11.ヒスタルフ
さて、ミレスちゃんは魔族で、魔族は魔気を栄養素とするらしい。今までに分かっただけでも二回、濃い魔気の塊である魔晶石を得ている。その度に幼女はパワーアップのようなものをしてきた。
例えば、翻訳機能。例えば、害のない便利な黒い枝。一番大きなものは、自我や感情。
そして、今回の封印されていた危獣もしくは魔晶石。今度はどんな変化を見せてくれるのか、今から楽しみでしかない。
ついに無表情が崩れるのでは、という期待をする自分がいる。もしそうなれば嬉しいけど、耐えられる自信はない。
「ふ……ふふ」
「……ひぃ」
言わなくていい、言わなくていいから。分かってるよ、自分でも気持ち悪いってことくらい。
でも気持ち悪い顔も声も仕方ないでしょ。
出会った当初はあんなに何を考えているのかさっぱり分からないお人形みたいだったのに、今では単語レベルが増え、自発的に行動し、嫉妬までするんだよ。これが正気でいられるかって話ですよ。
「あ~、楽しみだな~!」
それからしばらく浮かれていたのは言うまでもない。
相変わらずモンスターの一部が入った袋をお手玉のように弄ぶ黒い枝とも相俟って、モンスターの死骸が横たわり黒い液体や血飛沫も飛散する現場をルンルンで歩く姿は、誰が見ても不気味だったに違いない。
周りに誰もいなくて本当によかったと思う。
そんなこんなで疲れも知らないまま大きな町へと到着した。
予想外だったのが、検問があることだ。入国審査ならともかく、町に入るにも取り調べがあるなんて、危獣以外の警戒度も高いらしい。
そういえば結局身分証なんてないけど、通してくれるかな。
長蛇とまでは行かないもののそれなりに長い列に並ぶ。
フェデリナ様からの助言を思い出しつつ、フードを被った。ミレスは特に見えないように注意する。
一人当たりの検問はそんなに時間が掛からないのか、比較的スムーズに進んでいる。それでも暇なことには変わりないので、情報収集も兼ねつつ周囲の話し声に耳を傾けた。
「町に出入りする度にこれじゃたまったもんじゃないよな」
「ここ最近のことだろ?」
「しかもメイエン家じゃなくてベルジュロー家が勝手にやってるらしいな」
「まあベルジュロー家も時期領主の座を狙っていたらしいからな。メイエン家があんなことになって好機とでも思ってるんじゃないか」
「どっちが領主でも俺たちにはあんまり関係ないけどな」
「確かに。どっちでも変わりないよな」
前から男たちの会話が聞こえる。身軽な恰好なので商人という訳でもなさそうだし、多分普通の町の住人なんだろう。
どうやら検問自体は元からあったものではないらしい。話からすると最近交代したという領主の問題のようだ。御者のお兄さんから聞いた話と矛盾しない。
この国、というかこの世界に選挙というものが存在するのか分からないけど、話を聞く限りは世襲制っぽいのであまり政治には興味がないのかもしれない。元の世界でも周りで選挙に行かない人なんて少なくなかったし、珍しいことでもない。
私も二十代前半までは社会人になりたてで余裕もなかったし、そもそも選挙日が仕事だったりして、興味がないのも後押しして選挙に行かなかったしね。段々余裕が出てきて自分なりに調べて投票に行くようにはしたけど。
もうそんなこともしないのかと思ったら少しだけしんみりした。一票とはいえ、自分たちで為政者を選べるのは良かったのかも。この国のように世襲制などで選ぶ余地がなかったら、どんな人間が上に立つか分からないし、やりたい放題されても文句すら言えないかもしれないしね。
この異世界で出会った人たちがいい人ばかりだったけど、クナメンディアを侮蔑する人間も、いけ好かない男みたいに人を見下す人間もいる。ここも領主の交代で色々と大変みたいだけど、今度の領主がいい人だといいね。
