14.盗難事件
やっぱりミレスちゃん可愛いなあと思いながらの食事も終わり、小腹も満たせたところで次の行動について考える。
どんどんタルマレアから離れた方角に逃げるのが一番なんだけど、移動手段がヒスロ便では先が思いやられる。どうにもあの揺れに耐えられそうな気がしない。一緒に乗っていたお客さんが平気そうな顔をしていたのは、慣れとかそういう問題じゃない気がする。
もしかしたら霊力の問題かもしれない。水を出したりお湯に変えたりする能力があるとしたら、酔い止めの効力があったとしてもおかしくない。
なんて異世界人に厳しい世界なんだ。
「ミレスちゃんがいるってことが本当に奇跡なんだな……」
もちろんフェデリナ様を含めいい人たちに出会ったことも幸運だったけど、常につきまとう問題としてはこの幼女以外に異世界での利点はない。ミレスがミレスじゃなかったら元の世界に帰りたいと日々願っていたに違いない。
改めて幼女に感謝しつつその身を抱き締めていると、一人の子どもが路地裏の奥から出てきた。
人通りのある道に行くんだろうと思い、細い道を譲ろうととその子を避けた、その時だった。
「わっ!」
ドン! とぶつかられ、尻もちをつきそうになったところを幼女の黒い枝が支えてくれた。ぶつかってきた子どもは何も言わず走り去っていく。
「ありがと、ミレスちゃん」
周囲ではなかなか見なかった光景だけど、日本にもああいうぶつかっても謝らない人はいるだろうし、一々文句を言っても仕方ない。せっかくもぐもぐしている幼女を見て気分が晴れやかだったのに。蚊に血を吸われたとでも思っておこう。いや、それはそれでイラつきが増すな。
「ひぃ」
「ん?」
可愛い幼女を見て癒されようと思い視線を下げると、幼女はどこかを指差している。デジャヴだ。
「ポケット? ……あ!」
ローブのポケットを触って気づく。あの白い石のついたネックレスがない。
幼女が知らせてくれたタイミングからしても、さっきの子どもとぶつかった時だ。辺りを見渡しても落ちてはいないので、多分掏られたんだと思う。
そういえばぼろぼろの服だった気もするし、そういったことをして生活しているのかもしれない。外国ではスリなんて珍しくもないらしいしね。よく考えたら私、多分恰好のカモだったと思う。
「いや、そんな場合じゃなかった」
一瞬、あのネックレスがなくなってほっとしたことは否めないけど、盗みは色々な意味でまずい。
エコイフでの態度を見る限りかなり高価というか価値のあるものみたいだし、あの美少女に後で返せとか言われたり失くしたことを詰られたりするかもしれない。
というか、あの子がネックレスをどこかへ売って足がついたらどうしよう。私もあの子も無事じゃ済まないかもしれない。
「ああ……」
面倒なことになった。今から追いかけてもすでに遠くに行っているだろうし、人混みの中じゃ見つけられる自信はない。日も暮れてきているし、夜になれば余計に見つかりにくくなる。
「ひぃ、あっ、ち」
頭を抱えそうになったところに、幼女がどこかを指差す。
何ということだ。こんなときにも幼女センサーが仕事をするのか。
「ミレスちゃん有能すぎない……?」
幼女の示す方向に小走りしながら感謝の意を込めて頭を撫でる。
すでにネックレスを売ってしまったらどうしようかと思ったけど、どんどん人気のないところに進んでいるので多分それはない。
というか、どこまで行くんだろう。建ち並ぶ家の間隔も広くなってきていて、家というより廃墟に近くなってきた。薄暗い雰囲気で、とても治安がよさそうとは言えない。
廃材やゴミのような遺棄物が増えていく中、やっと辿り着いたその先は、古びた小さな家だった。穴は開いていないもののヒビが入っていて地震など起ころうものなら崩壊しそうに感じた。
「ここ?」
「ん」
