28.護衛騎士と領主
「あー、でも身分差があるのか」
護衛騎士×騎士として育った少女(現領主)、字面からして最高ではある。
「妹か弟くらいにしか思われてないだろう。そもそも、こいつが僕の傍にいるのは僕の父親──先代メイエン家当主の部下だからで、その命令に従っているに過ぎない」
今さら知ったけど、僕っ子なんだ。属性盛りまくりでは。
そういえばテア様、騎士として育ったって言ってたけど、それもお父さんの影響なんだろうか。
うっかり口に出してしまいそうだったけど、一度も父親の姿を見なければ話も聞かないので、領主を交代した理由を聞くのも憚られる。どう見ても未成年の少女が家督を相続するなんて、悲しい話に決まっている。
ので、違う方向に話を逸らすことにしよう。
「幼馴染とかだと思ってたけど、エメリクってお父さんの部下だったんだ」
「ああ。元々は姉様が跡を継ぐ予定だったから、僕は小さな頃から騎士として育った。姉様が領主となった時、手足となって支えられるように、その命を守れるように」
お父さんだけでなくお姉さんもか。余計に聞きづらくなってきた。
「ずっと剣を握ってたなら、急に領主になっちゃって大変だったよね」
「内政の面でも支えられるようにある程度は学ばされていたからな。それでも不十分なことには変わりない」
「若いのに偉すぎる」
フェデリナ様やオルポード家の子どもたちもだけど、若い子たちがこんなにも頑張っているなんて。
オルポード家に関しては本当に氷山の一角だろうし、恵まれない子たちはたくさんいるんだろうな。
「ヒオリも若いだろう」
「みんなそう言うけどね、私アラサーだから」
「あら──何だ?」
そこは伝わらないんだ。簡単な横文字なら通じてきたけど、造語的なものは難しいのかもしれない。
「もうすぐ三十ってこと」
「……嘘だろう?」
嘘じゃないです。確かに悪い意味で童顔で、顔も中学の時から大して変わってないけど。
いやー、異世界に来て感じるけど、ずぼらなアラサーでよかったと思うよ。今のところスキンケアとか化粧品の類は見かけないしね。
「テア様は?」
「十五だ」
「わっか。やっぱり未成年じゃん」
「この国では十五で成人だぞ」
マジか。確かに二十歳で成人って決まっている訳じゃないしな。ただの先入観というか固定概念だった。
ちなみにここでは十六から二十までが女の子の結婚の適齢期で、それ以降になると周囲から心配され、アラサーなんて行き遅れを越して対象にすらならないことが普通らしい。生まれたのが今の日本でよかった。
「エメリクは?」
「二十五だな」
「十歳差か。いやいや全然問題ないよ」
「何がだ」
うんうんと頷いていると、テア様に怪訝な顔で見られた。
◇
結局雑談をしていても起きなかったエメリクを連れて、鉱山へ向かうことになった。テア様は置いていくことも考えていたようだったけど。本当に好きなんだよね?
エメリクを引き摺っているのは幼女の黒い枝。持ち上げずに引き摺っているあたり、エメリクに対する幼女の認識が覗える。いや、さっきの彼の失言を汲んでいるのならありがたいことではあるけれども。
「いい加減に起きろ」
「っぐゥ──!?」
テア様がブーツの踵でエメリクの腹を踏んだ。痛そう。
「ぁ──ッは、ここは……」
「もうすぐ着くぞ」
目覚めたエメリクに現状を説明しつつ、先頭に追いやるテア様。
その言葉の通り、少し進むと誰かが立っているのが見えてきた。
何だか騒がしい。
はっきりとは見えないけど、何か薄ら膜のようなものが見える。グルイメアで爺やが使っていた術と似ているし、これが結界なのかもしれない。
近くには数人立っていて、何かを話し合っている。結界を守っている衛兵がいると言っていたから、多分そうなんだと思う。
その内の一人がこちらに気づく。
「これはエメリク殿! それにジェレマイテア様まで、なぜこのようなところまで……」
「結界と鉱山の様子を確認しに」
眉間に皺を寄せて短く対応するエメリク。切り替えが早い。
「それはありがたいことですが、このような時にジェレマイテア様まで……」
「わたくしが無理を言ってついてきたのです。どうしてもこの目で見ておきたくて……それより何かあったのですか?」
曰く、結界内の魔気が濃くなって、危獣の動きも活発になっているらしい。とても戦って対応できるものではないため、なるべく被害が出ないように逃げつつ結界を見張っているんだとか。
「なぜわたくしたちに知らせないのです?」
「それが……」
彼が言うには、応援を要請しようとしたところ、なぜか魔気が薄まったらしい。危獣の動きも少し落ち着いたので様子を見ようとした。
ところが先ほど急にまた魔気が強まったため、どうしようか悩んでいたと。
「……もしかしたら、聖獣かもしれないな」
衛兵に気づかれないような小声でテア様が呟く。
霊獣も聖獣もかなりの霊力を持っていると言っていたから、ここに現れた時に相反する魔気が薄まったのかもしれない。そしてさっき驚いて逃げてしまった毛玉を考えると、再び魔気が濃くなったのも理解できる。
結局どうしてここに聖獣がいたのかは謎だけど。
「とにかく、奥へ進みましょう」
「いけません! 結界の中は今かなりの“気”が溢れています! それに、先ほどかなりの大きさの危獣がいたという報告も……」
さて、どうしようかね。結界で閉じ込められているからどのくらいの魔気なのか分からないし、この衛兵さんもすんなり通してくれそうにもない。
そもそも、この中にどれだけ危獣がいるのかも分からないし。さすがに異形とか胴長レベルの危獣がうじゃうじゃいたら、いくらミレスでも対処しきれないだろうし。
「ひぃ」
「ん?」
「だい、じょ、ぶ」
「そっか」
「いやいやいや!」
腕の中の幼女を一撫でして結界を潜ろうと一歩踏み出すと、エメリクに止められた。
素が出てるけど大丈夫?




