32.湧き上がる疑問点
「……え?」
精霊から告げられた真実に面食らう。
混血ということは、あれか。精霊もしくは人間と魔族の間に生まれたってこと? そりゃミレスが霊力も魔力も持っているって言われて、思い至らなかった訳じゃない。
例えばハーフエルフとかダンピールとか、亜人種みたいなものは他のファンタジーならすぐ思いついただろうけど、この世界においては別だ。何せ霊力と魔力は相容れないらしいし、過去には大戦争もしている。それがどうして双方の力を持ち得るのか。
「もしかして大昔には人間と精霊、魔族が一緒に暮らしていた時代もあったとか……?」
『アタシも二百年くらいしか生きてないからわかんないけどォ、そんなの聞いたことないわね~』
「えぇ」
『でも精霊と魔族なんて絶対にあり得ないしィ、姿からしても人間と魔族の混血なんじゃない~?』
この精霊が約二百歳というのも驚きだし、相容れないはずの二種族の混血だということについていけない。よくあるファンタジーなら人間と魔族なんて珍しくもないんだけど。
この世界の魔族は遥か昔に滅んだらしいし、具体的には何年前かは分からないけど、幼女が三桁以上の年齢だということは確定してしまった。
幼女の定義が問われそうだけど、とりあえず見た目と言動が幼女だから幼女でいいよね、うん。
「……」
当の本人は相変わらずの無表情で、特に否定的でも肯定的でもない。自分の出自について分からないと言っていたけど、興味もないのか黒い枝でその辺の石をぺしぺしと叩いている。
『ただ混血っていうのは本当に珍しくてェ、そもそも霊力と魔力がぶつかり合っちゃって長く生きられないのがほとんどだし~』
この精霊曰く、ミレスは霊力も魔力も持っていて、今は魔力の方が割合的に強いらしい。便利な黒い枝はほとんどが魔力で動いているものの、霊力でコーティングされているから他者にも害がないんだとか。
そんな技術、一体どこで身についたのか。パワーアップ効果凄すぎない?
ちなみにお風呂とか霊力がないと使えないものに関しては、多分壊れるからあえて力を使ってないんだろうと。霊力と魔力が混合した結果、違う力になっているのかもしれないとも精霊は言った。だから能力値としてはかなり高いものだけど、霊力や魔力としての感知はあまりされないのかもしれないと。
『あとはそのコ、■■■■が■■■■みたいね~』
「え? 何?」
『■■■■が■■■■したときィ、■■■■の■■■■で限りなく■■■■したときの■■■■による■■■■なんだけど~』
「いやいや全然分からん」
単語的なものが全然聞き取れない。聞き取れたとしても理解できる気がしない。
そもそも翻訳もできないなんて何事だ。精霊独自の言葉とか?
『えいっ』
「いって!」
急に光の玉がぶつかってきたと思えば、物理的なダメージというより、頭を激しく揺さぶられたような感覚と痛みが走った。
『え~とォ、ふ~ん、なるほどね~』
立ち眩みのように目の前がチカチカと白く光っている中、またしても光の玉は一人で納得している。
幼女が黒い枝で光の玉を攻撃しようとするものの、光の玉は難なくそれを躱している。
大丈夫だよ、という意を込めて幼女を撫でる。幼女がちらりとこちらを見上げたのでにこりと笑うと、納得してくれたのか、また周囲の石を黒い枝で叩いたり掘ったりし始めた。
『アナタの言葉で言うとォ、“闇属性最強”ってこと~。厳密には違うんだけどォ』
え、ミレスちゃんが闇属性最強ってこと? 最高じゃん。そりゃ強い訳だ。
というか、ミレスちゃんも翻訳機能つけてくれたけど、この精霊も同じ感じで異世界の言葉を理解したってこと?
