23.心配の種
「それに、他国に行くとしたらさすがに身分証明は必要になってきます。報酬として、そちらも用意致しますわ」
「み、魅力的すぎる……」
いつかぶち当たる壁だ。身分証明をしてくれるというならそれほどありがたいことはない。
今割と問題になっているのがお金について。一つ一つは軽いけど、幼女のお陰で荒稼ぎできたので結構嵩張って荷物になってきている。
この世界にも銀行のような機能がエコイフにあるらしいんだけど、さすがにそれを利用するには身分証が必要らしく、この町、というかこの世界の人間ですらない私には到底使えるものではなかった。それが使えるようになるならとてもありがたい。
でも、懸念事項が一つだけある。
「一つ聞きたいんですけど……」
「何でしょう」
「この子が忌み子かもしれないって思わないんですか」
これが一番の問題だった。
提示される条件としては好ましいものばかりだ。でも、タルマレアのときのように、ただ機を伺っているだけなのかもしれない。隙を見て、鉱山の問題が解決したところで、私たちをタルマレアへ売る可能性だってある。
「確かにグルイメアに隣接する三国には忌み子の伝承が広まっています。けれど、伝承は伝承。国民全員が作り話の相手にそこまでの感情を抱いている訳ではありませんわ」
「それは、どういう……」
「グルイメアで増えすぎた危獣はやがて人里へと下りるようになります。それを防ぐため、大昔より結界を張ってグルイメアから危獣が出られないようにしましたわ。それでも完全に防ぎきることはできません。古い結界を張り直すため、そして増えすぎた危獣を討伐するため、定期的に調査という形で三国より軍が派遣されますの」
「それが、調査隊」
「はい」
森の奥に行けば行くほど危獣の危険度が増すため、領域により区別したのが指定区域。領域によって使われている術や結界が異なっていて、霊術が衰退した今では第一指定区域まで行ける人間はいない。現在各国で調査できているのは第四指定区域までだと言われている。
フェデリナ様たちやエコイフで聞いた話だ。
「調査中に命を落とす者も少なくありませんわ。“気”に毒されるか、危獣に殺されることがほとんどなのですが、それを忌み子のせいだと言う者はいるのです」
「……」
「厄災の忌み子のせいで──呪いのせいで、彼らは死んでしまったと」
分からないでもない。死因がはっきりしていたとしても、それが目に見えないものだったり不特定多数のものよりは、特定の相手の方が憎みやすい。魔気が発生するのも危獣がいるのも、忌み子のせいにしてしまえば簡単だ。
「実際に、忌み子……いえ、生贄となった幼子、でしょうか。その者が封印されているという洞窟へ向かった者もいたらしいのです」
確か、ローイン隊長の両親がそうだと言っていた気がする。
「そして本当に幼子が鎖に繋がれていたという話もありますわ」
「……はい。それが、この子かもしれないって」
「その可能性をヒオリ様が否定できないように、わたくしもその幼子だと信じることはできませんわ」
「……」
「話が少し逸れましたわね」
「……えっ、と」
「この国を含めグルイメアに隣接する三国では、忌み子の伝承を信じる者も信じない者もいます。わたくしはわたくしが見たものしか信じませんわ」
確かに、オルポード家のようにミレスを見ても特に思うところはないような反応をする人もいる。ミレスがこの周囲の国の人たち全員に忌み嫌われていると思い込んでいたけど、実際にはそうでもないのかも。最初に出会ったタルマレアの人たちの反応でその認識が刷り込まれていたのかもしれない。
ミレスが普通に受け入れてもらえるのも、夢ではない可能性がある。
この領主様の「ミレスが忌み子だと疑わないのか」という質問に対しての答えは、知らないから答えようがない、ということなのかな。
「わたくしの味方となってくださるのなら、それ以外の他者からの評価などどうでもよいことなのです」
