22.美少女からの依頼
まさか、誰が思うだろうか。こんな美少女がこの辺を治める領主だなんて。
「ま、マジで……?」
「信じられなければ他の民に聞いてもらっても構いませんわ」
この町に来る前と来た時のことを思い出す。御者のお兄さんや検問に並ぶ町の人の言葉だ。
代替わりした領主が若いとは言っていたけど、こんな明らかに未成年の子だとは思わないでしょ。しかも何とか地方を治めるって言ってたけど、この辺で一番偉い人、権力者ってことでしょ。
そんな人が何で林とかさっきの街中とか、大した護衛もつけずに出歩いているのか。
「ご存知ないとは思いませんでしたけれど」
曰く、こんなにも町で噂されているし、滞在期間もそれなりであり、危獣討伐でエコイフにも入り浸っているにも関わらず領主のことを知らない方が驚いたと。
すみませんね、無知な上に無関心で。
「まぁ、それは構いませんわ。それより話の続きをいいですこと?」
「あ、はい」
「元々メイエン家を良く思わない人間がいたのですけれど、わたくしが当主となることでそれが顕著になったのです。その筆頭がベルジュロー家ですわ」
その名前もどこかで聞いたことがある。
「ベルジュロー家の現当主は野心家で浪費癖もあり、目的のためには手段を選びませんわ。領主になれば課される税は重くなり、きっと民は苦しむでしょう。それは避けなければなりません。魔晶石の件も、法を犯したのはベルジュロー家ですの。違法に魔晶石を所持し、利用しようと画策しているのですわ。先ほどの討伐者の一件は、逆にメイエン家に罪を擦り付けようとしたのでしょう。魔晶石については、その証拠を見つけ出したところを追われ、林の奥で襲われたという訳ですわ」
なるほど。押収した魔晶石をあの赤髪の騎士さんが所持していたということか。
やっぱりあの暗殺者みたいな人たちは刺客だったんだな。エコイフで服の一部を見せた時に微妙な反応だったのは、それがベルジュロー家を示すものだったからなのかもしれない。
「じゃあ町の検問って……」
「恐らく自分たちに不利となる──敵となる者が入ってこないか見張っているのでしょう」
「勝手にやってるんですよね?」
「はい。ベルジュロー家の独断ですわ。しかし勝手に始めたからといって理由もなくやめさせる訳にもいかないのです。領民は何か理由があって検問を敷いていると思っていますわ」
取り締まりにしろ何にしろ、町の人を守るという名目で開始したのであれば、その原因が解決しないといけないということか。領主サイドから自分たちがやったことではないからと撤回すると角が立つと。
例えば凶悪犯だとか、危獣だとか。検問を開始した理由がなくならない限り、領主が取り止めることは逆に不信感を抱かせることになるかもしれない。難しい話だね。
「今メイエン家の地位は揺らいでいますの。地盤を固めるためにも、目に見えた大きな功績が必要なのです。そこで、とある鉱山の問題を解決するために手を貸していただきたいのです」
子どもたちが戦う話なんて飽きるほど見てきたけど、こうして大人と同じ場に立って活動している子を見ると、若干胸が痛む。
私が中高生の頃なんて、勉強と部活はともかくネットに触れて現を抜かしていた時期だよ。なりチャとか──ああ、やめやめ。黒歴史は封印しておくべき。
子どもの頃を思い出し、幼女の頭を撫でながら美少女の話を聞く。
何でも、色々な資源となる鉱石が採れる鉱山に危獣が出現し、魔気も濃く近寄れなくなってしまって困っているらしい。太い資金源なのでどうにか解決したいものの、かなりの能力者でなければ立ち入ることも叶わず、国へ応援を要請しているけど距離や立地の問題からかなりの時間を要すると。
鉱山周囲に漂う魔気も、町に影響がないように術をかけて封じ込めているがいつまで持つか分からない。
その間にベルジュロー家とやらが領主に取って代わる算段が明るみになっており、早急に対応したいと思っていたところ、私たちに出会った。何かの縁になればとネックレスを渡した。後に調べると国に属している訳ではないようなので、個人的に交渉した方が早いと踏んだ。
私たちを探し出したかったけど、色々な対応に追われていた。やっと手が空いたと思ったら神出鬼没で捕まえられない、足が付くであろうネックレスでも使ってくれたらと思っていたけど、今日の騒ぎで見つけることができて本当によかった。
とのことだった。
「それが解決すれば、検問も止めさせられるかもしれないってことか」
「はい。そしてベルジュロー家に対してかなりの圧力をかけることができるでしょう。これを機に、今のベルジュロー家を失墜させることもできますわ。それくらい重要な件なのです」
なるほど。自分たちの信用は上がるし、敵も蹴落とせるし一石二鳥ということね。
「しかし、今のメイエン家には十分な資金がありません。成功報酬にはなってしまいますが、小聖貨三枚でどうでしょう」
「え」
小聖貨って、白札が二十何枚分って聞いたけど。それを三枚も?
「見知らぬ人間に依頼するには高額じゃないですか?」
「あなたの噂はお聞きしております。悪人であればこうして一人で会ったりしませんわ」
私の一存で決められないけど、多分ミレスなら細かいことを説明しなくても頷いてくれるんだとは思う。
依頼を受ければ、枷を外すための危獣討伐という目先の目的は達成できる。でも、それが原因でミレスの正体がバレることになったら。
「何か踏みとどまる理由がおありでしたら、話していただけないでしょうか? どうにも、危険だとか報酬の問題ではないとお見受けしますけれど」
この子、一体何者なんだろう。いや、この町の領主なんだろうけど。領主ともなれば小さい頃から人を見る目とか培っているのか。
「条件自体は問題ありません。でも……」
「はい」
「依頼を達成した結果、この子が害を被ることだけは嫌なんです」
伝承の忌み子だと、グルイメアに封印されるべきだと、糾弾されないという保証はない。
この子に事情を話して、それでも依頼をしたいと言うのなら前向きに考えよう。ミレスのことを話すのにはリスクが伴うけど、現状頼れる相手が私たちしかいないのなら、忌み子の伝承が根付いていても交渉の余地はあるかもしれない。
「……私たちは、タルマレアから追われています」
簡単に今までの経緯を話した。
グルイメアの森でミレスと出会ったこと、忌み子と言われたこと、タルマレアと敵対したこと。
美少女は決して疑ったり馬鹿にしたりせず、時々頷きながら話を聞いてくれていた。
「そうだったのですね」
一通り話し終えたあと、美少女は少し考え込んでから口を開いた。
「しかし、それは逆に好機ではありませんこと?」
「というと?」
「“気”の原因ともなる魔晶石を対処できるのは、恐らくその子だけでしょう。それを今回の件で公に、大々的に示すことで、その子の価値や存在証明になるのではないでしょうか。わたくしたちにはその力を証明し知らしめる力がありますわ。この鉱山の一件が成功さえすれば」
爺やの言葉を思い出した。この世界の英雄になれる可能性があると。
こんなにも早くそんな時期が訪れるとは思っていなかったけど、今がその一歩を踏み出せる時なのかもしれない。