『あとアナタの記憶を見たんだけど~』
さらっと凄いこと言ってるんだけど。さっきぶつかった時に言葉を吸収しただけでなく人の記憶を覗いたってこと? 何なの、精霊ってこういう奴ばっかりなの?
最早凄い能力に感心すればいいのかプライバシーの配慮のなさを咎めたらいいのか分からない。
『そのコと契約したときィ、真名が聞けなかったんでしょ~。当たり前だけどォ、だから不完全な繋がりのままなのよ~』
初めて幼女と会った時のことを思い出す。
あ、やっぱりあれは契約だったんだ。それっぽいとは思ってたけど。
「真名って?」
『高位の精霊とか魔族には真名があってェ、人間と契約するときに使うのよ~』
その辺はよくあるファンタジーとかゲームの設定と同じなんだ。
それにしても真名が聞けなかったって、幼女の名前がミレスじゃないってこと? あの時は確かにそう聞こえたんだけど、途切れ途切れだったし違うと言われれば自信はあまりない。それについて幼女に聞いたとしても、多分首を傾げるだけだろうし。
ただ真名を知れば完全な繋がりができると言うので、まだまだパワーアップの余地は残されているらしい。今の私たちには無理みたいだけど。
『でも二人とも出会えてよかったわねェ、そのままだとそのコはグルイメアどころか近隣の国まで滅ぼしてたかもしれないし~、アナタは森で野垂れ死にしてただろうし~』
「色々と不穏な言葉が聞こえたけど、ミレスと会えたことは本当によかったと思ってるよ」
石遊びを中断してぎゅっと抱きついてくる幼女を抱き締め返す。
精霊の気が変わらないうちに、色々聞いておこう。
「私が魔気が平気なのって、霊力がないから?」
『それもあるけどォ、そのコと契約してるからよ~。そりゃあ霊力がない分魔気の影響は少なくなるけどォ、グルイメアなんてところに二日もいたらァ、魔気にやられて死んじゃうわよ~』
聞けば、爺やから聞いた話も合っているけど、続きがあると。霊力がほとんどないから魔気には鈍感になるけど、身体に影響がない訳ではない。
そもそも霊力も魔力もない世界の人間だから、霊気も魔気も身体には悪影響らしい。じわじわと身体を蝕み、生きているだけでその内衰弱し死に至ると。
元の世界でも友人とか大した繋がりも持たない独り身だったから孤独死まっしぐらだったけど、この世界でも同じ道を辿る可能性があったとは。暴漢とか危獣とか、あの森の中で独り死ぬことを想像したらぞっとした。
しかし混血であるミレスと契約したことで、霊気も魔気も平気でいられるらしい。ミレスは初めて会ったあの時、自分自身で力のコントロールができなかったと。
なるほど、力の制御ができるようになって、ミレス自身の力も抑えられるようになったのか。そうでなければ、異形の危獣みたいな奴を倒すほどの力を持っているのに、霊術界の権威らしい爺やが“気”を“感じる”くらいにしかならない訳ないよね。
初めて会った時は実際に黒い靄を身に纏っていて、周囲を腐敗させるくらいだったのに、一緒にいたらいつの間にか悪影響は出なくなったんだよね。
『簡単に言うとォ、アナタが“ふぃるたぁ”と“蛇口”の役割を果たしているのよ~』
霊気や魔気を吸収しても制御できない。だけど私が間に入ることで、力を放出するときに加減ができるようになった。同時に私にも霊気や魔気が巡ることで耐性がついた。霊力や魔力も持っていないけど、環境への適応ができている。
だからミレスの力が暴走せずにいるし、私も死なずにいられるらしい。
ロマンチストでも何でもないけど、あの出会いは運命だったんだと思う。ミレスにとっては私じゃなくてもよかったのかもしれないけど、あの場であの時のあの子に好意的に接せる人間もそう多くはないんじゃないかな。
もちろん私はミレスがいたからこうして生きている。これはもう相思相愛なのでは?
 




