21.メイエン家
「な、何でここに」
「わたくしがいてはおかしいかしら?」
「い、いや……」
美少女の登場に驚いているのは周囲の人たちだけでなく、巨漢ズも同じだった。いや、動揺しているようにも見える。
美少女の近くにはあの赤髪の騎士は見当たらない。どうやら一人のようだった。
出会った時のシンプルな服とは違い多少煌びやかさが増したドレスを纏い、彼女はこちらへ近づいてくる。
「またお会いしましたわね」
「え、はい」
儚げだった美少女の面影を少し残しつつ、気品が感じられる。青ざめた表情は全くないので、多分あの時は体調不良だったんだろうと思う。すっかり回復したようでよかった。
「林の奥で襲われたわたくしを助けてくださったお方ですわね……!」
「へ」
突然、美少女が両手を胸の前で組んで目を潤ませながら叫んだ。さっきの巨漢ズのように、周囲へ届くような大声で。
「あなたのお陰でどうにか逃げることができました。わたくしのことを知らせるため、あの時お渡しした我が家を示す首飾りも無事でよかったですわ」
な、何事。急に演劇でも始まった? 巨漢ズも明らかに目が泳いでるし、一体何なの。
というか、何だって? 我が家の首飾り? 渡した? やっぱり手放さなくてよかったやつか?
「あなたがいなかったら、わたくしはどうなっていたのか……」
「は、はぁ」
「ところであなた方、わたくしの──メイエン家の恩人に何かご用がありまして?」
急に態度とともに身体を反転させた美少女。巨漢ズは反撃できずに「あ」とか「う」とか言っている。
「わたくし、ぜひあなたにお礼をしたいのです。一緒に来ていただけますか?」
「あ、はぁ」
「では皆さま、ごきげんよう」
そっと私の手を取ると、左右に割れた人だかりを抜けていく美少女。あの時は儚げで庇護欲をそそられる感じだったのに、今では堂々とした態度で私が助けられている。
メイエン家、と言っていたけど、恰好からしてもいかにも貴族っぽいし関わりたくはない。でもあの場を切り抜けられたお礼くらいは言いたいし、大人しくついていくことにした。
手袋のせいか意外と柔らかくないなと思いながら繋いでいた手は、黒い枝に叩き落とされた。
しばらく歩き、ヒスロに乗った。しかしさすがお金持ちといったところか、車体も座席もしっかりしていてそこまで揺れによるダメージがなかった。ヒスロ便と同じだったら途中下車していたかもしれない。
道中、なぜか何を質問しても着いてから話すからと取り付く島もなかった。
そうして揺られてしばらくすると、一際大きな屋敷の前で止まった。それまでに大きな建物はいくつか見たけど、一番大きくて豪勢に見える。
「こちらですわ」
そういえばお金持ちのお嬢様なのに従者の一人も連れてないんだな、と思いながら案内に従う。
お金目当てに襲われたりしないんだろうか。
「お掛けくださいませ」
「……はい」
応接室のような場所の椅子に腰かける。壺や絵画など、いかにもお金持ちっぽいものに囲まれている。
「まずは、あの時のお礼を。本当にありがとうございました」
「あ、いえ。こちらこそ、さっきはありがとうございました」
頭を下げつつ幼女を見遣る。相変わらず無表情だけど、何かを訴えてくる様子はない。
とりあえず幼女センサーには引っ掛からないようなので、悪者ではないんだろうと話を聞くことにする。ついでにネックレスも返そう。
「これ、お返しします」
「……利用しなかったのですね」
「え?」
「それはメイエン家の当主に代々伝わるものの一つですの。それを見せれば大抵のものは買えるでしょう。見せびらかしたり売ったりすればしばらくは遊んで暮らせましたわ」
「へー」
そんなに価値のあるものだったのか。だからエコイフのおじさんがあんなに態度を急変させたのかと納得する。
というかこの子がメイエン家の当主なのか、当主の娘なのか。それに屋敷に人気がないのも、他に誰も出てこないのも気になるところではある。
「そんなに大事なものなら、使われるとまずいのでは?」
「いっそ使ってくださったらもっと早くお会いできましたのに」
ふふ、といたずらっぽく美少女は微笑む。
彼女との間にあるテーブルにネックレスを置くと、そっと掴み上げて近くの小さな箱に仕舞った。受け取ってくれないかもしれないと思っていたので少しほっとした。
そういえば、素手で触っていたけど大丈夫かな。
「本題に入りましょう」
笑みを消して、真顔になる美少女。背景も相俟って絵になるな。
いや、本題って何だ。ネックレスを返してさっさと帰ろうと思ってたのに。これ以上何か粗相でもして不敬罪とかになったりでもしたら大変だ。
「これはお礼を兼ねたお願い……依頼ですわ」
「依頼?」
「はい。申し遅れましたが、わたくしはジェレマイテア・メイエン。メイエン家の当主です。ジェレミーでもテアでも、お好きにお呼びくださいませ」
「あ、どうも。えっと、ヒオリです」
何となく頭を下げる。
やっぱりこの子が当主なのか。若い、というか子どもと言ってもおかしくない年齢に見えるけど、漫画やゲームではよくあるしそんなものなのかな。
「今、メイエン家はベルジュロー家に領主の座を脅かされていますの。先ほどの二人も恐らくベルジュロー家に買われた討伐者で──」
「ちょ、ちょっと待って!?」
「どうかされましたか」
普通に話を進めようとするけど、とても気になる点があった。
「領主の座って?」
「わたくしのことですわ」
「……え?」
不思議そうにこちらを見てくる美少女。そして少し考えたあと、何か納得したように小さく頷いた。
「ここヒスタルフや隣のマルウェンなどメッズリカ地方を治めるメイエン家の当主──それがわたくしですわ」




