29.奇妙な光と思わぬ再会
「さすがに何も対策を取らないまま進むのは……」
「そうです! そもそもお前は誰だ!」
テア様に同調して衛兵さんが怒鳴る。言い分はごもっとも。
「二人はここにいてください。私たちが行ってきます」
「それは……」
「死ぬ気か!? 見たところ霊力も大してない。“気”に当てられるか危獣にやられるか、どの道一瞬で死ぬぞ!」
「そうですか」
早口で心配してくれる衛兵さんから距離を取りつつ、先へ進もうとしたら、またもエメリクに止められた。眉間の皺といい、無言の圧力が凄い。
「話していた状況と違う。死ぬかもしれないんだぞ。俺たちは命の保証まではできない」
「知ってる。まあ、一発で死ぬなら死ぬで」
「は!?」
「だから二人はここにいてよ」
「死ぬかもしれないのよ!?」
「オネエ出てるよ」
死んだらそれまでだったということで。テア様には申し訳ないけど。
まあ、ミレスも大丈夫って言っているし、死ぬつもりはない。
「本当に大丈夫ですのね?」
「はい。契約しましたし」
すっと青い瞳がこちらを射抜く。片手でエメリクを制しつつ、凛とした立ち振る舞いの領主様は実年齢を感じさせない雰囲気があった。
「……分かりましたわ」
「テア!」
「じゃ、よろしくお願いします!」
エメリクが再び制止に来る前に薄い膜の中へ飛び込んだ。後ろで何か騒いでいたけど、きっとテア様がどうにかしてくれるはず。
あとエメリクは素を隠し切れないのどうにかしたほうがいいよ。
結界の中は黒い霧が薄く広がっていた。若干息苦しい。
幼女がパワーアップしたお陰か耐性がついたお陰か。可視化されているほど濃いけど、耐えられないほどではない魔気のようだった。
「ひぃ」
「うわっ」
幼女の声が聞こえた時には、近くで鳥のモンスターが黒い枝に串刺しにされていた。木と黒い霧で視界が狭まっていたけど、よく見るとあちこちにモンスターがいる。
「ありがと、ミレスちゃん」
「ん」
さっきモンスターを倒した音で気づいたのか、様々な影と鳴き声がどんどん近づいてくる。
あっという間に前方を塞がれるけど、一体一体はそんなに大きくはない。ヒスタルフ周囲にいた害獣や危獣と同じレベルだ。
何も言わずとも黒い枝が暴れまくっているお陰で多少道は開けてきたけど、これじゃキリがない。
「ミレスちゃん、魔気が一番大きいところって分かる?」
小さく頷く少女。指を差す方向へ走る。
多分、大きな魔晶石か危獣がいるはずだ。人が管理している場所で今まで魔気に気づかないわけがないし、魔晶石が飛んでくるわけでもない。生態なんかは解明されていないと爺やも言っていたし、ボス級の危獣が出現したという可能性の方があるかも。
「──いや、鉱山だからか!」
そうだ。山奥に魔晶石があったとして、堀り進めていく内にそれに近づいていたのだとしたら。
「各地の危獣騒ぎも同じかもしれない……? ううん、いや、別に山とか森に限ったことじゃないしな……」
土地や資源の開拓が進むに連れ、魔晶石に触れる機会が増える可能性は十分にある。
危獣騒ぎの原因はともかく、今は目の前のことに集中しよう。とんでもない危獣がいるかもしれないし、巨大な魔晶石があるのかもしれない。どちらにしろ、きっとミレスにしか解決できないことだ。
「あっ、ち」
幼女の指示に従いつつ、危獣を倒しながら進む。魔気を遮断する袋を持ってきていないことを悔やむくらいには、それなりの大きさの危獣もいた。
多分、私たちが通ってきた道は死屍累々と化しているに違いない。振り向きたくない。
それにしても、衛兵さんがいた場所から結構離れているけど、それだけ広範囲に魔気が広がっていたんだなと。
「やっと、入り口……!」
いくら幼女が強いとは言え、近くまでやってきたモンスターの血飛沫まではどうしようもない。なるべくこっちに切断した頭が飛んでこないような配慮はしてくれているものの、数も多いし文句は言えない。
もちろん文句なんかないんだけど、血飛沫やらモンスターの身体の一部を避けるために心身ともに疲弊しているのは事実。
鉱山の広さを考えたら入り口なんて本当にスタート地点でしかないんだろうけど、とにかく走っている四方八方からモンスターが突撃してくるこの状況に終わりが来るだけでちょっとした安心感がある。
「はぁ、はぁ、これは……また……」
「ひぃ」
「ん、だい、じょぶ」
すぐ近くにはモンスターがいないようで、深呼吸をして息を整える。
鉱山の中は暗く、魔気もより濃くなっている。息苦しさも倍増していた。
ある程度落ち着いたところで、リュックの中からランプを取り出す。本来なら霊力がないと使えないらしいんだけど、緊急時に霊力がなくても使えるよう精霊石という霊力の籠もった石で灯りがつくようになっているらしい。
それならお風呂も同じように霊力がなくてもお湯が出るようにしてくれよとも思ったけど、霊力がないくらいの緊急時にお風呂なんか入らんわな、と納得せざるを得なかった。でも可能性があるなら、今度テア様に相談してみよう。屋敷では毎回オルポード家の誰かと一緒に入浴してもらっていたので申し訳なかった。
「ひぃ、この、さき」
「ん。分かった」
魔気が濃い割にモンスターはいないようだけど、幼女がこの先が怪しいと言うのならそうなんだろう。危獣か、魔晶石か。
幼女の案内に従いつつ進んでいると、前方に灯りが見えた。今は使われていないためか坑道のランプは機能していないのに、一つだけ灯りがついている。
いや、ランプではない。光の玉が、ふよふよと浮遊している。
「何あれ?」
蛾とか蝶とかの類だろうか。幼女が攻撃しないところを見ると、モンスターではないらしい。
『も~。ここもダメじゃ~ん』
突然、頭の中に声が響いた。
『最近どこも魔気で溢れているのよねェ』
耳から聞こえるのではなく、直接頭の中で聞こえている。「聞こえますか……今、あなたの脳に直接話しかけています……」なんてSNSでもよく見かけたけど、そんな感じだ。まさか自分が体験するとは思わなかった。
それにしても何だろう、女の子のような声にも聞こえるけど、性別の判断ができない。
頭痛のような、耳鳴りのような奇妙な感覚に戸惑っていると、光の玉はこちらに近づいてきた。
『あっ、人間じゃ~ん! 魔気に耐性あるやつ~? ねぇねぇ、アナタもそう思わない~?』
話しかけてきた。どうやらこの光の玉が喋っているらしい。
『は~ァ、せっかく人間界に来たっていうのに、これじゃつまんない~』
「人間界……?」
『ねぇ、そう思うでしょ~?』
光の玉は言いたいことだけを言って、今度はどこかに問いかけた。
「えっ」
気づけばすぐ近くに何かがいた。それに話しかけたのかと思いながら、恐る恐るランプを向ける。
「もふもふ……!」
そこにいたのは、林の中で会った白い毛玉、もとい、猫のような兎のような霊獣もしくは聖獣だった。




