10.林の奥にて
幼女と愛を確かめ合って(?)しばらくしたあと、ふとこの現場をどうしたものかと我に返った。
当事者としてはあまりに持っている情報が少なすぎる。真相を知っている二人もいなくなってしまったし、事情聴取をされても答えられる気がしない。
そもそも、この世界に警察のような組織はあるんだろうか。軍が担っているのか、エコイフが担当してくれるのか。法があるから何かしら対応する組織はあるんだろうけど。
「とりあえず、できることをするしかないよね」
ひとまず遺留品の回収。こんな暗殺者みたいな人たちでも遺された家族はいるだろうし、もしかしたらこの格好もこの国では珍しくないのかもしれないし。
あと、被害があった方が危獣の報酬が上がるからというゲスい魂胆もある。そりゃ被害がない方がいいけど、あった事実を隠す必要はないと思う。
本当は現場を保存しておいたほうがいいんだろうけど、危獣や自然災害で荒らされない保証はない。
それに、ここにもう一度来られるか分からないしね。幼女センサーで方向音痴はカバーできるかもしれないけど、できるならもう来たくない。
一礼と合掌をして遺体に触れるものの、武器以外に大したものは持っていなかった。一応全員を確認したけどどれも結果は同じ。
身元が確認できるようなものもなかったので、服に入っていた家紋のような模様を切り取って拝借した。怒られたら素直に謝ろう。どうか罪には問われませんように。
こんなときカメラがあれば写真を撮るだけで済んだのに。
そもそもこんなことをしなくても放っておいたらいいのでは? と思わないでもなかったけど、町から離れているとはいえ危獣被害があったことは報告しておいた方がいいのかなと思った。
御者のお兄さんやお客さんの少し明るい表情を思い出して、危険であることは伝えておいた方がいいかなと。危獣被害に遭って欲しくないしね。
「さて、危獣でも回収しますか」
緊急でなくても常時募集のある危獣討伐依頼。緊急クエストだと袋は無料だけど、それ以外だと有料らしく、前の町を出る前に一枚だけ買っておいてよかった。ちなみに一枚につき灰色札一枚だ。
「とりあえず大きい奴だけでいいかな。ミレスちゃん、お願いできる?」
小さいのは害獣だと思う。鳥と犬っぽいのは危獣だと言っていたし、それより強そうなのは多分危獣でしょ。
眼球とは別に、羽や尻尾、触手など特徴になりそうなものを切り取ってもらい、袋に詰めていく。細切れになった自然薯はどれも一緒に見えたので、中心部分と端の部分を一つずつ入れた。
パンパンになった袋を黒い枝に支えてもらいながら来た道を戻ろうとすると、幼女に止められた。どうやらまだ何かあるらしい。
「あっ、ち」
「今度は何だろうね」
幼女が示す方向を進んでいく。どうやら今度は人が襲われている訳ではないらしい。
討伐証明部位の入った袋をお手玉のようにひょいひょいと弄ぶ黒い枝に複雑な気持ちを抱きつつ歩いていると、段々気分が悪くなってきた。
もう何度も味わってきた、“気”だ。
この子に私を陥れる意図はないはずだと思いながら歩みを進めると、古びた縄や石が落ちているのが見えた。その先には灯籠のような石柱、等間隔に並ぶその間には縄。立ち入り禁止区域を彷彿させるそれは、どこかで見たものと似ていた。
「……ああ、あの洞窟」
幼女と初めて会った後に抜けた、陰鬱な雰囲気の洞窟だ。あそこも同じように石柱が立ち並んでいた。
どうにも嫌な予感しかしないものの、幼女に促され先を急ぐ。どうせならさっさと終わらせて立ち去ろう。
「これは……」
進んだその先には、一際大きな石柱が立っていた。周りの石柱が一メートルくらいなのに対して、真ん中のそれは三メートルくらいはありそうだった。
見渡せば、全体が祭壇のようなものに思えた。何かを祭るような、弔うような。
よく見ると石柱には文字のようなものが彫られていて、ミレスの枷に彫られているものと似ている気がした。
「ちょっ、ミレスちゃん!」
またも腕の中を抜け出し、一人で歩いていく幼女。黒い枝は持っていた討伐証明の入った袋をそっと地面に置いて、すっと消えた。
幼女後を追おうとして、踏み止まる。なぜか一歩が踏み出せない。まるでこれ以上先に進むことを身体が拒んでいるかのようだった。
真っ直ぐに中央の石柱へ向かっていく幼女。その様子を見ていることしかできない。
幼女が石柱に触れると、辺り一帯から黒い靄が立ち込め始めた。
「……っ」
一気に押し寄せる頭痛と吐き気。耐えられず、地面に膝をつく。
靄は石柱に向かって集束すると、どんどん濃くなり、濃霧となって石柱と幼女諸共包み込んだ。
渦巻く黒い濃霧は、竜巻のように激しく回転したかと思うと、幼女に吸収されるように消えた。
それと同時に消える頭痛と吐き気。
「……ミレス」
石柱から手を離した幼女は、ゆっくりと振り向いた。相変わらずの無表情でこちらにやって来る。
迎え入れるように駆け寄った。さっきは一歩も進めなかったのに、なぜか動けるようになっていた。
「ミレスちゃん! もう、びっくりしたんだから」
「……ごめ、なさ」
「あっ、いや、いいの、いいんだけどね」
謝られたことに驚きを隠せない。表情豊かになって嬉しいのに驚きの方が大きすぎて動揺する。
「あれ、何だったの?」
今なら突然の行動にも答えてくれるような気がして質問してみる。
「……ひと、に、わる、い、の」
「ああ、あの黒いのね。やっぱり“気”なの?」
こくりと頷く幼女。
彼女のさっきの行動は、グルイメアで二回ほど見た光景だった。いずれも巨大な危獣の死骸から現れた宝石のような石、それを分解し吸収するような行為。騎士さんの件は三十分もしないうちの出来事でもある。
つまり、考えられることとしては──
「──ここに、危獣の死骸か、石があったんだ」
「……ん」
爺やの話にあった、高位の術士が封印したという魔晶石だ。ここはその封印の場だったんだろうね。
でも、封印して危獣騒ぎが収まったんじゃなかったっけ。収まるどころか毎日被害があると町の人が言っていたけど。
封印が完璧じゃなかったのか、時間の経過とともに効果が薄れてしまったのか。
「まあともかく、危獣騒ぎの元凶はなくなったってことだよね」
「ん」
「ナイスだよミレスちゃん! 本っ当に最高!」
魔晶石がいつ・どうやって・どのくらいの頻度で発生しているのかは分からないけど、とりあえずこの辺の危獣騒ぎは落ち着くと思っていいよね。できればしばらく復活しないでほしい。