そんなことをしみじみと考えていると、検問も自分たちの番になった。
「見かけない恰好だが、ここへは何をしに?」
「旅の途中なんですが、買い物をしたくて立ち寄りました」
検問と言ってもしっかりとした取り調べが行われている訳ではなく、見ていると顔パスもありだった。怪しい輩が町に入り込んでいないかの確認くらいなのかもしれない。
生き別れた家族を探す旅という設定はそのままに、後付け設定を付け加えていけば、特に疑われる様子もなく町に入ることができた。身分証が不要だったのは本当に良かった。
「へ~、本当に大きな町なんだ」
周囲は塀に囲まれていて町の様子が分からなかったけど、今までの二つの小さな町よりはかなり発展しているように見える。
多少開けた空間があって、見える距離から住宅のようなものが建ち並ぶ。ヒスロよりも小さな馬車のようなものも走っていて、人々の喧噪もあり、なかなか活気がある。
早速バッグなどの買い物に行きたかったけど、ひとまずエコイフに向かう。いつまでもモンスターの一部なんて持ち歩きたくないしね。
「ここ? だよね?」
町を歩く人たちに聞きながら辿り着いたエコイフは、前の町より少し小さな建物だった。石造りのそれはがっしりとはしているけど、この町の規模に対してはこじんまりしている気がする。
中に入ると、その理由が分かった。
一番近くに受付があって、その奥は見渡す限り展覧会のように壁に紙が貼り付けられている。受付に座る人も強面のお兄さんで、多分ここは職安に特化したエコイフなんだろう。中にいる人たちも、いかにも戦闘職と言わんばかりに武器を所持している。
出入りする人たちの視線が痛い。明らかに場違い感が出ている。
「あの……」
「ん?」
極力目立たないように端を歩いて、受付にいる推定三十代の強面のお兄さんに話しかける。
「何だ、嬢ちゃん。ここは肉体労働の仕事しか扱ってないぜ。侍女の仕事だとか領主の文句だとかはもう一つの方に行ってくれ」
何と、職安の中でも限定的な場所だったらしい。なるほど異世界モノでよく見る冒険者のような人たちばかりな訳だ。
「じゃあ間違ってないです。これ、危獣の討伐証明です」
見えないように黒い枝に手伝ってもらいながらカウンターへ袋を置く。前回はバッファローの角が重すぎたけど、今回も数としてはなかなかの量なのでそれなりに重さはあると思う。だからか結構机が揺れた。
「おいおい、嬢ちゃん。からかうのはよせよ」
若干顔を引き攣らせつつ、呆れも含んだ様子で袋を開けようとするお兄さん。嬢ちゃん呼びは止めて欲しい。
「あ、ここで開けるのマズいんじゃ」
「うぉっ!? ぐ……っ」
制止も間に合わず、袋を開けてしまったお兄さんが蹌踉めく。言わんこっちゃない。
恐らく魔気を食らってダウンしているのであろうお兄さんがカウンターにしがみついている中、紐で袋を縛った。
「大丈夫ですか?」
「ぅ……く……」
「おい、大丈夫か! 何をしている!」
受付のお兄さんの様子に気がついた別のお兄さん──いやさすがにお兄さんは無理がある、おじさんが駆け寄ってきた。
「危獣の討伐証明って言ったんですけど、疑ったお兄さんが袋を開けてしまって」
「何だって……!?」
私が危獣を討伐したことに驚いているのか、お兄さんが袋を開けたことに驚いているのか。グロッキーなお兄さん&袋と私を交互に見たあと、小さく溜め息を吐いた。
「……ほ、本物だ……」
胸を押さえながら苦しそうに告げるお兄さん。眉間の皺によって強面が余計に際立っている。
そしてばたりとカウンターに突っ伏す強面のお兄さん。ダイイングメッセージみたいだったな。
「とにかく、奥に行こう。鑑定士を呼んでくる」




