16.後に悪魔だと言われた
「本当に、よろしいのですか……?」
重ね重ね確認してくるお母さんに何度も大丈夫だと告げて、依頼は成立した。
私はミレスが嫌な気持ちに晒されることなく服を作ってもらえる、彼女たちはお金がもらえる。ウィンウィンな関係だよね。
内容としては、私が生地と裁縫道具を用意、余ったり失敗したりした布は自分たちの服作るなり何なりしてオッケー。お母さんにはひとまずゆっくり休んでもらって、次の仕事を頑張って探す。
提示した報酬を含め、あまりにも家族側に条件が良すぎると泣かれそうになったけど、どうにか説得した。元気になった姿を見せるのが仕事と言ったら、アダルとミリエン姉弟までも泣いていた。
私としては何か仕事を斡旋したかったけど、この世界には疎いし、私の知識でどうにかなりそうな職はなかった。次の仕事が見つかるまでの仕事を依頼するしか、私にはできない。
ちなみにミレスの容姿について聞くと、
「私は伝承を聞いたことがありますが、この子たちは……普通の生活が……でき、ずに……っ」
と、お母さんの体調が悪化しそうなので追及するのはやめた。とりあえずこの家族がミレスを見て忌み子だ何だと騒がないのならいいや。
「この子にぴったりの服を作れるよう、頑張ります!」
とは、ミリエン少女の言葉だ。自信なさげに卑下されるよりも、前向きで明るい発言の方が印象がいい。任せたよ。
一応、簡単にこんな感じがいいな、という要望は伝えてある。デザインセンスはないけど、こうだったら可愛い、好き、という欲望が詰まった注文である。
当の幼女は何でもいいとのことだったので、ただの私の願望が詰め込まれた私のための服といっても過言ではない。もちろん本人が嫌がればやめるけど、私が楽しいならいいと可愛すぎることを言ってくれたので張り切ってしまった。
あまり同じ町に長く滞在するつもりはなかったけど、そんな事情である程度の滞在が決まってしまった。
情報収集がてらもう一つのエコイフに行って話を聞いたけど、グルイメアに隣接する三国の越境はそれなりに大変らしく、軍を従えようものならかなりの問題になるとのことだった。どこぞのイケメン隊長なら一人でもかなりの戦力だろうけど、有名すぎて事が大きくなるし、正体を隠そうものならバレたときのペナルティがそれはもう大変らしい。
そんな話を聞いたものだから、心にゆとりを持ってしまった。
もし彼らが私を追ってくれば多少なりとも噂になるし、それがない限りはしばらくゆっくりできる。
「有名税が重いね~。感謝感謝」
そうして呑気に過ごすこと約一週間。
タルマレア軍や某隊長が動いたという話は聞かない。
もうしばらくここでのんびりするのもアリかな、と思いながら見慣れた道のりを進んで行けば、目的地はすぐそこにある。
「げっ、また嬢ちゃんか」
「げって何ですか、げって。失礼ですね」
不服そうに出迎えてくれたのは、強面のお兄さん。
「今日も持ってきたのか」
「はい」
いつものように受付のカウンターに袋を置く。その重さにカウンターが揺れても、袋を持っているのが黒い枝であっても、お兄さんは動じなくなっていた。
「今日も大漁なことで」
「ね。本当どこから湧いて出てくるんだろ」
周囲が若干ざわついているけど、それにももう慣れた。ここ数日見慣れた光景も、知らない人にとっては異様に見えるかもしれない。
奥から出てきたおじさんは、相変わらずぺこぺこしながら笑顔を振り撒いている。
「いやあヒオリ様! ようこそおいでくださいました」
最初の怪訝な態度とは大違いだ。
「今日も査定ということで」
「はい。お願いします」
「かしこまりました」
重い袋を荷台に乗せておじさんが去っていく。
「報酬が少ないとはいえ、嬢ちゃんにとっちゃ楽に荒稼ぎしてるようなもんだな」
「そうですね。この子のお陰で」
この一週間、暇なこともあって周囲の危獣狩りをしていた。幼女のお陰で身の危険はほとんどないし、本当に楽に荒稼ぎができる。しばらく生活していくには十分なほどに懐は潤っていた。
「まあ、町も平和になるならいいこと尽くめだな」
