55.可愛いは正義
「さっそくなんですけど──ミレスちゃん、あの黒い枝みたいなの一本だけ出してくれる?」
色々聞きたいことはあったけど、とりあえず幼女の能力についてはっきりさせたい。
周囲を見て誰もこちらを気にしていないことを確認して幼女にお願いすると、言う通りに黒い枝を一本だけ出してくれた。幼女の胸元辺りから生えているように見えるけど、根本は薄く直接的な繋がりはないように思えた。
「ふむ」
手を顎に当て、じっと黒い枝を見つめる爺や。テーブルの上でふよふよと揺れるそれ。
「うううむ」
唸り声を上げながら睨むように見つめる爺やに、何を思ったか左右上下に揺れたりくるくると回ったりと、大きな動作を始める黒い枝。
それを見た爺やがずいっと顔を近づけてくれば、今度はその頬をぺちりと叩いた。
「んん!?」
驚く爺やの頬をぐにぐにと突く黒い枝。
ちょっとミレスちゃん。
「この子の使う力が“気”──魔気に関するものなら、霊力がない私はともかく他の人は何かしら影響があると思うんです」
「うむ。確かに魔力だけならば、相反する霊力を持つ我々は無事では済まぬだろうな」
「というと?」
「こやつからは魔気と霊気の両方を感じるのだ」
「それって……」
どういうことだ。魔力と霊力は相反する力で、魔気を使うミレスは魔族かもしれないのに、この黒い枝は霊気も含まれているなんて。そもそもその二つは両立するものなのか、魔族が霊力を持ち得るのか。
「性質上有り得ぬが……実際こうして目の前に存在しておるからのぅ」
「うーん……とりあえず、これとミレスちゃんの攻撃はまた違うってこと?」
「そうなるな」
同じ黒い枝にしか見えないけど、こっちは味方識別機能があるらしい。魔気が入っているにも関わらず、霊力を持っている人間が無事なのは安全でありがたいけど、謎は深まるばかりだ。
本当に何者なの、ミレスちゃん。
「ミレスが魔族とも違う特別な存在ってことが分かっただけでもいいんじゃないかしら」
「魔族より得体の知れない種族ってことで余計に事態が悪化しないといいんだけど」
その後も爺やに霊力について講義を受けつつ、ティータイムを楽しんだ。その間にも幼女の黒い枝は爺やの身体を突いて遊んでいた。
とりあえず分かったのは、霊力を持っていても私には霊術が使えないということだ。身体の構造というか機能の問題らしい。予想はしていたけど、残念。
ちなみに霊術による束縛は奴隷関係に使われるものくらいで、媒体や術の対価もコスパが悪くて使う人はあまりいないらしい。真名とか名前による契約や束縛というものはない言っていた。
それなら本名を名乗っても問題ないか。アサヒでも別にいいんだけど、自ら渾名で呼んでくださいって言うの、ちょっと抵抗があったんだよね。でもフェデリナ様たちに今更そのことを言うのも何だかなと思って言い出せずにいた。
「まあアサヒが霊術使えなくても、ミレスが強いからいいじゃない。ね」
フェデリナ様が爺やで遊んでいる幼女に声を掛ける。それを聞いてこくりと頷く幼女。
「……ん。ひぃ、まも、る」
「くっ」
「いい子ね」
くっっっっっそ可愛いんだが!?!? 美少女の笑顔も素敵だしこれがおねロリってやつか!?
「アサヒ、とても変な顔をしているわ」
必死に堪えて悶えているところをフェデリナ様に突っ込まれ、ティータイムは終了した。
外はすっかり暗くなっていて、そろそろ部屋に戻ることになった。もう一泊することになったのは申し訳ないけど、フェデリナ様はやっぱり気にしないでと言うだけだった。
「っぅ、あ、ありがとうございます」
筋肉痛が酷くて立ち上がろうとしたところふらついた。何も言わずにすっと支えてくれたのはベアさんだった。
そのまま身体を支えてくれて部屋へと戻ることができた。
多分また扉の前で護衛をしてくれているんだろう彼に聞こえないくらいの声で、フェデリナ様に言う。
「ベアさんて優良物件だよねぇ。力持ちだし知識もあるし気遣いもできるし」
「えっ」
元刺客ということは抜きにして、面食いじゃなければ申し分ないほどのスペックだと思う。私はどこかのイケメン隊長よりダズウェルさんとかベアさんの方がどちらかといえばタイプだな。色恋沙汰に興味はないけど。
いい家庭を築けそうだよね、ああいうタイプ。気の強い奥さんに尻に敷かれて欲しい。
「……アサヒ、ベアールが気になるの?」
恐る恐るといった様子のフェデリナ様に、思わず笑いそうになってしまった。
これは、どっちだ。ただの護衛としてか、もしかすると。
「そうだって言ったら?」
「だっ……駄目よ!」
慌てたように声を上げる美少女。
これは、もしかするかもしれない。ベアさんに裸を見られてからの挙動不審も、恥ずかしさとか気まずいのが理由だとして、ただの部下だったら処罰とか左遷すればいいだけだよね。
「何で?」
「そ、それは……」
「フェデリナ様、ベアさんのこと好きなの?」
「えっ!? ちちちちちちが、いや、違わないけど、そうじゃなくて……!」
かーわーいーいー。いやー、いいね。新鮮だね。そんな反応するのフェデリナ様くらいだよ。今時の女子中高生ですらしないと思うよ。
美女と野獣みたいでいいね。上司の美少女とその彼女の刺客だった現部下の大男。少女漫画も好きだったから、こういう話大好き。
「そっかそっか~」
「アサヒ!」
赤面しながら睨んでくる美少女なんて全然怖くない。むしろご褒美に近い。
「私はミレスちゃん一筋だけど、フェデリナ様はベアさん一筋か~」
「アサヒ……!」
ねー、と幼女に同意を求めると、分かっているのかいないのか、小さく頷いて抱きついてきた。可愛いに挟まれて昇天しそう。
「もう、湯浴みしたら寝るわよ!」
「はーい」
食堂で話したことだけど、明日フェデリナ様たちとはお別れだ。これが最後の夜だと考えると、こうして笑い合えることもなくなるんだと思うと、やっぱりすこし寂しい気持ちになった。




