30.in鉱山
坑道を塞いでいる白い毛玉に思わず触れる。相変わらず毛並みが最高に気持ちいい。引き寄せられるように身体を寄せると、文字通り白い毛に埋もれていった。このまま眠ってしまいたい。
『え!? ちょっとちょっと、そのコに触れるのォ!?』
「そういえば、あなたは何者なの?」
『えっウソ、アタシの声聞こえるのォ!?』
会話にならないので名残惜しいと思いつつも白い毛から身体を離すと、光の玉がぶんぶんと近くを飛び回っていた。顔は見えないけど感情は何となく分かりやすい気がする。
「聞こえるよ」
『え~!? そんな人間いつぶり~!?』
お喋りな光の玉は、どうやら私と会話できると思っていなかったらしい。スルーされていた訳ではなかった。
「あなたは魔族?」
『ちょっとォ、そんなのと一緒にしないでよォ! アタシは精霊よ~』
「え?」
精霊って、あの霊力を与えてくれるとかいう精霊? 教会のお偉いさんにしか見えないとかいう。何でこんなところにいるんだ。
『アナタ、霊力も大してないのに不思議ねェ──って、そっちは魔族じゃない!』
あ、まずい。精霊と魔族って相性悪いんだった。でもミレスは攻撃していないし、敵ではないってことだよね……?
いや、もし敵だったとしたらそれもまずい。霊力を使う人間を敵に回すってことになる。
『あ~、なるほど。だからアナタに声が聞こえるのね~』
「一人で納得しないでほしい」
『ふぅん。そっちもそれなりの力があるってことねェ』
「どっちにしろ人の話を聞かないタイプだった」
姿なんて見えないのにうんうんと頷いているのが分かる気がした。とりあえずミレスと敵対するような感じではないようでよかった。
それにしても、精霊というのが本当なら、一緒にいるこの白い毛玉も霊獣だか聖獣で間違いないんだろうな。どうしてここにいるのかは謎だけど。それに人間界とか言っていたけど、精霊が住む世界は別なんだろうか。
「ねぇ、精霊のあなたはどこから来たの? どうしてここにいるの?」
『そりゃあ精霊界よ~。何でここにいるかって、暇だからに決まってるじゃな~い』
間延びした言葉がこの魔気の立ち込める鉱山に似合わないけど、会話は多少できるようでよかった。
幼女が黒い枝をちらつかせているのが気になるけど。
「じゃあ、精霊は普段その精霊界にいるの?」
『そうよ~。昔はもっと人間界にもいたけどねェ。霊力も信仰も衰えちゃってェ、もうアタシたちが見える人間なんてほとんどいないもの~』
今まで聞いた話と矛盾はしない。
でもかなり霊力がないと見聞きできないのであれば、私たちがこうして会話もできるのはどうしてなんだろう。信仰なんて以ての外だし。
色々この精霊に聞きたいことはあるけど、今は鉱山の問題が先だ。
『あ、ねぇねぇ! アナタたち、魔気は平気なんでしょォ? だったらアレをどうにかしてよ~。してくれたらそのコのことについて話してあげてもいいわよォ』
アレが何を指すのかは分からないけど、その子がミレスを指しているのは分かった。
でも、どうして。
『だってアナタたち、繋がりが不完全だもの~』
まるで考えていることが分かっているかのように精霊は言葉を紡ぐ。
「繋がり……?」
『後で話してあげるからァ、早くこの魔気をどうにかして~』
急かすようにぐるぐると光の玉が周囲を旋回する。
どうやらアレというのは魔気のことらしい。これはあれだ、ゲームでイベントをこなさないと先に進めないし同じセリフを繰り返されるやつ。
まあ私としても鉱山の問題は早く片付けたかったので、こっちを優先しても精霊が待っていてくれると言うなら一石二鳥だ。
「行ってくるから、ここで待っててくれる?」
『ここにずっといるかは分かんないけどォ、逃げはしないわよ~』
若干不安要素を残しつつ、光の玉と分かれて奥に進むことにした。
片腕には幼女、もう片手にはランプを手に走る。鉱石の運搬にもヒスロと荷台が使われるらしく、鉄道のレールのようなものはなく比較的走りやすい。
体力は限界だけど。
「はぁ、はぁ、はぁ、み、ミレスちゃん、まだ……!?」
「ん……もっ、と、おく」
「え゛!?」
思わず失速した。しばらく引きこもり気味だったアラサーにはこれ以上はきつい、厳しい、無理だ。
「絶、望……なんっです、が……」
肩で息をしながら、とうとう立ち止まる。
そもそも動物に乗って移動するような距離を体力のない人間が走っていくなんて無謀なんだよ。何も考えてないからこうなるんだよ。
どうして入ってすぐそこに問題点があると思った。
「……つら」
愚痴を吐いていても仕方ない。体力が回復したらとにかく進もう。
「ひぃ」
「ん……?」
深呼吸を繰り返していると、幼女がこちらを見上げてきた。相変わらず可愛い。服も最高。
「くち、とじ、て」
「え?」
珍しいタイプのお願いにきょとんとすると、幼女の周囲から黒い枝が伸びた。そしてそれがこちらに向かってきたかと思えば、ふっと身体が地面から離れた。何本かの黒い枝に持ち上げられている状態だ。
「ん?」
何だか様子がおかしい、と思った瞬間だった。
「ちょっとミレスちゃ──んんんんんんんん゛!?」
突然猛スピードで前進し始めた。それはもうジェットコースターのように。
「ギャーーーー!!」
何が起こっているのか分からず、ひたすらに浮遊感と恐怖で叫ぶ。
絶叫系は無理なんだって!
「ア゛アアアアアアァァァァァァアアアアアアア!!」
何となく分かったのは、複数の黒い枝がムカデのように地面を蹴って走っているということだった。
最早便利なんだか何なんだか分からない。
「むぅりぃぃぃイイイイイイイイ!!」




