5.破壊力
「散■無■してたくせ■、話■んじゃ■ぇか」
「はぁ、はぁ、うる、さいな」
どうやら幼女は翻訳・会話機能をつけてくれたらしい。いっそ死んだ方がマシだとも思えるほどの苦痛という大きな対価だったけど。正直今でも頭痛と吐き気は治まっていないし動悸も呼吸苦もあるけど。
それでも、会話ができるなら一歩前進だ。
「私を、捕まえて……どうする、つもり?」
「ハッ。分ってん■ろ」
あの時と同じ下卑た笑みを浮かべる男。本当に、気持ち悪い。
「悪いことは言わねぇ。ソレから離れるんだな」
顎をしゃくる先には幼女がいる。見た目は多少不気味かもしれないけど、こんな瘦せぎすの身体で何ができるのかってくらいには非力に見える。
でも多分、最初に相対したときや翻訳機能をつけてくれたことを踏まえると、幼女の力はかなりのものなんだと思う。
本当にファンタジーだな。
これまでの苦痛やら今の頭痛や吐き気その他諸症状も、明らかに夢ではない。魔法やらモンスターやらはっきりとした要素はまだないとはいえ、現実離れしている。
まだ、この幼女が祟りや怨念といったホラー的存在という線もあり得るけど。
「ソレって、何よ」
男たちは幼女のことを知っていて、恐れている。大の男六人と非力なアラサー&幼女なんてどう見ても戦力差ははっきりしているはずなのに、持っている武器で仕掛けてこないのがいい証拠だ。
これはチャンス。大分息も整ってきたし、申し訳ないけど幼女を精神的な盾に使いつつ一緒に逃げるしかない。
「ソレに呪い殺されるより、大人しく捕まったほうがマシだぜ。客に気に入られでもしたらいい暮らしもできるかもしれねぇ」
「はぁ?」
「お前も知らないわけじゃないだろう。そこの厄災の魔物、ソレがどれだけ人を殺し不幸をばら撒いてきたかを!」
男たちがゆっくり近づいてくる。
何だか不穏な単語が聞こえたけれども、まあ幼女のこの見た目では忌み嫌われるのかもしれない。近づいただけで頭痛と吐き気がしてくるし。凄い力を持ってそうだし。本当にホラー的存在なのかもしれない。
これ、ファンタジーじゃなくホラー展開だった? 架空の駅とか忘れられた集落とか、都市伝説だったりして。ゲームの中説も浮上してきたな。
「その呪いもソレのせいだというのに」
呪いと称される左手を見る。皮下に蠢くぼっこりとした血管のような何か。時々皮膚を突き破りそうなくらい元気に動き回るそれは、若干気味は悪いものの不思議と痛みはなかった。
「知らないよ。でも、あんたたちよりよっぽどこの子のほうが信用できる」
多分こいつらは私を売ろうとしてる。あるいは殺そうと。それならその二つの危害を加えてこないこの幼女のほうが何億倍もマシだ。頭痛と吐き気は勘弁してほしいけれども。
それに生憎、顔面偏差値は低く美容には疎い。痛くないのなら腕の痣なんてどうってことはない。
大体、この世界がどんな倫理観だったとしても、こんなにも幼い女の子が傷つけられるなんてこと、個人的には許せない。
幼女、ホラー展開だったら敵でも味方でもあり得るけど、その判断よりまず目の前の奴らのほうが明らかに敵だ。
ぐっと拳に力を入れる。
すると今度は後ろから、服の裾を引っ張られた。
「ん、どうしたの。何か打開策でもあ──」
振り返りつつ、思わず幼女への問いかけは止まった。
幼女が、こちらに向けて両腕を広げている。
「……こ」
首を少し傾げる幼女。
「だっ、こ」
初めて聞く幼女の声は、か細く掠れていた。
「……は?」
──しゃべっ、喋った!? 今の今までうんともすんとも言わなかったのに!? しかもナニコレ幼女の上目遣いヤバすぎんか破壊力抜群すぎる我が子が初めて喋ったときってこんな感動なのかないや産んだことないけ──。
「……」
固まる私に、催促するように無言で両手をアピールしてくる。
「かっ、か……っ」
可愛すぎんか!?
何だこの生き物は……何だこの生き物は!!
「ん」
もう、味方でも敵でもいい。何でもいい。幼女が可愛い。幼女に呪い殺されるならそれはそれで。
平時であれば叫んでいるだろう感情を押さえ、内心悶えつつも幼女を抱き上げた。
金属音を奏でる鎖と枷は両足だけでなく両腕にもついていた。見た目から重量感のある鎖なのに驚くほど軽い幼女は、抱きかかえられたまま私の頬を両手で包んでくる。そして額同士をくっつけた。
温かな風に包まれるように、“何か”が流れ込んでくる。今度は痛みではない、心地よいもの。
目を閉じ、その“何か”を感じる。
──な……ま、え。
脳内に風にでも搔き消されそうな声が響く。
──名前? 私の……?
──そ、う。
──朝野陽織。陽織だよ。
──ヒ、オリ。
──そう。あなたの名前は?
──………………ス。
──え……?
──……レ……ス……。
──あなたの、名前は……。
──ミ……レ…………ス。
「──ミレス」




