56.別れ、新たな門出
お別れの当日、旅団のほとんどの人たち、そしてなぜか宿の人が見送りに集まってきてくれた。短い間だったのに別れを惜しんでくれて、私にはもったいないくらいだった。みんな、ミレスも私も信用してくれて、いい待遇をしてくれて、感謝しかない。
「ね、アサヒ。本当に、私たちと一緒に来る気はない?」
「ありがとう、フェデリナ様。でも言った通りだよ」
この町で別れることを告げたら、何度も誘われた。旅団に同行して一緒にタルマレアから逃げようと。
きっと言葉以上にもてなして保護してくれるんだろう。多分、それに甘えてしまう。魅力的な提案だったけど、フェデリナ様たちにこれ以上迷惑を掛けたくない。
それに、何かしらの目的がある旅団だと多少制限があるし、我儘だけどミレスを自由にしてやりたい。タルマレアから逃げる旅にはなるけどゆっくりこの世界を見て回りたい。それにフェデリナ様たちを巻き込むつもりはない。
「……寂しいわね」
「ありがたいね。本当に、電話とかメールとかできたらいいのに」
この世界での伝達手段は基本的には文通。届け先が近ければ人力、遠ければ動物を使う。あとはお偉いさんや軍では通信機器のようなものがあるらしいけど、数が少ない上に高価、しかも霊力がなければ使えないため私にはどうしようもない。手紙も、国を転々とするフェデリナ様たちには住所不定で届かないだろうしね。
「さよならは言わないわ」
「うん。また会おう。その時は、頑張ってこれまでの借りを返せるようになってるから。主に金銭面で」
「そんなこと……気にしなくていいのよ。私たちは命を助けられたのよ」
何と言われようと、フェデリナ様たちを助けたのはミレスのお陰だし、宿屋の食事やら宿泊料金やらはほとんど私が世話になったものだからね。借りを作るのは嫌だから、何としてでも返すよ。
今ミレスと私が着ている服もフェデリナ様に買ってもらったものだしね。元の世界の服は目立ちそうだからと悩んでいたところ、救いの手を差し伸べてくれた。
ちなみに今まで来ていた服は生地や縫い方、デザインなんかがこの世界のものと違って珍しいらしく買取にでも出そうとしていたら、フェデリナ様が買い取ってくれた。出会った記念、私という印がどうのこうの言ってたけど、遺品みたいな扱いだなと思った。
他にも、別れの言葉以外に衣類や食料を持たせようとしてくれたけど丁重に断った。荷物が増えて身動きが取れなくなりそうな量だったし、本当に気持ちだけで十分。こんな時にRPG的な大容量のアイテムボックスとかあればいいのにとちょっと残念には思ったけど。
ちなみに空間収納のような術もアイテムも存在しないらしい。
「儂からはこれを」
爺やが掌サイズの箱を手渡してくる。
「今開くでないぞ。これは次の町に行ったときにでも──って言っておる傍からお主!」
開けると、綺麗な布が四方から折り重なっていた。それを捲ると、現れたのは綺麗な装飾が施された硬貨。こうして明るい日差しの元だと、銀色とはまた違った虹色のような輝きを見せる。いつぞやの爺やの策のブツだ。
「はい、フェデリナ様」
「もう、爺ったら」
困った顔をしながら箱を受け取ってくれる美少女。
「ぐぬぬぬぬ……お主なら素直に受け取ってはくれぬと思って忠告したというに」
「いりませんよ、こんな高価なもの」
聞いたよ。これ、ローブヴァル聖貨っていうんだってね。聖貨には二種類あって、小聖貨と普通の聖貨があるらしいけど、これは後者の方で豪邸が立つほどの価値があるんだってね。この世界の豪邸がどのくらいするのか分からないけど、宿の値段とか聞く限り日本円で百万とかいうレベルじゃないでしょ。
全く、旅先にそんな高価なものを持ってきていることも、知り合っただけの人間に渡そうとしてくることもちょっと理解できない。
一番高い部屋を取ってくれたり料理や服も惜しむことなく提供してくれたりと、金持ちなんだろうなということは分かるけど、ほいほい他人に渡すもんじゃないよ。
「金は必要であろう」
「だからと言ってこれはやりすきです。大体、こんなものを一般市民以下の私が持ってるのおかしいでしょ。盗人扱いされるのがオチ。それに、聖貨を持ってることがバレて狙われることだってあるかもしれないし」