どうやって追跡できたのか聞きたいところではあるけど、今はそれどころではない。とりあえずネックレスを奪還しなければ。
コンコン、とノックをする。
「……はい」
しばらくして、ゆっくりドアが開く。
中学生くらいの少女だった。見るからにやつれていて、服も継ぎ接ぎだらけで汚れている。暗い表情に加えて、相手を見上げるその目は怯えていて思わず同情しそうになる。
「あの、そちらに小さい男の子はいますか? ぶつかった時に白い石のついたネックレスがその子の服に引っ掛かってしまったかもしれなくて」
盗まれたとは言えなかった。幼女を疑いたくはないけど、確かな証拠もないし。
男の子かどうかは賭けだ。髪の毛が短かったからそう思っただけ。この世界にも長髪の男性はいるけど、多いってほどでもなかった。
もっと他に言い方はあったかもしれない。私もそんなことを言われたらどうして家が分かったのかって恐怖してドアを閉めるね。そもそもインターホン鳴らされても宅配以外出ないけど。
少しばかり心の中で反省をしていると、少女は目を見開いて、勢い良く頭を下げた。
「すっ、すみません、ちょっと待ってください……!」
泣きそうな声だった。ドアはそのままに、ぐりんと身体を真反対へ方向転換して、少女は叫ぶ。
「アダル! アダル、あんた……!」
「わっ、ねぇちゃん何だよ、うわっ」
「見せなさい!」
家の中は狭いようで、すぐ目の前に広がる光景と音声が何とも痛ましい。
どこかに隠したりすぐに売ったりすれば良かったものの、肌身離さず持っていたらしい。少女よりも幼い少年の服から、明らかに高価なネックレスが出てきた。これは言い逃れできない。
「街に行ったと思ったらなんてことを……」
「こ、これは拾って……!」
「嘘! 拾ったならすぐに返すべきでしょ!? あんたが盗んだんでしょ!」
見るからにひもじい生活をしている姉弟の喧嘩に、こっちが胃の痛くなる思いだった。
「とにかく返しなさい!」
「あっ!」
少女にネックレスを奪われ呆然とする少年。少女はこちらに向かうと、また大袈裟なほどに頭を下げた。
「本当に、本当にすみません! うちの馬鹿な弟が……! どうか、どうかお許しください……!」
今度は床に膝をついて土下座のような恰好になる少女。
「あ、いや、大丈夫。無事に見つかったから大丈夫だよ」
「あんたも頭下げなさい……!」
私の声なんて聞こえていないのか、怯えた様子で少年の頭を掴むと無理やり下げさせた。
何というかもう、心が痛い。
「アダル? ミリエン……?」
謝罪を止めさせようとしたらもっと謝罪に火がつきそうな感じで困っていたところ、家の奥から女性が出てきた。こちらも継ぎ接ぎの服にやつれた顔をしている。壁伝いで近づいてくるその身体はふらついていて、今にも倒れそうだった。
「お母さん……!」
「二人とも、どうかしたの? そちらの方は……?」
「何でもないの、ごめんなさい。お母さんは寝ていて」
盗んだ少年自身も家族もとんでもない奴らだったらネックレスを奪還してさっさと立ち去るところなんだけど、必死に謝るお姉ちゃんと倒れそうなお母さんを見てそうもいかなくなった。
どう見ても、貧しい暮らしをしているから金目の物を盗むしかなかったっていう状況。それを無視して帰るなんてことできそうになかった。
別に優しい訳じゃないけど、ふとした時に思い出したら後味が悪いというか、しこりになるのも嫌だし。偽善で結構。
「あの、その子が私のネックレスを拾ってくれたみたいなので、お礼を……」
「まあ、そうだったのですね」
「違うの、アダルが盗んだのよ! だから謝らなくちゃ……!」
お姉ちゃんんんんんん。せっかく拾ったことにしておこうと思ったのに、正義感が強すぎるよ! いや、いいことだけどね!? お母さん、元々青白い顔色がもっと悪くなってるよ!




