20.犬も歩けば何とやら
町の外れを歩き続け、アダルたちに別れを告げた帰り道。ノエリーさんとロベスさんにも最後に挨拶をしようとエコイフに向かっていたときだった。
「あ、ねぇ!」
「はい?」
突然声を掛けられ、普段なら自分じゃないだろうとスルーするところだけど、なぜだかそうは思わなかった。
にこにこと笑いながら目の前に立っているのは、茶髪で癖毛の青年。顔立ちも体格も、何というか全てが素朴という感じの人だった。二次元で言えばモブキャラというか。
それよりこの人、いつの間に近づいてきたんだろう。人通りが多いとはいえ、なるべく人と接触しないように避けて通っていたから前方からやってきたなら気づくはずなんだけど。
「珍しいなぁ。ここで何してるの?」
「は?」
何が珍しいのか知らないけど、それ以上に見知らぬ人間からフレンドリーに話し掛けられることに抵抗というか嫌悪感があった。あんた誰。
どこかの店のキャッチか、宗教勧誘か、はたまたナンパのようなものか。
どれにしても無視するのが一番だな。
「ああ、ちょっとちょっと!」
「何なんですか」
腕まで掴んで阻止してくる茶髪の男。悪く言えば気が弱そう、よく言えば人がよさそうな雰囲気なのに意外と強引だった。いや、偏見はよくないけど。
「こんなところで君たちみたいな人間に会うなんてびっくりしてさ。そのおチビちゃん、もしかして──」
「──よォ、こんなとこにいやがったのか」
何か言いかけた茶髪の男を遮り、その後ろからやって来たのは二メートル以上はありそうな巨漢二人。一人は比較的細身の高身長で、もう一人はさらに縦にも横にも大きい。二人とも武器らしきものを背負っている。
全然知らない相手だったけど、どうにも視線は私たちに向いているようだった。
「次から次へと、一体何なの……」
「アンタか、この辺で危獣を倒しまくってるってのは」
その言葉でピンと来た。もしかして、討伐者か。
私たちのせいで商売あがったりだと難癖つけにでも来たんだろうか。
「オイ、兄ちゃん。ちょっとこっちに用があっからよォ。オレたちに譲ってくれよ」
「えっと」
「アア? 力づくで退かされてェか?」
「ああ、いや。それはちょっと……じゃあ、また」
割り込みされた茶髪の男は、暴力的に解決しようとしてくる巨漢を目の前に、にこやかに手を上げて人混みの中へ消えていった。
「──は? 何? いや知り合いでも何でもないけど何なの」
助けてくれとは言わないけど、脅しに負けたくせにこっちに笑顔で対応したのに腹が立った。意味が分からない。またもクソもあるか。
「さて、邪魔者はいなくなったことだしよ」
「何の用ですか?」
腕に抱いた幼女に制止をかけつつ巨漢ズと対峙する。幼女の力で解決することは容易いけど、目的も分からない上、人目もある。ここで力を使うのはまずい。
この世界に正当防衛という概念があるのか分からないけど、手を出した方が不利だろうし、ひとまず用件を聞かなければ。
ここが人気のない林の中だったら逃げたり攻撃したりできるんだけど、段々野次馬のように集まってきだした町の人たちを避けて逃げ出したりすれば、追ってきた巨漢が町の人にぶつかる可能性もあるし、こちらからの攻撃も同様。この二人がぶっ飛べば町の人への被害は免れない。
「ハッ、アンタらの正体が気になったもんでよ」
「お前ら、霊力もないのにどうやって危獣を倒したんだ?」
そういう方向か。見るからに戦えそうではない私たちが危獣を狩りまくっていたのが気に食わないのか、ミレスのことを疑っているのか。
どちらにしろ、あまりいい展開ではない。
「何の騒ぎだ?」
「あれ、討伐者のキソスタとルバスタじゃないか?」
「マルウェンに出た危獣を討伐しに行ったんじゃなかったっけ」
「それで大怪我したって聞いたけど」