「そうですね。お兄さんたちの疲労と引き換えですけど」
「分かってんじゃねぇか」
私と会話しながらも何かの書類に目を通しては記入するという雑務をこなしている強面のお兄さん。充血した目やその下の隈といい、げっそりした顔といい、疲労感が滲み出ている。
何でも、危獣を倒しすぎたせいで報告書やら死骸の処理やらに追われているらしい。元々職員も多くない中、次々と倒した危獣を持ち運ぶものだから、延々と仕事が終わらないと嘆いている。大変だね。
「でもあのおじさんはそんなに疲れてなさそうですけど」
「年功序列って知ってるか?」
「こっちにもそんな言葉あったんですね」
あのおじさんがそんなに優秀には見えないけど、意外と仕事は早いのか、それともお兄さんが上司は何もしなくても給料がもらえるなどと揶揄しているのかは分からない。
いつも査定が終わるまでの間、こうしてお兄さんと雑談をしながら暇を潰していた。
「おお、悪いな。ついでにあっちのも取ってくれるか」
受付のカウンターから落ちそうになった書類を渡し、今度は一番離れたところにある紙束を持ってくるのは幼女の黒い枝。
疲れたお兄さんが書類を落としたり寝落ちしてカウンターに激突しそうになる度、黒い枝が救いの手を差し伸べるので、これもまた見慣れた光景の一部となっていた。知らない人たちからはぎょっとした目で見られるけど。
「そういや、助っ人が来ることになった」
「へぇ、良かったですね」
「ヒオリ様!」
徐に告げられた言葉に相槌を打っていると、後ろから名前を呼ばれた。
「あ、お姉さん」
隣町、マルウェンのエコイフにいた受付のお姉さんだった。
「こんにちは。やっぱりヒオリ様だったんですね」
「何が……?」
にこにこしながら訳の分からないことを言うお姉さん。暇を持て余した幼女が黒い枝を差し出しても、少し驚きつつも臆することなく対応している。
「マルウェンにもヒオリ様の噂は届いてましたよ」
黒い枝と握手(?)をしながらお姉さんは言った。
「ヒオリ様たちが危獣をどんどん討伐してくださったお陰で、マルウェンにはもう何日も害獣すら出ていません」
ああ、なるほど。多分、あの林の奥にあった石柱の間、あそこにあった魔気を回収したのが一番大きいことだと思うけど、それ以外にも驚くくらい害獣も危獣も倒したからな。
幼女が強すぎてヒスタルフの周囲にはモンスターを見かけなくなってしまったので、マルウェンの方にも足を延ばしていた。そして今日の狩りで幼女センサーに引っ掛からない程度にはモンスターがいなくなってしまった。
ちなみに、あの石柱の間でのイベントでパワーアップしたのはセンサー機能だった。索敵能力だけならまだしも、アダルを見つけたときのようにその相手が人間や物でも対応するという万能さ。
お陰でどんなに入り組んだ道でも林の奥でも迷うことなく進んで無事に帰ることができている。私一人だったら完全に遭難している。
「マルウェンに近いところにいた危獣も全てヒスタルフに持ち込んでいるようだったので、こちらの仕事が大変だと応援に来たんです」
「それは……申し訳ないです」
「いえ、とんでもない! お陰でマルウェンはとても活気づいていますよ」
「それならいいんですけど」
「お陰で他の討伐者もいなくなっちまったけどな。嬢ちゃんがいなくなったあと、どうするのやら」
疲れた顔で強面のお兄さんが毒を吐く。
そうか、私たちが危獣をあっさり狩っていくから商売あがったりだよね。それで討伐者がいなくなってしまったら、私たちは定住する訳じゃないから、今後また危獣被害が出た時に対応できないかもしれない。
「そうなったらそうなった時ですよ。今は平和を喜びましょう。そして今のうちにたくさん商売をして、お金を稼いで、いざとなったら討伐者を雇えばいいんです」
考えなしだったな、と反省していたところ、お姉さんがフォローしてくれた。いい人すぎる。
「ま、それもそうか」
ふぅ、と息を吐くお兄さんの顔が若干優しい。
「お姉さんを口説かないでくださいよ」
「オレにそんな元気があるように見えるか?」
見えないね、ごめんなさい。




