53.裏事情
「大丈夫ですか? すみません、騒がせてしまって」
お婆さんに声を掛けると、ぱちくりと目を驚かせたあと、ほっと息を吐いた。
「本当にお嬢さんの仕業かい?」
「いや、まあ、はい」
超有能な幼女のお陰だけど、不名誉かもしれないので曖昧に濁しておく。
「それよりすみません、お皿とか料理とか大丈夫ですかね……」
男たちに仕返しをしたのはいいけど、宿への被害が心配だ。
「それは大丈夫よ」
フェデリナ様が料理の乗った皿をテーブルに置く。
幸い、食堂で食事をしていたのは私たちくらいで、近くで軽食を取っていた人の分も含めて旅団の人たちが料理を守ってくれたらしい。いつの間にかベアさんも両手に複数の皿を持っていた。指が気持ち悪いくらい複雑な持ち方してるんですけど。
この人たち、一度目の揺れのときはまだ呑気に食事をしていたのに、行動は早い。あの男たちとは違って揺れに対処できたのは、普段危険な森に入ったりする度胸があるからだろうか。
あのガラの悪い男たちについては、宿側にとっても扱いにくい存在だったようで、態度が悪く問題も起こすけど一応客だからと無下にできなかったらしい。一泡吹かせられて清々したと言われた。
「本当に、今まで悪いことをしたわ」
徐にお婆さんが口を開く。その視線はフェデリナ様たちに向かっていた。
「お嬢さんの言う通り、いい子たちね」
「そうでしょう。フェデリナ様、いい子だしいい女だよ」
ここまでのヒロイン、他にいないね。私が男だったら以下略。
「これまでの非礼を許して欲しいとは言わないけど……」
「いいえ。ありがとう。私もアサヒに救われたから……その気持ちは分かるわ」
言い淀むお婆さんの肩にそっと手を置いて共感を示す美少女。
誰に救われたって?
「お詫びに……いいえ、お礼にもっと食べていってちょうだい」
そう言ったお婆さんの言葉通り、またも次々と運ばれてくる料理と飲み物に歓喜したのは旅団の人たちだった。この世界に来て碌に胃を使っていなければ数日寝ていたこともあり、私は早々にギブアップした。消化器ももう若くない。
お酒も入って多少の宴会モードに突入、しばらくしてから騒ぎも落ち着きつつある中、フェデリナ様とゆったりティータイムを楽しんでいた。やっぱり食後のデザートは別腹だよね。
「アサヒさん、本当グルイメアでよく無事だったっすね~」
「その子も強すぎだし、話聞かせてくださいよ!」
フルーティな味のする水羊羹のようなものを味わっていると、旅団の人たちが絡んできた。このフレンドリーさは調査隊にはなかったもので少し新鮮だ。
いいだろういいだろう。幼女の活躍を心して聞くといい。
森でのミレスとの出会いから今まで、どれだけミレスが強くていい子で可愛いかを力説した。当の本人は相変わらず無表情で何の反応もなかったけど。
一番盛り上がったのは、やっぱり異形との戦いの話だった。
「すげぇ」
「本当にあれよりデカい危獣なんているんだな」
「ミレス一人で危獣の群れも、あの時より大きな危獣も倒してしまったの?」
「いや、調査隊の人たちと一緒に戦った。ダズウェルさんとかローイン隊長は強かったけど、ミレスちゃんが一番強いと思うよ!」
あの異形の危獣との戦いだって、調査隊の人たちがいなくても勝てたと思う。私がびびっていただけで、致命傷を負わせたのはミレスだと思うし、ミレス一人でもイけたと思う。ローイン隊長との戦いだって、デバフを食らってなければ勝ってたと思うし。
なんて、誇らしい気持ちで自慢げに言っていると、また周囲がざわつき始めた。
「ローイン、って」
「タルマレアのローインっていや、あのローインか……!?」
「それにダズウェルって……」
え、何、あの二人有名なの?
頭の上に疑問符を浮かべていると、フェデリナ様の傍にいたベアさんが無表情のまま口を開く。
「タルマレア軍のシーヴェルド・ローインレノロクは若くしてその階級まで登り詰めた逸材で、屈指の霊術の使い手でありその名声は他国へ届くほどです。珍しい治癒術の使い手でもあり、単騎で危獣討伐へ向かうことも多く、自国では英雄とまで呼ばれていると」
あの人、そんなに凄かったんだ。
ここの階級制度はよく分からないけど、位が高いんだということくらいは理解できる。バージョンアップした翻訳機能で確認してみてもいいんだけど、一人では確認しようにないし何となく今は話の腰を折らないほうがいいかなと思って黙っておく。
「ダズウェル・ファルナーニンセグはローインレノロクほどではないものの、率先して危獣討伐や他国との争いに参加し、その戦いで容赦なく暴れ回っていた様子が良くも悪くも近隣諸国へ知れ渡っています。巻き込むほどではないにしろ、味方を気にせず戦うことから自国でも恐れられているようです。それ故にローインレノロクとは違いあまり昇進はできなかったようですが」
なるほど、猪突猛進タイプってことね。イメージそのものです。
私の監視につくことになったとき、ダズウェルさんならいいかと他の兵士が言っていたのはこういうことだったのね。女子ども相手にも容赦しないだろうから安心していたと。
まあ、皮肉にも最後はそんなダズウェルさんだけが味方だったわけですけど。
「一人で兵の何倍もの力を持っているファルナーニンセグと、更に霊術に長けたローインレノロクの指揮の手腕がタルマレア軍の要とも言われています」
「二人が調査隊にいたということは、タルマレアも相当本気だったようね」
「何か急いでるって言ってたしなあ」
「それは国の事情でしょうね。今、大変みたいだから」
「大変って?」
「それは……あれよ。ね、ベアール」
さも説明を譲ってあげるわみたいに隣の大男にバトンタッチするフェデリナ様。
「グルイメアに隣接するそれぞれの国で危獣の被害が相次いでいますが、中でもタルマレアの被害は比べ物にならないと言われています。加えて、以前から国内で反乱の動きがあり、今回の騒動に乗じて謀反が起こるのではないかという噂があります」
はえー、大変だったのね、あの人たち。
説得だか洗脳だか知らないけどもっと時間をかける予定が、そんな暇はなくなったとローイン隊長が言っていたのはそれが理由だったのか。軍の最高戦力が二人も調査隊にいたのが良かったのか悪かったのか。
さっさと森の調査を終わらせて国に戻ろうとしたのに私たちという悩みの種が増えて、さぞかし大変だったんだろうね。そんな事情、私たちには関係ないけど。
それにしても、あの戦いでどうなったのか知らないけど、国の反乱とかの対処でこっちに追手を回す余裕があるんだろうか。向こうとしてはあの一件で終わらせようとしたはずだし、失敗に終わった今では同じような手は使えないと思うはずだし。しかも私たちの行方が分からない状態だから、その労力を考えても追撃は止めてくれたと思いたい。
「ローインレノロクとファルナーニンセグが追手とあっては絶望的ですが、お聞きした状況だとこのまま逃げ切れる可能性も充分ありますね」
意外とちょっと一言多いというか、棘がある感じなんだよな、ベアさん。無表情で言ってるからニュアンスも分かりにくいし。
でもまあ、私もそう願ってるよ。