私たちを中心に、数メートル空間が開いて人だかりができている。その話し声が聞こえて、この巨漢二人の正体がはっきりとした。
エコイフで聞いた討伐者だ。鳥と犬の危獣に返り討ちにあったという。
それなら実力も大したことはないかと少し安心したけど、問題は残ったまま。霊力がないのに危獣を倒せたことをどう説明したものやら。
「オイ、何か言ったらどうだ?」
一瞬、ミレスの力を打ち明けようとは思った。ミレスを忌避するどころか、あれだけ信仰じみた視線を送ってくれたのだから、町の人たちは信じてくれるかもしれない。
でも、ミレスの力が脅威だと思われてしまったら? 強すぎる力は憧れどころか恐怖の対象になってしまう。あの時の──タルマレアの時の二の舞はごめんだ。
「……ひぃ」
「……ん。ごめん、もう少し……もう少し、待って」
ぎゅっと服を掴んでくる幼女の頭を撫でる。心配かけてごめん。
考えろ、考えろ。どう答えるのが一番なのか。
どうせミレスやその力について分かっていることは少ない。以前ミレスに出自を聞いてもいまいちはっきりとしなかったし、嘘ではないと思う。嘘を吐く必要もないし。
魔族かもしれなくて、だから霊力はなくて、多分魔力を使っている。
いや、誰が信じるんだそんなの。魔族って遥か昔に滅んだ存在なんでしょ。
どう考えても行き着く先がタルマレアとの一件なんですが。
「何でだんまりなんだ?」
「やましいことがあるからだろ」
馬鹿にした笑いが降ってくる。巨漢ズからの威圧感より、今後の展開を考える方が胃痛ものだ。
「霊力がないお前らがどうやって危獣を倒したのか。決まってる」
「霊力がないのをいいことに、魔晶石を使った術に手を染めてんだろ!」
何だって?
「魔晶石って……」
「“気”の元になる石よね? 危険すぎるから違法だって」
わざと他の人たちに聞こえるように声を上げる巨漢二人。それを聞いた周囲のざわつきが酷くなる。
魔晶石という話が出てきたことに驚いたけど、違った方向で認知されている。
まあそれもそうか、まさかその魔晶石を取り込んで魔力を扱うなんて思いもしないだろうから。そういう意味では、こいつらが言っていることも合っているか。
「……ひぃ」
「……うん」
「や、る?」
「やりません」
この子意外と過激だよね。
今の状況に飽きたのか、黒い枝でつんつんと突いてくる。ローブの中で見えないとはいえ、やめなさい。
でも上手く言い返せないのも事実なので、お手上げ状態だ。何を言っても納得してくれそうにないし。
「ひぃ」
今度は何かと思って幼女を見ると、デジャヴ。ローブのポケットを指差している。
手を突っ込むと、ひんやりと冷たく硬いそれ。目の前に取り出すと、混じり気のない白がきらりと光る。
「お、おいアレ……」
「あれって」
またも騒がしさを増す周囲。これにも慣れたけど、結局このネックレスは何なんだ。
「見たか! メイエン家のものだ!」
「盗んだか、まさかメイエン家の差し金だったかもしれねぇなァ」
「財力にモノを言わせて魔晶石を手に入れたか! メイエン家も落ちぶれたものだな」
「魔晶石に手を出して危獣を討伐していい気になってるとはな」
巨漢が二人して捲し立てている。
何を言っているのかさっぱりなんですけど。確かに魔晶石でパワーアップはしたけど、それがなくても幼女は強い。
周りの人たちも驚いたように顔を見合わせているけど、こっちは何一つ分からない。メイエン家って何だ。
「一体何の話──」
「あら、何の騒ぎでしょう」
突然、膠着した状況に舞い込んだのは、落ち着いた綺麗な声。
「──あ」
その人物を避けるように、人だかりが左右に広がる。
立て続いた男の訪問者とは正反対の人物。
陽の光を受けて少し青緑に見える色素の薄い長い髪、透き通るような白い肌、鮮やかな青い瞳。
林の奥で出会った、儚げな美少女だった。