この答えでは不服でしょうか? と美少女が微笑む。
回りくどいけど、つまりは私と同じような考え方ってことだよね。ミレスが伝承の忌み子じゃないとは言い切れないけど、今のこの子に害がないのなら関係ないと。そういうことでいいんだよね。
「それでも心配でしょうか。先ほども申し上げたように、これからの行動で人々の敵ではないと──むしろ救世主なのだと示せばよいのですわ」
「……うまくいくかな」
古くから伝わる伝承を塗り替えられるのか。もう忌み子なんかではないと、本当に証明することができるのか。あのとき封印しなくてよかったとタルマレアの人たちに思わせられるように、逃げ続けることがないように。
「きっと、うまくいきます。メイエン家の名に誓って、わたくしが保証しますわ」
「自信に満ち溢れている……眩しい……」
「ふふ。エコイフでの話を聞いておりましたから、お金による条件はあまり魅力的ではないかと心配していましたの。これでお互い対等な条件になりましたわね」
確かに、お金だけだったらここまで惹かれることはなかったかもしれない。大きな後ろ盾とミレスの名誉が得られるのはかなり心強い。
「契約を交わしましょう。お互いに譲れない条件を示して、その意に背く場合は罰を受ける契約の術があるのです」
それも霊術の一種か。それなら安心かもしれない。
もう、腹を括るしかない。博打かもしれないけど、鉱山の問題を解決して、ミレスの力は強力なだけじゃなくて人々の役に立つんだと──いや、ここは大きく、この世界の救いになるんだと証明してやる。
だからミレスちゃん、さっきから暇なのか人の身体をつんつんつんつんしてくるけど、そんなことしてる場合じゃないからね。
「ひとまず、場所を移しましょう。ここも盗聴の心配がないとは言い切れませんので」
美少女に案内されて、別室へ向かう。
そこでやっと、美少女以外の人間が現れた。
「あ、テア様。お帰りになってたんですねぇ」
メイド服のようなものに身を包んだ女性だった。掃除をしているみたいだ。
メイドなんだろうけど、一人しかいないのか他に誰も見当たらない。これだけ広い屋敷だと、そんなものなんだろうか。
さっきも盗聴の心配とか言っていたし、スパイのようなものを懸念して使用人が少ないのかな。あまりにも人気がなさすぎるよね、この家。
「シベラ、お茶の用意を」
「はぁい」
少し間延びした返事をしてメイドさんが去っていく。
そういえば客人として招かれたようなものだけど、お茶とか何もなかったな。紅茶もコーヒーも好きじゃないし、この世界のお茶は見た目も味も想像できないから別になくていいけど。
「こちらへどうぞ」
辿り着いた部屋は屋敷の最奥で、その周囲の廊下を含めて扉は比較的シンプルだった。造りは頑丈そうだけど、飾り気がないというか。
「──ヒオリ様。ここから先のことは、お互いに他言無用ですわ」
「え? あ、はい」
契約を交わすんだから他言無用なのはそうだよね。
中に入ると、執務室のように机と書類の束、本棚、手前にソファーとテーブルがあった。なぜか奥にベッドがあるという仕事なのかプライベートなのかちぐはぐな雰囲気で、今までの高価そうな壺や絵画などは全くない。
ソファーに座るよう促され、美少女が扉を閉めた瞬間、何やら遠くから足音が聞こえてきた。
「うわっ」
バンッ! と大きな音を立てて乱暴に扉が開かれる。
そこに立っていたのは、いつぞやの赤髪の騎士さんだった。視線で人を殺せそうなほど鋭い眼光を放っている。眉間の皺も凄い。
彼は律義にも扉を閉めなおしたあと、つかつかとこっちへ向かってきた。
「ちょっとぉ! テアちゃんどういうこと!?」
「チッ」
「何勝手なことやってんのよ!」
「うるさい。静かにしろ」
え、何?
ていうか、誰?
更新する前に数日分のデータが消えてしまって泣きそうだったんですが、復元ソフトを買って事なきを得ました。リカバリー等の設定って大事ですね…。




