46.念願の町にて
「アサヒ、見えてきたわよ」
フェデリナ様の衝撃的な告白イベントがありつつも、安全区域を抜け一般領地へ辿り着いた私たち。立ち入り禁止と言われるだけあって、その出入り口を監視している関所のような場所を越え、ついに最寄りの町へと到着した。
視界に広がる町自体は特にこれといって変わったところはなかった。木造や石造りらしき建物が疎らに立ち並び、飲食を扱っているような出店もある。危険な森に一番近い町だからか、武装した人も少なくない。
ダンジョンに乗り込む前の下準備はしっかりしないといけないしね、と思ったものの、町にはどこか暗い雰囲気が漂っている。活気のある下町、といったイメージはなくても、士気を高めた武装集団が意気込んでたりはするのかなと思っていたけど、これは何となく治安が悪い雰囲気だ。固定概念は捨てようと思ったものの、どう見てもチンピラにしか見えない輩がちらほら目に入る。
道中に聞いた話だけど、最近問題となっている異変とは別に、元々危獣が森や山から下りてきて人を襲うことは珍しくないらしい。
ここでの獣は広義で理性を失った生物という意味で、各国が危険だと指定した獣を危獣と呼ぶらしい。グルイメアなどの主に危険な場所に出現する強い獣を危獣といい、町によく出るものは害獣といって区別されるんだとか。
この町には害獣が多く出没する上、それより強い危獣が出てくることもあり、それを退治してくれる人間には頭が上がらないらしい。たとえ多少言動に問題があろうとも、外敵を倒してくれる上、その相手に食料や武器などの商売をしている側としては大きな声で文句を言えないというわけだ。
「国から派遣された調査隊は羽振りがよいし、無下にするわけにはいかぬからな」
とは、爺やの言葉だ。色々な事情があるもんだね。
「害獣は大した額がでませんが、危獣については討伐対象であり国から報奨金が出るので、それで生活している者も少なくありません。もちろん、その分危険もつき纏いますが」
おお、冒険者っぽいな。モンスターを倒してお金を稼ぐってやつね。
それにしても、さっきフェデリナ様からベアさんが元刺客って話を聞いたからか、いつもの解説も何だか血生臭く感じる。
そういえば、よく倒したモンスターの素材が武器や防具になったり肉が食べられたりする話をよく見かけたけど、どうなんだろう。そう問えば、
「研究の価値はあれど、“気”に侵されておる危獣を再利用するなど……あまつさえ食すなど、とんでもないですぞ……!」
と、爺やに引かれた。
「討伐証明として一部を持ち帰ることはありますが、“気”を通さない特殊な箱や袋を使用しますし、基本的に死骸は焼くか埋めます。グルイメアなどの危険な場所では別ですが」
ベアさんに追撃され、期待していたファンタジー要素はどこかへ消えてしまった。
ちなみに、報奨金のための討伐証明としては、眼球が一般的らしい。あとはそれぞれ危獣によって討伐が証明できる部位も違い、心臓は危獣によっては分かりにくい場合やそもそもないような場合もあるので本当にケースバイケースらしい。
討伐証明の部位を覚えるのも大変だし、そもそも眼球を抉るとかグロいのは勘弁。あのでかい危獣の討伐証明となりそうな大きな宝石──魔晶石も周囲への被害が凄いからミレスに処理してもらうしかないし、冒険者的な稼業はやっぱり難しいかな。
危獣を倒して報奨金がもらえるなら今までの数と種類からして結構な額にいきそうなものだけど、世知辛いね。
「グルイメアくらい危険なところだと、討伐証明部位を採取するのも大変だし、調査報告だけでも十分価値になるわ」
私の心中を察してか知らずか、フォローしてくれるフェデリナ様。
「愚痴っても仕方ないよね……あとで私にできそうな仕事教えてね」
「ん? うん、ひとまず宿へ入りましょう」
いつの間にか目的地に到着していたらしい。立ち話も何なので、中に入る。
「私、本当にお金も何も持ってないんだけど……」
「もう、言ったでしょう。そのくらい払うわよ。命の恩人に支払いなんてさせられないわ」
だから命の恩人はミレスなんだけど、という言葉は無粋なので飲み込んだ。
宿に入ると、そこは大衆酒場のように賑わっていた。ある程度の広さにテーブルと椅子が詰め込まれ、その半数位の席を埋めた男たちが食事をしたり酒と思しきコップを呷ったりしていた。
出入り口付近の男数人がこちらに気づくと、上から下まで品定めするように見たあと、何かを言い合っていた。途中から下卑た笑みに変わり、どこにでもこんなやつはいるんだなと思った。
男たちの横を通り過ぎ、奥のカウンターのようなところへ向かうフェデリナ様と、それに続くベアさん。大所帯だからか他の人たちは邪魔にならない程度に隅で固まっている。
フェデリナ様たちの後を追う。
ここの広間は食堂で、食堂だけでも利用できるし、ベッドのある部屋は上の階だとベアさんが説明してくれた。
多分お偉いさんが泊まるようなスイートルームみたいなものなんだろう。フェデリナ様はその部屋を取るために、何かの模様の入った腕輪を見せていた。いつぞやの爺やが試すように一人の男が落とした、ハンカチのような布に描かれていたものと似ている気がする。
そういえば、フェデリナ様に限らず、みんな腕輪をしていたような気がする。国とか旅団の証なんだろうか。
そんなことを考えていると、なぜかちらちらと受付の人がこちらを見ているのに気づいた。
町に入る前にフェデリナ様にローブを借りてミレスも一緒に隠しているし、他に何か不審な点があったかな。膨らんでいるローブが怪しいのか、珍しいと言っていた黒髪のせいなのか。
理由が分からず視線を受け流していると、受付を済ませたらしいフェデリナ様が振り返る。
「じゃあアサヒ、先にミレスと二人で食べてて。私たちは後で食べるから」
「え、一緒に食べないの?」
「えっ」
何で驚くのフェデリナ様。こっちが驚いてるんだけど。
いや、ぼっち飯なんて日常茶飯事だったし寂しいとかではないけど。せっかくならもっとこの世界の話とか聞きたいし。変な男たちに絡まれたくないし。
あと、注文のシステムとか知らないしメニューを読めるのかも怪しいし。マナーとか作法的なのも知らないから教えて欲しい。いや、教えてもらえなくていいから無難に真似をしておきたい。
「何か急ぎの用事があった? 私に聞かれたら困る話でもあるなら仕方ないけど」
「纏める報告書はあるけど、そうじゃなくて」
「ん?」
もじもじと指を動かしながら、何かを言おうとしては閉口するといった動作を繰り返す美少女。
「……いいの?」
「何が?」
「ここで、一緒に食事をしても」
何だそれ。意味が分からない。




