2.再び行き止まり
「いかがされますか?」
「えっ、と」
どうしよう。危獣を倒すのはいいけど、ここでミレスの力がバレるのはまずいよね。そっと倒して、いなくなりましたよ! って言っても信じてもらえるかどうか。
こうなったら、ミレスの外見をどうにかして、少なくとも伝承の忌み子からは離れた存在にしよう。霊力の有無は一般人にはほとんど分からないらしいし、仮にここの警備の人とか討伐者に知られたとしても、霊力ではない第三のエネルギー的な言い訳で何とか乗り切ろう。うん、そうしよう。
「危獣の討伐依頼を受けます」
「えっ!?」
それまで冷静に対応してくれていた受付のお姉さんが驚いている。
それもそうか。どう見ても戦闘要員には見えないもんね。
「お願いします」
「えっ、あの、危獣の討伐はとても危険ですし、正直、危険度に対しての報酬も見合いません……お勧めはできないのですが……」
「大丈夫です。当てがあるので」
「失礼ですが、どのような……?」
「えっと、それはまあ、秘密です」
「……本当に……本当に、大丈夫ですか?」
「はい」
お姉さんいい人だな。タルマレア調査隊の一件で若干人間不信になりそうだったけど、フェデリナ様たちも含めていい人ばかりだ。
「……承知致しました」
心配そうなお姉さんが仕事モードの顔へ変わり、依頼内容や注意点などを説明してくれる。
ギルドの依頼っていうと、ゴブリンの討伐・何体で報酬はいくら、みたいなのが王道だけど、ここは害獣や危獣の討伐が一括りで、討伐証明に応じて報酬が貰える制度らしい。また、わざわざ依頼を受注しなくても、討伐証明を持ち込めば、町や人への危険性を考慮しての報酬が貰える。誰もいない場所より町に近い場所で危獣を討伐したほうが報酬がいいということだね。
簡潔にできた制度だ。ありがたい。
今回のような緊急クエストには受注の人数制限はなく、先に依頼を達成した人に報酬が入るシステムらしい。そのためか失敗したときのペナルティもないと。
クエスト失敗すると罰金だったりランクの降格だったりと何かしらのペナルティがあるイメージだからありがたいね。自分の能力に見合わないと判断した場合、棄権すればいいし。
「では、こちらの書類に目を通していただき、署名をお願いします」
依頼を受けるときの身分証はいらないけど、安全は保証できません、みたいな誓約書のような書類があるとフェデリナ様たちから聞いていた。そこは現代的なんだなと思った。
それはともかく、これもそうなんだろうと思っていたけど。
そもそも私、文字読めないんだった。
「えっと」
こんなにスムーズに会話してるのに読み書きができないの怪しすぎるでしょ。
この世界も国によって文字が違うらしいし、一々学んでいる暇はないと頭の片隅に追いやっていたけど、せめて自分の名前くらいは覚えておくんだった。
ミレスちゃん、翻訳機能バージョンアップできませんか。読み書きもできるようになりませんか。
心の中で念じながら幼女の頭を撫でてみたけど、擦り寄ってくるだけだった。
可愛いんだけど、そうじゃない。
「どうかされましたか? やはりおやめに……」
「いえ、あの……文字が読めなくて」
「え?」
不思議そうなお姉さん。動悸がしてくる私。
「これ、安全が保証できないっていう確認書ですよね? 私、大丈夫ですのでナシってことにはできないでしょうか……」
何が大丈夫なのか分からないけど、とりあえずどうにかできないか交渉してみる。
「国を相手に訴訟された経緯がありますので、依頼時の署名は必ずしていただかないと……」
だから何でそこは現代的なのよ。
というか何の訴訟なんだ。国のせいで俺の息子が死んだ! どうしてくれるんだ! みたいなやつか?
「おや。読み書きもできない人間の危獣の討伐依頼を受理するなんて」
困る二人の間に突然現れたのは、一人の男だった。
何だこいつ。言葉も表情もいけ好かないな。
「よほど貧しい育ちのようだ。そんなにも金が欲しいのかな」
なるほど、育ちの問題で読み書きができない場合があるのか。じゃあそれでいいや。
「あ、私の国のサインでも大丈夫でしょうか」
「無視とはいい度胸だ」
「はい。個人が識別できれば大丈夫ですので」
「おい」
「はい、これでお願いします」
「確認致します」
「馬鹿にしているのか!?」
本当に何なんだこいつ。というか誰。いきなり現れて好き勝手いいやがって。
「あデッ!?」
今度は一人で転んだ。いや、一瞬黒い何かが見えたけど。
ミレスちゃん、旅団の人たちといた宿の件もそうだけど、結構自発的に行動するようになったね。
「あ? は?」
なぜ自分が転んだのか分からず辺りをきょろきょろと見渡しているけど、原因が見つかるはずもない。
その間、依頼は無事に受理してもらえた。
「この袋に討伐証明部位を入れて持ち帰ってください。それではお気をつけて」
「ありがとうございます。行ってきます」
受付のお姉さんから魔気を遮断するという袋を受け取って、その場を後にした。
男はいまだに尻餅をついたまま視線を泳がせていた。
お姉さんが八つ当たりとかされませんように。




