33.質問攻め
「この子の枷を外したいんだけど、これって魔気を吸収したからなの? さっき一つ外れたんだけど……」
幼女の腕についている枷を見せると、光の玉はそれを確認するように周囲を旋回した。
『そうね~……これだけ複雑な呪詛がかかっているとなるとォ、内側からどうにかした方が早いかもしれないわね~』
「呪詛? 霊術とか魔術とは違うの?」
『源は霊力でも魔力でもいいんだけどォ、術式の一つって感じかしら~。まぁ呪詛なんて跳ね返りの代償も酷いから使うほうの気が知れないけど~。これは余程強力な術じゃないと破れないわね~。魔気でも霊気でもどんどん取り込んでェ、呪詛への抵抗力を身につけたほうがいいんじゃない~?』
なるほど。呪詛という言葉のニュアンスは思っているものと同じみたい。そしてやっぱり枷が外れたのは魔気を吸収してパワーアップしたからというのは間違ってなかったと。
霊気についても精霊石を取り込むことはできそうだけど、この世界にとって必要な資源だし、今のところ不便はないからこれまで通りに魔晶石を探す方向でいいかな。
それにしても結構危獣を倒したり魔晶石を取り込んだりしてやっと一つ枷が外れたくらいだ。一体どれほどの能力者がそんな枷を五つもこの子につけたんだろう。やっぱり今よりもっと霊術が繁栄していた時代──この精霊が知らないような何百年も前のことなんだろうか。
『じゃあいっぱい話したしィ、アタシもう行くね~。アナタがいた世界についてもっと知りたい気持ちもあるけどォ、どうせ行けないから辛いだけだし~』
「ま、待って!」
まだたくさん聞きたいことがある。でも今を逃してしまったらもう二度と会えないかもしれない。
何か、何か一つでも聞かなければ。
「この子が……グルイメアの忌み子かどうかって、分かる?」
気にしないつもりだったのに、忌み子だとしても関係ないと言い切れるのに、咄嗟に出てきたのはそんな言葉だった。
この子が忌み子なんかではないと、確たる証拠が欲しいと、心のどこかでずっと思っていたのかもしれない。
『え~? そんなの分からないわよォ、そのコの記憶を覗くなんて痛いことしたくないし~』
「う……」
それはそうだ。魔力と霊力は相容れないはずだから、魔力のほうが大きな割合を占めるミレスと接触するのにもダメージがあるはず。例えば海に落とし物をして、見知ったばかりの人に自分は泳げないから代わりに拾ってきて欲しいと言われるようなものだろうし。
誰が今日あったばかりの人にそんなに親切にできるんだっていう。
これだけ多くの質問を投げかけても素直に答えてくれるだけありがたいよね。
『まァ、そのコの力からするとォ、たくさんの術士を殺していてもおかしくないけど~』
「……」
『もしそんな過去があったからってェ、そのコを嫌いになったりはしないでしょ~?』
「うん」
それは即答できる。もちろん過去に何があったとしても、今更ミレスを嫌いになったりはしない。たとえもし、ミレスが今後敵に回ったり私を利用して捨てたりしたとしても、それは変わらない。
だけど、他の人に対しては違う。忌み子ではないと自信を持って否定できるのは安心感が違う。
『じゃあいいじゃない~。アナタたち相性がいいみたいというかァ、アナタがそのコを受け入れられてるからァ、何も問題ないと思うし~』
相性いいんだ。素直に嬉しい。
思わず腕の中の幼女を撫でる。
『だぁってこの世界の人間ならァ、まず魔気まみれのコなんて近づかないし~。もしアナタみたいに違う世界から来たとしてもォ、その腕みたいなことになったらイヤでしょ~』
その腕、と言われて服に隠れた左腕を見る。
そういえばそうだった。ほとんど気にしていないから忘れていたけど、グロテスクな痣みたいなのがあったんだった。
「これ、何なのか分かる?」
『そのコの力の一部ね~。そのコと接触した時にできた抵抗力っていうかァ、結局はアナタとの繋がりの媒体になったというかァ、まぁとにかくそれをアナタが受け入れてなかったらァ、アナタは死んでたわね~』
「えっ」
まさかの事実に驚く。あの時は太い血管の弾力気持ちいい~くらいにしか思ってなかった。確かにグロテスクで普通の人だったら気味悪がったりしそうなものだったけど、物事にあまり頓着しないお陰で命拾いしたのか。
精霊が言うには、恐らく当時の幼女は力のコントロールができない中で、幼女に対する言動が肯定的か否定的かで敵味方を判断していたのではないかと。だから同じ幼女に触れた者でも、私には平気であの暴漢たちにはダメージがあったのだろうと。
よく考えたら、幼女が翻訳機能をつけてくれたのって、私があの暴漢たちの言葉を聞いても幼女を否定しないか確かめるためだったのかな。もしあの時奴らの言葉を鵜呑みにして幼女を拒否していたら、私も死んでいたのかもしれない。
でも幼女は暴漢たちに酷いことを言われても自ら攻撃していなかったよね。だったら幼女に攻撃されたとか殺されたとかいう人たちも、反撃を食らっただけ──正当防衛の末だったのでは。それなら初めに幼女に非がなくても、結果だけを見れば幼女が人間を攻撃したという事実が残る。
この子が悪いんじゃなくて、被害者だった可能性も十分にあるということ。これは嬉しい。
『もういいでしょ~』
「あっ」
『早く外に行ったほうがいいんじゃない~? この中はアタシとあのコの力で魔獣が入れないようになってるけどォ、魔気を消したからって外のヤツらも消える訳じゃないし~』
「魔獣って危獣のこと? そういえば危獣について何か知ってる!?」
せめて何か情報を引き出せたらと思って早口で問いかける。
『あ~、も~、これ以上は面倒くさい! えいっ』
「ちょっ」
鬱陶しいような声で私たちの周囲をくるりと回った光の玉。その掛け声とともに、私たちは一瞬にして光に包まれた。




