12.疑いから急転換
エコイフのスタッフらしいおじさんの後をついていく。強面のお兄さんはそのうち気がつくだろうとカウンターに置き去りにされたままだ。
頑丈そうな扉の先、見たことのある光景が広がる。部屋の真ん中に鎮座する大きなテーブル、周囲の壁にかかる様々な武器。大きな町だからか、以前見た部屋より明らかに広い。
そして真ん中以外にもテーブルがいくつかあって、作業している人たちがいた。袋とモンスターの一部らしきところ見る限り、鑑定をしているようだった。
私たちは真ん中のテーブルを使うことになり、袋をその上に置いた。
ちなみに結構がっしりとした体格のおじさんにも重かったらしく、結局私、というか黒い枝に支えてもらうことになった。おじさんは奇妙なものを見る目で見ていた。
今回の鑑定士は女性と男性の二人。魔気を遮断するという霊術をかけたあと、袋を開けてモンスターの一部を取り出していく。
「本当にこれだけの数を一人で……?」
おじさんが私とモンスターの一部を見比べている。視線が痛い。
「そういえば、十人くらいの人がやられてました」
いかんいかん、一番忘れてはいけないことがあった。被害者がいるんだった。
倒れていた人たちの特徴を告げ、拝借した服の一部を差し出すと、おじさんの顔が一気に険しくなった。知り合いかな。
「無事に生きていたのは二人で、どうにか逃げ出せたみたいですが、その後は分かりません」
赤髪の騎士さんと色素の薄い美少女の話をすると、おじさんと一緒に鑑定士の二人まで妙な表情になった。あの二人、有名人なのかな。
刺客のような倒れていた人たちと騎士さんたちの話については特にコメントは貰えず、何かを考え込んでいるおじさんと作業を黙々と続ける鑑定士さんたち。とりあえず、そこへ連れていけだとかどこか地図で示せとか言われなくてよかった。
鑑定士の二人は一通り袋の中身を出したあと、残りは細かな鑑定をするだけだからと退室許可を得た。見ていてもいいけど楽しいことはないよ、と。
これ以上いてもおじさんからの視線が痛くなる一方だったので、お言葉に甘えて部屋を出た。
「嬢ちゃん、何者だ?」
受付に戻って椅子に座っていると、復活したらしい強面のお兄さんが話し掛けてきた。
「ただの旅人ですよ。強いのはこの子です」
フードや布で髪の毛と右眼を隠した幼女を示す。
初めは幼女全体を隠していたけど、全く姿が見えないと怪しさしかないし、私もこの子の自慢をしたいので今の形に落ち着いた。
「そのちっこいのが……?」
「最強の幼女なんですよ!」
それはもう、色々な意味で。
「信じられねぇな」
今度は呆れるでもなく馬鹿にするでもなく、純粋に驚いたような表情の強面のお兄さん。
私たちをじっと見つめて、頭を振り、また見つめては唸る、という妙な行動を続けた彼は、意を決したように口を開いた。
「なぁ、嬢ちゃん。まさかとは思うが、マルウェンでデカい危獣の角を持ち込んだのって、嬢ちゃんたちか」
「町の名前は分からないですけど、一つ前の町のエコイフで結構大きい危獣の角は出しましたね」
デカい危獣の角と言って思い浮かぶのはあのバッファローだ。
「本当だったのか……」
「何がですか?」
「とんでもない討伐者がいるってマルウェンで噂になっててよ。隣町だからここにも噂が飛んできてたんだ」
やっぱり噂は出回るのか。
ミレスの外見を絡めた悪い噂かと懸念したものの、どうやら違うらしい。
「いや、それが女子どもだって言うからどこかで余計な情報が加わったんだなとみんな思ってたんだよ。そりゃお前らの願望だろって。マルウェンにいた名の知れた討伐者も歯が立たなかった危獣も、この辺じゃ見ることもないグルイメアにいるような角の危獣も倒した奴が女子どもなわけねぇって」
それが、本当だったなんて。
