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幼女と私の異世界放浪記  作者: もそ4
第一部 邂逅
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7.途方に暮れそう


 休憩を挟みつつ、ミレスを抱えて歩き続けた。途中、森のせいか陽が沈んだのか辺りが薄暗くなってきたところで岩陰を見つけ、身を潜めた。


 はぁ、疲れた。


 正直、ここがどこかも分からない上に追手が来ないという保証がない以上、休んでいる暇はない。でも、休息は大事。それになぜだかミレスと一緒だと安心した。相変わらず喋ってはくれないものの、一人じゃないということと、何よりあの圧倒的な攻撃力を見たということが大きいだろうけど。


 ちなみに、有名な某監督の某アニメの一作品に出てくる神様みたいにミレスが歩くと周囲の木々が枯れてしまう現象も、なぜか今は効果が減少しているようで、枯れる範囲がかなり狭くなっていた。だからといって手を繋いで歩くには遅すぎるし、逃げている痕跡を残したくはない。

 それに懸念していたグロテスクな血管と痣が身体を密着させても増えなかったのは幸いだ。さすがにあれが全身に広がると見た目がやばすぎる。左手には残ったままだけど、服で隠せばどうにかなりそうだからそれはまあいいや。


 そんなこんなでミレスを抱えていたわけだけれども、問題が全くないわけではなかった。

 臭いと、汚れ。

 逃げ回っている間に転んだり枝に引っ掛かったりしたせいで、いくつか穴が開き泥まみれになってしまった服。擦り傷で出血も多少しているし汗もかいているしで異臭を放っている。潔癖症なら発狂してるだろうね。

 それは私だけではなくて、ミレスも同じ。初めて会った時から見た目は薄汚れて貧相なものだったけど、近くで見ると余計にそれが分かる。服とは呼べない布切れは元地の色が分からないほど汚れて変色しているようだし、髪の毛も鳥の巣みたいだし。

 何より、持っている語彙力では表せないような臭い。生ごみのような、何かが腐った酸臭のような、糞の混ざった肥料のような。何とも言い難い臭いだった。それが何の臭いなのかなと考えられるほどにはどぎつくなかったことだけは幸いだ。


「お風呂入りたい……」


 普段はシャワー派だけどさすがに湯船に浸かりたい。それから水と食料を確保しないとそろそろまずい。まずは水。見つからなければ生命活動が終わる。

 休憩したら、とにかく水を探そうと心に決めた。







 頬にひんやりとした何かが触れ意識が浮上した。どうやら岩を背にしたまま眠っていたらしい。

 瞼を持ち上げようにも重くて目が開かない。座ったままだったせいか身体の節々が痛いし倦怠感も強い。


「う……」


 重い身体に鞭を打ち、どうにか薄っすらと目を開け、ひんやりとした触感を探す。

 小さく柔らかいそれを認知すると同時に、金色の瞳が視界に入った。


「……ミレス、ちゃん……」


 私の膝に座ったまま無表情でこちらを覗き込む幼女。頬に触れたそれは彼女の小さな手だったらしい。


 もしかしてずっと起きてたのかな。心配してくれているように見えるのは気のせいかな。


「……おはよ」


 喉がカラカラだ。今日こそは水を探そう。できれば食料も。

 普段そんなに空腹感は強くないほうだけど、さすがにおなかが空いた。というよりエネルギー不足すぎる。緊張感やらストレスやらで感じなかったらしい欲が回復し始めているのはいいことなのか悪いことなのか。


 ここに来てから一体どのくらい経ったのか、今どのくらい眠っていたのかは分からないけど、これまでの活動量を考えたら飢餓状態になっていないどころか普通に歩けているのが不思議ではある。人間の底力なのか、ゲームや異世界内での能力付加なのかは不明だけど。それよりミレスと契約(仮)したお陰というほうが有力か。


