1.さっそく行き止まり
最低限整地されていると思われる道だった。人気のない林道が続く。
馬車──というより、荷台を引いているのはこの世界の馬らしいヒスロ。どちらかといえばヒスロに乗せてもらいたかったけど、御者がいるのに相乗りをお願いするわけにもいかない。
ガタゴトと大きな揺れが続く中、簡素な座席に座っているのは、数人の男女と私、そして腕の中の幼女。
やつれたような容姿と暗い表情で会話は全くない。世間話でもと話しかけられるような雰囲気でもなかった。そもそも引き籠り気質だし、陰キャなので自分から話しかけようとは思わないけど。
「……はぁ」
暗い雰囲気以上に辛いのは揺れと振動だった。お尻が痛いし、乗り物酔いなのか少し気分が悪い。せっかく筋肉痛がマシになってきていたのに。
フェデリナ様たちと町で別れてから、隣町に行くために乗り合いのヒスロ便に乗っていた。
初めは運動がてら歩こうかとも思ったんだけど、筋肉痛も残っているし結構遠いらしいので諦めた。田舎の隣町は車じゃないと日が暮れるからね。それにいつタルマレアの追手がくるのか分からない。
しばらく揺られ続けると、やっと次の町が見えてきた。
いっそできる限り遠くへヒスロで行ってみることも考えたけど、乗り心地を思えば選択肢から外れた。手持ちのお金も節約しないといけないしね。
フェデリナ様からいざとなったときは遠慮なく使って欲しいといくらかお金をもらったけど、可能な限り使いたくないし、むしろ何倍にでもして返したいところ。
「やっと着いた……」
溜息を吐きながら荷台から降りる。空気がおいしい。揺れないってこんなに快適なんだね。
「ミレスは大丈夫……みたいね」
一応腕の中の幼女を見るけど、相変わらず無表情で小さく頷くだけだった。
お金は前払い制なので、そのまま町中を歩いてみることにした。すぐに次のヒスロ便に乗る気にはなれない。
こういう時、酒場とかで情報収集したらいいんだろうけど、いかんせん面倒なのと、仕事以外で知らない人に話しかけることのハードルの高さで断念する。
それにフードを被っているとはいえ、まだこの国では忌み子の伝承が残っているだろうし、ミレスの外見がバレるわけにいかない。女性だけの旅は危険だってフェデリナ様から釘も刺されたしね。
酒場でお酒を奢る代わりに情報をもらうイベントというのは憧れるけど、女だからって嘗められるかもしれないし、できるだけお金も節約したい。
結局やることもなく、出店を見て回りながら気分転換をした。
しばらく歩いていると、段々人気がなくなっていくことに気づいた。走っていく人もいて、何だか慌ただしい。
そんな状況を尻目に、次の町へと向かうヒスロ乗り場を探し歩いた。
「あ、あそこかな」
看板の文字も読めないけど、ヒスロが数頭繋がれている小屋が見える。そこで聞いてみればいいかと近寄ると、一人の男性が溜息を吐いていた。
「あの、ヒスロの乗り合い便ってここですか?」
「え? ああ、知らないんですね」
男性が言うには、町の外に害獣が出たためにヒスロ便はしばらく出発できないらしい。あまり町周囲では見かけないはずの危獣まで出現しているらしく、数日は難しそうとのこと。
彼はヒスロ便の御者で、数日仕事で無給になることに嘆いているようだった。
「それは……困ったな」
足止めを食らうのも余計な宿代がかかるのも避けたい。
「ここはまだいい方ですよ。自警団が町近くの警備をしてくれていて、討伐者も何人かいるみたいですから。時間で安全が買えるなら安いものですよね……」
言葉とは裏腹にめちゃくちゃ凹んでいるな。安全とはいえ、やっぱり数日無給なのは辛いよね。
ちなみに討伐者とは害獣や危獣を討伐して報酬を得ることで生計を立てる人のことらしい。個人でやっていたり数人でパーティを組んでいたりと、よくファンタジーや異世界モノで見かける冒険者のようなものだ。この世界の冒険者はトレジャーハンターとか元の世界でいうところの冒険家の意味合いが強いみたい。
その討伐者がどのくらい強いのか分からないけど、数日かかるってことは結構な数なんだろうか。
「危獣がたくさん出現してるから時間がかかるんですかね」
「それもあるけど、一番は割に合わないからですよ。害獣はそんなに報酬出ないし、危獣はそれなりにもらえるけど命と天秤に掛けたら安いから」
「なるほど……?」
「危獣は討伐というより、追い払うというか、襲撃を耐え凌ぐことがほとんどなんです。だから今回も、討伐者が討伐に向かってくれたらいいんですけど、そうじゃなかったら危獣がどこかに行くのを待つしかないです」
「だから時間がかかるのか」
「はい──というか、そんなことも知らないでこんな辺境の村まで来たんですか? もしかして王都出身ですか?」
「ああ、いえ、生き別れた家族を探すために色々な国を回っていて、それでこの国のことはまだ知らなくて……」
「あ、そ、そうだったんですか。すみません」
適当に作っておいた言い訳だけどうまくいったようでよかった。騙したみたいでちょっと罪悪感があるけど。
ちなみに生き別れた家族はオレンジ髪の美少女たち一行という設定にした。実際に存在する人物の方が辻褄も合わせやすいし。
「また再開したら来ますね」
「はい。待ってます」
ヒスロ便の御者である男性と別れを告げ、とある場所を目指した。
この世界にはエコイフという役所のようなものがあり、そこで住民の苦情受付や町案内、仕事の斡旋、質屋のようなお金のやり取りなどを行っているらしい。総合行政施設といったところか。
目的としては仕事探し。
逃亡生活では定職に就くのは無理だろうと思ってフェデリナ様に相談したところ、エコイフというところで日雇いバイトができると教えてもらった。その仕事内容は多岐に渡るらしく、掃除や片付け、料理、書類整理、ファンタジーらしく薬草類の採取、害獣・危獣の討伐、エトセトラ。依頼内容を見ているだけでも楽しそう。
貴族やらお偉いさんが関わるようなものはともかく、心配していた書類選考や面接的なものはほとんどないらしいので安心した。
「ここかな」
駅近というのか、この世界の村や町は主要な施設が大体一カ所に集まっているらしいのでそんなに歩かずに済んだ。
中に入ると、数人が行き来しているのに加え受付らしき場所にいる人くらいで、あまり活気があるとは言えない。人に紛れて仕事案内をチラ見しようくらいに思っていたので、少しバツが悪い。
案内役の人もいなさそうなので、近くの受付の人に声を掛けて仕事を掲示している場所を教えてもらうしかない。
「あの、すみません」
「はい」
「仕事の依頼ってどこで見られますか?」
「あちらでご覧になれますが……」
「何か問題でも?」
「今は害獣と危獣の出現が確認されており、警護や討伐の依頼が優先されます。その他の依頼も受け付けていますが、報酬は危獣の件が落ち着いてからになります。それでも大丈夫でしょうか?」
マジか。危獣って普通の町にいるような人じゃ手に負えないってフェデリナ様に聞いたけど、これは本当に数日はここで足止めを食らうのではないだろうか。さすがにそれは色々な意味でまずい。
そもそも、危獣って放っておいたらどこかに行くようなものなの?




