26.鉱山へ向かう道中にて
林の奥のそのまた奥、メイエン家の者しか立ち入れない場所がある。術で出入り口を攪乱していて、普通の人には分からないようになっているらしい。これもテア様たちが一緒についてきた一因か。
本来ならもっと整地された道を通るみたいなんだけど、普通に鉱山に行くルートだと迂回することになるため時間がかかり、人に出くわす可能性があるからとショートカットできる獣道もとい別ルートを進んでいた。
ヒスロが走れるのはここまでで、あとは地道に歩いていくしかない。
ちなみに、車体は邪魔になるためヒスロに直接乗ってここまで来たので、あの地獄のような揺れは大丈夫だった。エメリクが一緒に乗って手綱を握ってくれていたんだけど、テア様は一人で颯爽と乗りこなしていてかっこよかった。
段々山登りになっていく道中、普段外用の無口仕様の反動か、無言になるのが嫌だと言わんばかりにエメリクが話し掛けてきた。それはもううんざりするくらいに。
「グルイメアでどうやって生きてたんだ? 数日も彷徨ってたんだろ?」
中でもグルイメアでの話には興味津々なようで、色々と聞かれた。
幼女の示すままに水と食料を手に入れたと話せば、明らかに引いたような顔をされた。
雑談をしつつもモンスターを切り伏せているのは少し尊敬する。
「グルイメアにある果実を食べた? よく生きてるな」
「それ、爺やにも言われた。ミレスちゃんと疎通だか共鳴だかしたお陰で魔気やら毒気やらが中和されたのかもとか」
あの時は心身ともに疲弊していたのと、空腹で正常な状態ではなかった。今でも思う、自然の水やその辺に生えているものをよく口にしたなと。細菌とか寄生虫とか、考えると恐怖でしかない。
それにしても幼女と契約(仮)してから多少体力も疲労回復力もアップしたような気はしていたけど、魔気や毒にも耐性がついていたとは。目に見えた効果じゃないから実感に乏しかった。
ゲームで言えば毒耐性とか麻痺耐性みたいなスキルになるんだろうけど、ちょっと地味──いやいや、十分ありがたいです。
「はぁ。その子、魔族なんだっけか。爺やって?」
契約を交わしたのでお互い反故にするつもりはないからと、言わなくていいことまで答えていた。実は私が異世界から来たとか、ミレスが魔族らしいとか。それほどまでにエメリクの追及はうざかった。
山奥に入ってきて敬語を取り払えたからまだマシだけど、普段一人だから家では喋ることはほとんどなかったので、ちょっと面倒くさい。
「ヘナロスさんっていうクナメンディアのお爺さんだよ」
「え!?」
「ヘナロス?」
なぜか二人とも驚いている。異世界から来たと言ってもそこまで驚かなかったのに。今までエメリクが討ち漏らしたモンスターを無言で切り伏せていて、大して口を挟んで来なかったテア様までも聞き返してくるとは、何事だ。
「ヘナロスっていや霊術界の権威だ。霊術を本格的に学んだ奴なら知らない奴はいねぇよ。クナメンディアだからって馬鹿にする奴らもいるが、霊術の基礎に関する書物はあの人が書いたモンばっかだからな」
「へぇ、そんなに凄い人だったんだ」
「お前さん、本当に何も知らないんだなぁ」
馬鹿にするでもなく、本当にこの世界のことを知らない──異世界から来たということを実感しているようだった。
「ヘナロスが言うんなら、魔族ってのも信憑性があるな。しかもそれが人間の味方だっていうなら、相当なことだぜ」
「ヒオリたちに目をつけてよかったな」
何でもないことのように言ってのけるテア様。
洗い浚い話して、こちらに不利になるようだったらどうしようかとも思ったけど杞憂だったみたいだ。
まあこれで私たちが何か言われようものなら、そのきっかけを作ったエメリクをヤるしかない。腕の中の幼女も頷いているし。
「そういえば、魔晶石をどうやって利用するつもりだったの?」
霊力を持っているこの世界の人たちには害でしかないと思うんだけど。手に入れてどうしようとしていたのか。
「魔術を使うつもりだったんだろう」
「魔術!」
ファンタジーっぽい。霊術よりは遥かに馴染み深いのでちょっとだけテンションが上がってしまった。
でも、魔力と霊力は相反する力なんじゃなかったっけ。それに私に霊力があっても霊術が使えないように、魔力の元となる魔晶石があったとしても、魔術が使えるとは限らないのでは。
「霊術の研究が進んで、良からぬことを企む人間もいんだよ。魔族についての解明も進んじまって、霊術の応用で魔術を使えないかってな。大方、その実験にでもしようとしたんじゃないか? 失敗しても、敵襲に使えるしな」
うわぁ。いかにも悪役って感じ。そんなのが親玉なら、そりゃベルジュロー家とやらに領主の座を奪われる訳にはいかないよね。税で搾取どころか犯罪の一端を担ったり命が危なかったりするかもしれないじゃん。
「そういや、もし俺たちがお前さんのいた世界に行ったら霊術は使えるのかね」
「精霊がいないから無理だろう」
何気ないエメリクの呟きに素早くテア様が反応する。
あ、そういうシステムだったね。
それを聞いて、契約の術が思い浮かんだ。違反したとき、右手が小さく可愛い妖精に「えいっ☆」とちょん切られるところを想像して妙な気持ちになった。
「ひぃ」
「ん、なぁに」
「お前さん、明らかにその子に対しての態度違うよな」
ちょっと引き気味なエメリクは放っておいて、可愛い幼女に目を向ける。
人が二人くらい通れる程度の道ではなく、木々の間を指差している。
「っ!? 止まれ!」
先を歩くエメリクが突然声を上げる。片手で制止しながら私たちの歩みを中断させると、今度は腰に差している剣に手を掛けた。幼女が指差した方向を睨んでいる。
「何か、いるな」
「ああ」
木が多くて大して見えないんだけど、二人には何か感じるらしい。今まで歩いてきた中で、小さなモンスターは軽々とエメリクが倒していたので、今度はそれなりの危獣なのかもしれない。
でも、ミレスの反応がいつもと違う気がする。
ヒスタルフ周囲で危獣狩りをしていたときもそうだけど、敵だったら問答無用で攻撃してくれていたし、注意喚起をするような声じゃなかった。
いや、名前を呼ばれる声に大した差はないんだけど、何となく危険を知らせるようなものではなかったというか。
「“気”ではないな」
「ああ」
二人ともそれなりに戦えるから、魔気を察知できるはず。その二人が魔気じゃないと言って、それでも警戒するような相手って何だろうか。
このまま鉱山へ向かってもいいんだけど、これが敵だったとして、鉱山へ向かわれて挟み撃ちになってしまっても困るからと正体を確かめることにした。不安材料は少ない方がいいしね。
ゆっくりと木々の間を前進するエメリクについていく。
少しすると、生い茂る緑の間から白い何かが見えた。
「これは……」
なるべく音を立てないように進んだ先。
そこにいたのは、見上げるほど巨大な白い毛玉だった。