「ぐ、ぬ」
「爺、アサヒはこういう子だって知ってるでしょう。諦めて」
美少女に諭され何とか引き下がる爺や。このコントのようなやり取りもしばらく見納めか。
「そういやフェデリナ様、言ってなかったことがあるんだけど」
「え?」
「私の名前、陽織って言うんだ。朝野陽織。こっち風に言うならヒオリ・アサノかな。アサヒでも間違いじゃないんだけど」
「……ヒオリ」
「そう」
やっと言えて、喉に刺さった小骨が取れた気分だ。この世界には名前による制約がないと聞いてから、ずっと言いたかったんだよね。やっぱり自分から渾名を名乗るのはちょっと恥ずかしいし。
「ヒオリ! 私、私、は……」
ああ、最初の頃を思い出すな。名前を言い直した時のこと、ベアさんや爺やのことを隠すように紹介したこと。
「いいよ。今度会った時に──いや、その時も言いたくなかったら言わなくていい。だから気にしないでよ。最後なんだから、笑って」
何度も言いたいことがあるんだろうなということは分かっていた。でも、言いたくないなら無理に言う必要はない。フェデリナ様が何であれ、フェデリナ様に変わりないんだから。
「──うん」
ベアさんのこと、応援してるから。
そっと耳打ちをすると、美少女は顔を紅潮させて叫んだ。
「ヒオリ!」
「ベアさん、フェデリナ様をよろしくお願いしますね」
「……? はい、言われずともフェデリナ様はこの身に代えてもお守りします」
「愛されてるね~、フェデリナ様」
美少女をからかうと面白い。
元の世界では引き籠り気味だったためほとんど友人もいなくてぼっちだったから、こうして他人と交流するのは新鮮だった。以前は人と絡むのが面倒だったけど、久々に楽しいと思えた。
ひたすら痛くない程度にポカポカと叩かれるという微笑ましいイベントを挟みつつ、最後の挨拶を終えた。
「じゃあ、また」
「ええ、また会いましょう」
「お気をつけて」
「達者でな」
「本当に、今までありがとうございました!」
大きく手を振ってくれる旅団の人たち。私たちが見えなくなるまで、ずっと見送ってくれた。
幼女の手を持って一緒に手を振り返しつつ、寂しさを振り切るように息を吐いた。
「じゃあ、ミレス。行こっか」
「……ん」
思えば色々なことがあったな。危険な森で目が覚めて、暴漢たちに襲われて──そういえば、魔気が充満しているらしい指定区域に何で人が住んでいたんだろうか。爺やに聞けばよかったな。
ともかく、それから幼女に出会って、水や食料にありつけて……そしてタルマレアの人たちと出会った。ローイン隊長たちからされたことは許せないけど、国の事情があったんだということは理解できる。もう、会いたくはないけど。
これからずっと逃亡生活が続くのかもしれない。それでも、フェデリナ様たちに会えたことは幸運だったし、あの時の選択を後悔していない。
この子が、幸せでありますように。
それだけは唯一変わらない信念。たとえ忌み子であっても、魔族であっても、私を救ってくれた幼女には感謝しかない。
「ミレス。もう一度聞くけど、いいの? これから大変なことばかりだと思うし、辛いこともあると思う。私には何の力もないから、ミレスに頼るしかない。利用してしまうことになるかもしれない。それでも、一緒にいてくれる?」
腕の中の幼女に問う。その答えは、半分は想像通りで、半分は期待だった。
「……ひぃ、と、いっしょ」
「……うん」
「……いっしょ、が、いい」
「……ありがと」
改めて、ぎゅっとその小さな身体を抱き締めた。ウェーブかかった白髪が風に揺れる。
そっと身体を離して、左頬に触れた。ケロイドのような痕の感触が残る。金色と漆黒の瞳は、相変わらず無表情にこちらを見つめる。
「しん、じゅう」
「もしかして、そのネタずっと擦るつもり?」
かくして、幼女と私の異世界旅が始まるのだった。
予想以上に長くなったものの、これにて第一部終了です。お付き合いいただきありがとうございました!
ブクマや評価もありがとうございます、とても励みになります。
次回から第二部に入ります。