そう言って頭を抱えるお兄さん。
討伐者って屈強な男しかいないのかな。霊術とかあるんだし、強い女の子とかいてもおかしくなさそうなんだけど。
項垂れている強面のお兄さんを眺めていると、査定が終わったらしくおじさんが戻ってきた。今度はおじさんが眉間に皺を寄せて難しそうな顔をしている。
「本当に、あれは君が?」
「正確にはこの子が、です」
強面のお兄さんに見せたように幼女を見せると、さらに眉間の皺を濃くするおじさん。
少しだけ顔を上げた強面のお兄さんに、マルウェンというらしい隣町の噂話を告げられ、いよいよ手で頭を押さえてしまった。余程信じられないらしい。
「正直、信じられないよ。君たちのようなか弱い女の子と子どもにそんなことができるなんて……」
凄いな、異世界。ついにか弱い扱いだよ。確かに身長は低いかもしれないけど、引きこもり気味のアラサーオタクに対する扱いじゃない。最早訂正を求めるどころか笑えてくる。一体この人たちの目にはどう写っているのやら。
それにしても、疑われるのは仕方ないとして、どうやって信じてもらえばいいのか。
幼女の実力を見てもらうのが一番だけど、危獣がいつ現れるか分からないし、傍にいる私以外の人を幼女が守ってくれるか分からないし。
強い人間と腕試しとかよくある展開だけど、幼女が手加減できるか分からない。今ならできそうな気もするけど、力加減が分からなかったらどうしよう。
「ひぃ」
うんうん唸っていると、幼女に呼ばれる。可愛い幼女に目を向けると、何やら指を差している。
その指の先、フードのポケットに手を入れると、冷たく硬いものが触れた。
「えっ」
「そ、それは……!」
そういえばこれもあったな、と思いながら目の前に取り出したのは、綺麗な白い石のネックレス。儚げな美少女からほぼ強制的に押しつけられたものだ。
明らかに動揺している強面のお兄さんとおじさん。やっぱり高価なものなんだろうか。
「それは、まさか……」
「ああ、さっき言っていた美少女に貰ったんですよ。いらないって言ったんですけど」
「っ!?」
「あの人たち、無事に逃げられたかな」
あの赤髪の騎士さんは結構強そうだったから大丈夫だと思いたい。知らない人たちとは言え、見知った人が亡くなるのは気分も良くないからね。
「しょ、少々お待ちください……!」
さっきまでの頭が痛い様子はどこへやら、急に丁寧な言葉を告げて走り出すおじさん。
驚いて固まったままの強面のお兄さん、残された私たち。
「一体何なの……」
美少女たちのことといい、今日は置いてけぼりが多い。
ふと周囲の人たちが何やらこちらを見て話しているのに気づいて、目立ちそうなネックレスをポケットにしまう。
予想以上に早く戻ってきたおじさんは、額に汗を滲ませながらにこやかに紙を差し出した。
「大変お待たせ致しました。こちらが査定書です」
態度が急変しすぎて怖いんだけど。
恐る恐る紙を受け取ると、やっぱり訳の分からない文字が並んでいた。
この町に来て看板が読めないことから予想はしていたけど、今回も翻訳機能のアップデートはないらしい。
「あ、あの、こちらは国の規定に基づき査定しておりまして、報酬が少ないことはそれはもう承知しておりますが、何卒、何卒……」
文字が読めないことに若干気落ちしていただけなんだけど、何を勘違いしたのかおじさんがとても下手に出てくる。
これ、字が読めないから読んで欲しいなんて言ったら、嫌味にしか受け取られないよね?
どうしてこうなった。
「あ、いや、大丈夫です。これでお願いします」
「ああ、ありがとうございます、ありがとうございます!」
いやもう本当に何、怖いんだけど。
最近中身の筆はどんどん進むのですが、お陰で区切るタイミングとつけるタイトルに困ってきました




