5.討伐報告
「な、何を馬鹿な。こんな短時間で危獣を討伐した? もっとまともな嘘を吐きたまえよ。君のような読み書きもできない女が……ああ、まともな教育が受けられない代わりに獣のように育ったのか? それにしても有り得ないだろう。討伐者でも大怪我をした危獣を討伐し」
「確認させていただだいても?」
「はい」
早口で捲し立てるいけ好かない男を遮り、袋を受け取ろうとするお姉さん。もちろん重くて持ち上げることはできない。
応援を呼び、屈強そうな体格のいい男二人で袋をどこかへ運んでいく。
「ヒオリ様もどうぞこちらへ」
魔気を遮断しているというだけあり、その間で袋を開けるのは問題がある。そのため専用の場所があるそうだ。討伐証明部位の改竄といったエコイフ側の不正も防ぐ意図も含まれているらしい。
とある部屋へ案内されると、そこには大きなテーブルがあった。壁には剣や斧のような様々な武器が掛けてあり、拷問部屋や屠殺場といった印象がある。
屈強そうな大男二人が、部屋の真ん中に鎮座する大きなテーブルの上へ袋を置いた。続いて、細身の高齢の男性二人がやってくると、ぶつぶつと何かを唱え出す。見たことのある光景から、霊術だと予想ができた。
「あれは何ですか?」
「“気”を抑え込む術です。あれがないと“気”の影響を受けてしまいますから」
邪魔をしないように小声で隣のお姉さんに聞くと、同じように小声で返ってきた。
ちなみに生きているモンスターには効果がないらしい。
「では、開封します」
二人の高齢男性が分厚い手袋をして袋を開ける。あれも魔気を遮断するアイテムなのかもしれない。
「こ、これは……!?」
「……ふむ。こっちは報告にあった危獣ですね。しかしこれは……」
一人が驚き、もう一人は驚きつつも冷静にコメントしている。
報告に合った危獣ってバッファローのことかな。それ以外は害獣だから大したものじゃないってことだろうか。
「本当に今回の討伐のものか?」
「ついている土や血からもそんなに時間は経っていないでしょう」
「あんな娘さんが、か」
私と袋の中身を何度も見比べる高齢の男性。
確かにあんなに重い角を持っていただけでも十分なのに、その持ち主を倒すなんて有り得ないだろうね。何たってやったのはこの幼女な訳だし。
「この羽と毛は、残りの眼球からしても報告のあった危獣のもので間違いないでしょう」
「馬鹿な!? 向かった討伐者は手練れだったと聞いたぞ! 彼らが大怪我をして一体倒すのが精一杯だと言っていた相手だぞ……!?」
このいけ好かない男は何でここにいるんだろう。奇しくも解説係みたいになってるけど。
でも、なるほど。討伐者に出会わなかったのはすでにやられていたからなのか。確かに合わせて十匹くらいいたかもしれないけど、あの鳥と犬、そんなに強かったんだ。幼女が強すぎてほぼ毎回一瞬で終わるから全然分からなかった。
あれ、鳥と犬が害獣ではなく危獣でそんなに強いなら、あのバッファローはどうなるんだ。
「そしてこの角と尻尾は、恐らくグルイメアに出るほどの危獣でしょう」
「ああ。昔、国の騎士団の連中が持ってきた奴と同じだ」
ああ、やっぱり。とても危険な森と言われるグルイメアに出てくるような危獣だったんだ。
これ、疑われるか? と思ったら、案の定いけ好かない男が騒ぎ出した。
「報告にあった危獣より強いと言うのか!? 出鱈目だ。どうせ横取りしてきたに違いない!」
「仮に横取りだったとしても、これだけの危獣を倒せる相手から奪ったんならこの娘さんの力は本物だろうよ」
「な……っ!」
言い負かされる男。わなわなと震えたかと思えば、「そんなこと有り得ない!」と捨て台詞を吐いて部屋を飛び出していった。
凄い、テンプレのような男だ。
「まあ、オレたちとしてもお前さんがこれだけの危獣を倒したなんて信じ難いけどな」
「そうですね」
敵意はないものの、二人の高齢男性から疑いの眼差しを向けられる。
よし、作戦を敢行する。
「見ての通り、私には霊力がほとんどありません。しかしそれはこの子と契約をしたからです。この子の正体は秘密ですが……私の最強の力です」
合図をすると、黒い枝がすっと一本現れる。それを二人がまじまじと見る。二人は前後左右に揺れる黒い枝を視線で追いながら、眉間に皺を寄せた。
「……これは、うん」
「確かに霊力も感じますし、“気”のようなものも感じますね……不思議です」
またも合図すると、すっと黒い枝が引っ込んだ。
これぞ、最終兵器作戦。
ローブで隠して幼女を見せないまま、便利屋である黒い枝に代行してもらうという何の捻りもない作戦だ。
「まあ、討伐者もそう易々と手の内を見せるものじゃないしな」
「そうですね」
作戦と呼べるものでもなかったにも関わらず、どうやらうまくいったらしい。
納得してくれた二人は、報酬の勘定をするからと部屋に残り、幼女を抱いた私とお姉さんは受付へと戻ることになった。
「本当に、強かったんですね」
二人で受付近くの椅子へ座っていると、お姉さんが優しい顔で笑った。
「この子のお陰ですよ」
ローブ越しに幼女を撫でると、それに応えるようにもぞりと動いた。
「仕事として依頼にはあまり口出しできなくて、悔しかったです。私とそんなに年も変わらなそうな人が危獣退治に行くなんて」
お姉さんがほっとしている。仕事として依頼受理して送り出したけど心配してくれていたらしい。優しい人だ。
そういえば、あのいけ好かない男は誰なのかと聞けば、一応上司にあたるという。
「あの人、王都から出向してきた人で、ここが辺境の町だからっていつも馬鹿にしているんですよ。ここで生まれ育って、この町が好きな人もいるのに」
あー、本当にテンプレ男だった。都会から田舎に飛ばされた奴の言動なんてネットでも見たな。左遷なのかだたの転勤なのか知らないけど、酷い奴はどこにでもいるもんだ。
「でも、あの人のあんな顔が見られて少し清々しました」
「それならよかった」
気を良くしたお姉さんと色々話していると、奥から二人の高齢男性が出てきた。どうやら査定が終わったらしい。
差し出された紙を見てみるものの、文字を知らない私には何のことだかさっぱり分からない。せめて数字くらい知っている数字にしてくれよとも思ったけど、数字だけ見ても分からないだろうから意味はなかった。一円と一ルピアじゃ全然違うもんね。
紙を受け取ってお姉さんに渡す。私が読み書きできないことは知っているので、通訳してくれるはず。
「こ、これは……!」
紙を持ったままぷるぷると震えるお姉さん。そんなにマズイことが書いてあったのか。それとも驚くようなものなのか。
とりあえず内容を教えてください。
「イクスエダァレザロウェリィロゥフレゥブですか……!?」
え、何て?




