24.猫被りとかいうレベルじゃない
「一人で出ていったってシベラちゃんから聞いたと思ったら、もう!」
「お前にいちいち報告する必要はない。いいから退け。邪魔だ」
オネェ口調の赤髪の騎士さん、そして彼をげしっと足蹴にする美少女。
何がどうなっているの。
「何だ? 他言無用と言っただろ。ここでは畏まった言葉も要らん。普通に話していい」
「あら? あの時の子たちじゃねぇか! 何だよテアちゃん、見つかったならそう言えよ」
「さて、契約の条件だが──」
「──いやいやいや!」
「何だ?」
「どうした?」
「何だもどうしたもないでしょ」
さも当たり前のように話を進めないでくれませんかね。二人ともキャラが変わりすぎでしょ、誰なのよ。こちとらお嬢様な美少女が急に男口調になったのも、綺麗なドレスを身に纏ったまま真顔でその口調が続いているのにもついていけてないんですが!?
赤髪の騎士さんも騎士さんで何なの、無口かと思ったらオネェだったの? かと思ったら男っぽい口調になってるしどういう情緒よ。今の私の方が心が不安定だわ。
「……ふむ。まあ先ほどまでの態度は領主としての一般的なものだ。その方が体裁がいいだろう? 疲れるがな」
「あ、驚かせちまったよな。ワリィワリィ。喋ると煩いし色々と任務に差し支えるから黙ってろって言われててなぁ。女装の任務が長かったもんで、時々そん時の言葉が出るんだよ」
何なんだこの人たち。私の方がツッコミで疲れるんですけど。大体何なの、女装任務って。
あまりの豹変っぷりに困惑していると、コンコンとドアをノックする音が聞こえた。
「失礼しまぁす」
間延びした声とともに入って来たのは、さっきのメイドさん。お茶とお茶菓子のようなものを持っている。
「はい、どうぞぉ」
「あ、どうも……」
「何かぁ……?」
「ああ、いえ」
メイドさんはテーブルに三人分のお茶とお茶菓子を置きながら、その内一つを手渡してくれた。
少しびびっていたけど、態度が変わらないところを見ると、メイドさんは普段からこうらしい。ちょっとほっとした。
「お前、結界の方は大丈夫なのか?」
「ああ。さっきも見てきたよ」
「じゃあいいな。契約の話をするぞ」
さっきまでの流れから契約の話をするのは普通かもしれないけど、少し抵抗があるのは私のせいじゃないよね。本性を見せてくれたことは信用してくれたと思っていいのかもしれないけど。
まだ何か隠し持っているんじゃないかと疑いたくなる。
「俺、まだこの子に挨拶もしてないんだけど?」
「お前が遅いからだろ。時間がないんだ。さっさと契約の準備をしろ」
「テアちゃん、この子たちのためにもお嬢様っぽく振る舞っとけよ──ってうおっ、筆を投げるなよ! 刺さるだろ!」
この騎士、ただの護衛や従者だと思っていたけどそうでもないらしい。距離感からすると兄妹みたいだ。
えっ、女の子だよね。さすがに性別が違うとかないよね。性別を偽って学生になったり令嬢になったり騎士になったりする漫画も見たことあるけど、詰め物には見えない立派な胸もついているし、女の子……だよね……?
美少年だったら違う扉が開いてしまうかもしれない。
いや、ミレスちゃん一筋だよ!
幼女からの視線を感じたので心の中で弁明する。
「遅れたけど、俺はエメリク・シアード。テアちゃんの護衛騎士ってところだ。テアちゃん、元々騎士として育てられてきたからこんな感じだけど、悪気はないから許してやってな」
眉間の皺も取り払われていっそ軽薄さも感じられる言動だけど、役職はそのまんまだった。
というか、この子にはそんな過去が。それなら男勝りな言動も納得できるけど、儚げなお嬢様は幻想だったんだな。
ちなみに後で聞いた話、初めて会った時に顔面蒼白だったのはヒスロで乗り物酔いをしていたかららしい。ここへ来るまでの無言も酔いそうだったからなのかもしれない。私もこの町に来る時にグロッキーになったから気持ちは分かる。
「悪いな。さっきも言ったがあまり時間がないんだ。契約を急がせてもらうぞ」
「ねぇ、契約なんだけど、条件追加してもいい?」
さっきここでは普通に話していいと言っていたので、お言葉に甘えて敬語はやめることにする。
「何だ。こちらに不利になることは頷けないぞ」
「不利かどうか分からないけど……あなたたちって味方少ないんでしょ?」
「そりゃあもうびっくりするほどにな。疑わしきは何とやら、こんな広い屋敷なのにこの部屋に入るのは俺たち三人くらいなんだぜ」
美少女の代わりに護衛騎士が答える。当の本人はまたも美少女に足蹴にされていた。
この部屋は本当に信用している人しか入れず、外からの音はよく聞こえるように、逆に部屋の中の音は外に漏れないように術がかけられているらしい。だから契約には持ってこいなのだとか。
とにかく、使用人すらも制限するほど情報統制をしなければいけないくらい大変だということだよね。
「お陰で掃除なんかも大変だ。特にこの部屋周囲はシベラちゃん一人でやってんだもんなぁ」
「はい、大変ですぅ」
よし、それならいけるかもしれない。
「使用人として、何人か雇ってほしいんです」
「話を聞いていたか?」
「聞いた上で言ってます。信用できる人たちです」
衣食住と仕事がついた超優良物件、逃す訳にはいかない。
そう、オルポード家の引っ越し先だ。お母さんはまだ日雇いの仕事しか見つかっていないようだったけど、ここなら待遇はよさそう。
「報酬、小聖貨三枚だっけ? 二枚に減らしてもいい。何なら一枚でも」
「……テアちゃん」
「ふん。そこまで言うならいいだろう。ただし先ほどのように契約を結んでもらう。反故の罰はそれなりに厳しいぞ」
「やった。ありがと、テア様!」
これで悩みの種だった一家の問題が当面は解決する。
住み込みで衣服や食材、その他身の回りも支給してほしいと言うと、守秘義務さえ守ればいい、細かい条件は面倒だから適当にやれと言われた。何でも、条件が増えるほど、詳細になるほど術が大変になるらしい。
術と言っても契約書にサインをするだけで、霊力のない私には特に何も見えなかった。護衛騎士ことエメリクが言うには、お互いの右手に術が刻まれ、契約が成立した暁にはその印は消えるものの、違反すれば右手が切断される仕組みらしい。対象が心臓じゃないだけマシかもしれないけど、おっかなすぎる。
向こうの条件は鉱山の魔気をできるだけ消し去ることと危獣の討伐。報酬は、小聖貨三枚と、私たち二人の身分証明。
こちらの条件は、住み込みでのオルポード家の雇用。
お互いが合意して、エメリクの術により契約は成立した。




