」
四足歩行の獣が数体、少女へ飛び掛かる。少女は剣を一振り、たったそれだけで獣の肢体はバラバラになった。
「ブ……ブ……」
続いて巨大で不気味な花が近づいてくる。飛んでくる蔓を躱し、飛び掛かってくる獣を蹴り飛ばし、花へ渾身の一撃をお見舞いする。植物とは思えないほどの血飛沫を上げ、真っ二つになる。
返り血を浴びつつも少女は止まらない。向かってくる危獣全てを相手に、ひたすらに剣を振った。
「──さすがに……疲れるな」
気づけば辺りの地面の面積の方が少ないほどに獣の死体が散らばっていた。
周囲に気を遣って戦わなくていい分、好き勝手暴れることができた。相手も一匹一匹はそれほど強くはない。
しかし霊力を使い戦い続けるには体力を削りすぎた。相手は結界内にどのくらいいるのか、いつまで続くのか分からない戦いだ。消耗戦となれば不利なのは明白だった。
早くヒオリたちが戻ってくればいいのだが、“気”が薄まって以降、結界内は何の動きもない。
“気”が薄まったとはいえ、結界から出てくる危獣は相変わらずだ。出てくる間隔は減ったものの結界内の総数が減っているようには思えない。一体どれほどの数がいるのか、増殖しているとでもいうのか。
結界が破られれば、危獣の群れが町を襲うに違いない。このまま放置して撤退する訳にもいかない。
「グ……ゴ……」
次に結界から現れたのは、人間の三倍はありそうな危獣だった。長い体毛に覆われ、頭以外の四肢はその毛に埋もれている。
動きはゆっくりだが、油断はできない。
そう思ったのも束の間、長い毛が逆立ち、その一部が飛んでくる。
針のように地面に突き刺さる毛。その攻撃を躱しながら、時に剣で受け流しながら、隙を探す。
「──は!」
攻撃の合間、一瞬の隙をついて一歩踏み込む。ありったけの霊力を剣に込め、勢いをつけて駆け出した。
腕や足に受けるのは掠り傷に過ぎない。地面を蹴り、跳躍し、一気に懐に飛び込むと、全力の一撃を突き出した。
「グ、ゥ、ゥゥゥ」
そのまま切り裂くことは叶わず、抉り、足で蹴って剣を引き抜く。もう一度、今度は大きく振りかぶる。
首に触れた瞬間、別の術式を構築する。
切り口から火花が上がり、肉が焦げていく。
「ゴ」
短く断末魔を上げ、危獣の首が吹っ飛んだ。黒い血飛沫が飛散する。
「──ふぅ」
息絶えたことを確認し、小さく息を吐いた。
明らかに今までで出会った中で一番強かった。最初から全力を出していなければ、こちらがやられていたかもしれない。
結界内にはまだ危獣が徘徊しているものの、出てくる様子はない。
警戒はしつつ、結界を確認する。どういう訳か、エメリクが言ったようにここ正面以外に危獣が出入りしている様子はなかった。それだけが幸いだった。
結界自体はエメリクのお陰でかなりの強度になっている。出てくる危獣は様々で、先ほどの危獣はともかく、一匹一匹に結界を突破できるような力があるようには思えなかった。
「……」
とにかく、これ以上は危険だ。
霊力も体力も残り僅か。先ほどと同等かそれ以上の危獣が出て来てしまったら、勝機はないだろう。
「さて、どうするか」
こちらの事情を理解してくれるほど危獣は甘くない。知性があるのかも謎だが。
ゆっくりとこちらに近づき、結界を越えようとしてくる危獣。先ほどの危獣よりは大分小さいが、感じる“気”はそれ以上だった。
「──!」
気がつけば目の前に危獣が迫っていた。胴体の倍はある長い腕をジェレマイテア目掛けて振り回す。
それを剣で受け止め、地面を削りながら後退する。振り払うと、もう片方の腕が飛んでくる。
「──ッぐ、うッ」
予想以上に攻撃は素早く、避けきれずに腹部に一発食らう。口から血を吐く。
身体は軽く宙を舞い、追撃してくる腕を何とか剣で切り払った。
「──ッ」
どうにか着地するも、膝をついてしまう。
もちろん態勢が整うのを待ってくれるはずもなく、両腕を広げぐるぐると身体を回転させながら突撃してくる危獣。少女は咄嗟に術を唱え、剣を強化する。
突撃してきた危獣を直前で躱し、今度はその回転する身体へ飛び込んだ。
ありったけの力を込め、刺し違える覚悟で剣を振る。
硬い。
少女がそう思ったときには、すでに身体は吹き飛ばされていた。
危獣はなおも回転を続け、少女に止めを刺そうと迫った。
「テア!」
一撃を受けて粉々になるはずだった身体は、叫んだ声の主に受け止められていた。
少女の視界に赤髪が映る。
「なぜ、戻ってきた。命令と、言ったはず、だが?」
息も絶え絶えに、少女は赤髪の騎士──エメリクを見遣る。
エメリクは突進してくる危獣を躱しつつ、障壁を作り出しながら叫んだ。
「お前を一人にできるかよ!」
さすがに素早い危獣だ。エメリクもジェレマイテアを抱えながら攻撃を避けるのに必死で、防戦一方だった。
「お前は、父様の部下だ。僕の命に、従う義務は、あっても……僕の、ために、命を捨てる、必要は、ない」
エメリクに抱えられながら、少女は自己回復に努める。いざという時に持っていた精霊石を砕き、糧とする。この方法は後の肉体への反動が強いため普段ならばやらないが、それほど負傷していることも自覚していた。
「確かに親父さんには世話になったし、恩義もある。だけどな、それとこれとは別だろ!」
障壁が完成し、危獣の攻撃が通らないことを確認すると、エメリクはジェレマイテアを抱えて膝をついた。彼女が精霊石を使用したことは気づいていたため、回復を待つ。
「……ふぅ。もう、いい」
「まだだ。まだじっとしてろ」
「このままここにいても仕方がない。反動が来る前に倒す。お前は指示を出しに行け」
「お前は、何でそう……!」
起き上がり、再び剣を取ろうとする少女を赤髪の騎士が制する。
「指示は他の奴に任せてある。とにかくお前は休んでろって」
「大丈夫だ。ここで死ぬつもりはない」
すっかりいつもの調子に戻った少女は、エメリクを押し退け立ち上がる。
身体の具合を確かめるように拳を開閉し、剣を握る。そして障壁に攻撃を続けている危獣に視線を向けた。
「そうじゃないって、分かれよ」
再び危獣に攻撃を仕掛けようとする少女に、赤髪の騎士はいつになく低い声を出した。
「は?」
普段なら言わないような男の言葉に、少女は眉間に皺を寄せながら振り返る。
「だから、お前が心配なんだよ!」
もう少し別視点が続きます