「ううーん」


 座ったまま大きく背伸びをする。身体中が痛すぎて、筋肉痛なのか打撲類なのかもはや分からない。コンディションとしては最悪だけど、自分以外の人、しかも頼れる幼女がいることで気分はどん底ではない。


 他人と一緒で安心するなんて、今までの生活じゃ考えられないね。他人との共同生活は無理だと感じていたし、二十代後半に差し掛かってからはもうずっと独身でいるつもりだったし。


「さてと、行きますか」


 見た目以上に軽い幼女を抱えて立ち上がる。相変わらず幼女は何も言わない。私が木々の間を掻き分けるように歩こうが転んで一緒に砂まみれになろうが一言も発さなかった。

 元気すぎるのもきついけど、こうまで無言だとコミュニケーションが取りにくい。喜怒哀楽どころか自分の意思すらはっきりしない。唯一能動的だったのは通訳機能をつけてくれたときくらいか。暴漢を撃退してくれたのもありがたかったけど、少しくらい会話ができると嬉しいんだけどな。


 幼女への欲を募らせつつひたすら森の中を進む。景色は大して変わりないものの、石や岩が多くなってきた印象がある。そんなものが増えたところで腹の足しにもならないんだけど、進んでいるのかどうかも分からないこの状況ではありがたかった。少しでも森から離れているなら、出口に近づいていて欲しい。

 と、喜びと願望を募らせた束の間。辿り着いた先は行き止まりのようだった。正確には、目の前に立ちはだかる高い崖のせいで進めない、といったほうが正しい。一応崖の上には草木が見えるし、山というほど高いものではないものの、どう考えても登れるものではない。

 ここまで来て引き返すのか。まあ宛てもなく歩き続けていて引き返すという言葉も合っているのかわかんないけど。今まで歩いてきた森の中は道という道ですらないから、目印もないし戻ることもできない。というより、暴漢に遭った場所からどのくらい離れているのかも分からない。もしかしたら、同じところをぐるぐると周回しているのかもしれないし。

 多分一日二日は歩き回っているだろうから、せめて奴らが追って来られないくらい離れていて欲しい。


「目下の悩みはこの崖なわけですが」


 左右を見ても崖はずっと続いているようだった。


 辛い。辛すぎる。森の中をひたすら歩きまわるのも辛いけど、やっと光明が見えたと思ったら行き止まりだなんて。


 さすがに挫折して気が遠くなりそうだったところで、小さく服の裾を引かれた。その主であるミレスを見ると、小さな手でどこかを指差している。初めての反応だ。


「あっちに何かあるの?」


 示された方向を進むと、人が一人通れそうなくらいの入り口があった。ここから見える範囲、洞窟のようだった。その先は暗くてどうなっているのか分からない。

 岩山のような崖を考えると、この先に通じる唯一の出入り口と言ってもいいかもしれない。素直にその入り口を潜る気になれないのは、トンネルのように整備されたものじゃないから、という理由だけではない。


「何か、嫌な感じ」


 とても言い表せるものではないけど、不快感がある。第六感が働いているとかそういうものではなく、気分が悪くなるような。禍々しい、と言ってもいいかもしれない。

 入口からは数メートルは離れているはずなのに、この嫌な感じは何だろう。数歩近づいただけで吐き気がしそう。


「……でも、進むしかないんだよね」


 このまま踵を返したところで得られるものはきっとない。ひたすら森の中を彷徨うだけだ。それならミレスの示した道を行くほうがまだ有益な情報を得られるとはず。


「……はぁ」


 大きく、深呼吸。次にミレスを抱えていないもう片方の手で自分の頬を叩いた。

 気合を入れていくしかない。不快感が、吐き気がなんだ。男たちに追われるよりも遥かにマシでしょ。今ならミレスもいるんだし。


「よし」


 意を決して、洞窟へ向かう。一気に駆け抜けてしまおうと、その入り口を潜った。


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