4.照れ隠し?
初めは幼女が能力を使う時に感じていた“何か”も、この程度の攻撃では感じなくなっていた。私と幼女の間に行き来するそれが魔力なのか何なのかは分からないけど、身体が順応しているのかもしれない。
「これで終わりかな?」
しばらく経っても何も襲って来ないところを見ると、打ち止めなのかもしれない。問題となった危獣がこの一体だけとは限らないけど、とりあえずは報酬ゲットできそうでよかった。
何も言わずとも眼球を抉り取って目の前に持ってきてくれる黒い枝。袋に入れて貰ったところで、少し首を捻る。
危獣によって討伐証明部位が変わると聞いたけど、こいつの場合、目よりも角の方が分かりやすいんじゃないだろうか。
そう思いながら地面に転がる死体を見ていると、尻尾や身体中の突起も気になってきた。
「……うーん」
モンスターの素材がお金になる世界じゃないし、必要以上に持っていっても邪魔になりそう。角だけでも十分重そうだし。
「ミレスちゃん、角と尻尾もお願いできる?」
「ん」
鋏で紙を切るかのように、すぱっと角と尻尾を斬り落としてくれる黒い枝。それらを袋に詰めると、ぎゅうぎゅうになってしまった。結構大きな袋だったのに。
角の先端が出てしまうのでどうにか頑張って袋詰めをして貰い、紐で閉じた。戦うことを念頭に置かれているためか肩掛けができるのでありがたい。紐が肩に食い込むくらいには重そうだけど。
「……うん」
いや、無理だな。紐を持って袋を背負おうとして止めた、というより重過ぎて不可能だった。
とりあえず袋をそのままにして、先に幼女を労うことにする。
「ミレスちゃん」
ちょいちょい、と黒い枝に手招きする。ミレスの一部だろうから呼び方も同じにしたけど、間違いではないらしい。
「本当にありがとね」
近寄ってきた黒い枝を撫でると、パンッと爆散した。
「うわっ」
爆音だったとか何かが飛び散った訳じゃないけど、風圧のようなものを感じた。一瞬にして霧散した黒い枝に驚いて幼女を見ると、何度か瞬きをした後、胸元に顔を埋めてきた。
えっ、何これ。もしかして照れてる?
直接褒めるより黒い枝を褒めた方が効果が高いのか。
漫画でよく赤面して頬に斜線が入っていたり、焦っている時に「つ」みたいな汗マークが描いてあるけど、まさにそれ。見えないけど、私にはそう見える。
「くっそ可愛いんだが?」
「……」
ぎゅうぅぅ、と服を握り締めてくる幼女に頭が真っ白になる。
ナニコレ、こんな可愛い生物が存在していいの?
訳が分からず幼女を思い切り抱き締めた。
小さい。相変わらず軽過ぎる。でも強い。その上センサー的なものも働くし、最近獲得した能力は便利。
「最強だ……」
いや本当、タルマレアとかこの辺の国の人たちには申し訳ないけど、どこが忌み子なんだって話ですよ。こんなに可愛くて最強の幼女がどこにいますか。
もう早くお金稼いで思いっ切り着飾りたい。もっと可愛がりたい。そのためには逃亡生活を終わらせないといけないし、多少の我慢は当たり前。
よし、これからどんどん危獣の討伐依頼を受けよう。結局はミレス頼りだけど、私自身の力で稼ぐよりも遥かに早いし、この子の枷に関する情報も手に入るかもしれないし。
「頑張ろうね、ミレスちゃん」
「……ん」
◇
幼女の黒い枝に手伝って貰いながら林の中を歩く。色々な意味で楽だ。
私の着ているローブの中から伸びた黒い枝は、肩掛けしているモンスターの一部が入った袋を下から支えてくれている。外からはそれが見えないし、私は物理的に楽だ。
もう一つは、道案内。黒い枝が指し示す方へ進む中、見たことのある建物があってほっとした。
エコイフで町周囲の地図は貰えただろうけど、どうせ読めないし。デパートでトイレに入って出た時に来た道を間違うくらいには方向音痴なので、真っ直ぐ帰れるか心配だった。ナビ機能もついてるなんて本当に便利だよね。
そういえば討伐者とやらに出会わなかったな。別の場所で危獣が出ているのか、危険だから手を引いたのか。前者ならミレスちゃんが分かるだろうし、この近くではないんだろう。
とにかく今のところ報酬は独り占めできそうでよかった。ある程度の纏まったお金──数日分の宿泊費と大きな町に行ける交通費くらいは貰えるといいんだけど。
報酬の相場も分からないまま期待を膨らませて街に到着した。
また警備の人と一悶着あるかと思っていたけど、出払っているのか何事もなくエコイフに向かうことができた。
扉を開けると、視界に入ったのは見たことのある顔。親の年齢や友人の誕生日もすぐ忘れてしまうくらいの物覚えの悪い私でも、さすがにさっき見たいけ好かない男の顔は忘れない。
「おやおや、随分早いお帰りで。大方依頼の辞退についてだろう」
何でムカつく言い方しかしないんだろうな、この人。どうでもいいけど、入り口近くで突っ立てるなんて暇なのかな。
無視して依頼案内の受付に向かうと、後ろで何か言いながらついてくる。
受付に座っていたお姉さんは、私に気がつくと勢い良く立ち上がった。
「ああ、よかった、無事だったんですね……!」
「ハッ。逃げ出したんだから無事に決まっているだろう」
「お聞きしているかもしれませんが、今回の危獣は本当に凶暴で、しかも十近くの数が確認されているので……」
「私もお姉さんが無事そうでよかったです」
いけ好かない男も嫌味は言うけどさすがに暴力を振るったりはしないか。
「よいしょ」
受付のカウンターにモンスターの一部が入った袋を置くと、思ったより鈍い音がした。
ほぼ黒い枝のお陰なので私の掛け声は意味を持っていない。ただの雰囲気というか、思わず声が出ただけなのに、私が怪力みたいになってしまった。
ありがとうね、と感謝の意を込めて、袋を支えてくれていた黒い枝に触れる。今度は爆散せずに、ぴとっと一瞬触れて消えた。消化不良なので幼女の頭を撫でておく。
「これは……?」
「危獣の討伐証明です。害獣のも入ってるかもしれませんけど」
「え……!?」
「何……!?」
予想通りというか何というか、お姉さんといけ好かない男が驚きの声を上げた。




