45.衝撃的な事実
まさかの外見に思わず突っ込んだ。町の休憩所までは多少のことはスルーしようと思ってたけど、これはさすがに無理がある。
馬って言ったじゃん。
馬って、カラーバリエーションはあってもまあオーソドックスなのは茶色で、頭から比較的長い首にかけてふさふさしたタテガミがあって、顔は面長で耳がちょこんと生えてて、しゅっとした四本の足で、髪の毛のような長い尻尾がついてるやつじゃん。
目の前にいるのは、セイウチの身体にゾウのようなずっしりとした四本足がついていて、セイウチの後ろ足がそのまま尻尾になったような生き物だ。しかもモスグリーンというのか、灰色っぽい深緑だし。しかも鳴き声はセイウチとかアシカじゃない。いや、あんまり水族館とか行ったことないから鳴き声もそんなに知らないけど。
「私の知ってる馬と違う」
「え? ヒスロを知らないんじゃなかったの?」
「え?」
何? 馬イコールヒスロなの? この世界の馬はこんな見た目をしてるの? それとも翻訳機能の問題?
そういえば、ミレスがつけてくれたらしいこの翻訳機能ってどこ目線なんだろう。この世界の言葉を日本語に訳しているんだと思っていたけど、その塩梅というかニュアンスは一体どこで決まるんだ。
学校で習う英語が現地だと通用しなかったり違うニュアンスだったりする場合があるって聞いたことがあるけど、私もこの世界で知らないうちに失礼なことを言っていたらどうしよう。お互い日本語だから訂正難しくないですか。
そもそも私は日本語を話しているつもりだけど、相手には何語に聞こえてるんだろうか。まさか全世界共通言語なわけないだろうし、他の人からしたらマルチリンガルなのか? それって結構凄いのでは。通訳の仕事でもあれば職に就けるかもしれない。
まあそれは今、置いといて。
「馬とヒスロって同じなの?」
「ヒスロはヒスロでしょう……?」
怪訝な様子でフェデリナ様が言う。
これは、向こうが「ヒスロとヒスロ」と聞こえたのか、翻訳機能のバグでヒスロを馬と変換し損なっているのか、この世界では馬と書いてヒスロと読むのか……。
「あー、もう分からん。混乱する!」
馬のような動物って翻訳したんだからヒスロは馬じゃない、でも馬のような役割を果たしているからこの世界で馬と言えばヒスロ、これでいいか? いいな? いいんだよ!
「アサヒ……」
「やめて。憐れむような顔をしないで」
いつか何か失態を犯す前に、今度翻訳機能の性能を確かめようと決意した。
◇
意外にもヒスロの乗り心地はよかった。見た目を裏切らず、ゾウのような足はしっかりと大地を踏み、馬のように高く前足を上げたり人を振り落とそうとしたりといった素振りもない。動物に乗るのが初体験の身としては大変ありがたい。
馬と比較してスピードは劣るものの、安定して持続的にこの速度が出せるなら移動手段としては満足できる。戦場とか逃げるとかいう場面では活躍が期待できないかもしれないけど。
よく馬車で舗装されていない道を走ってお尻に大ダメージを受ける描写を見かけたけど、空間としての荷車に重きを置かないなら、ヒスロに乗れば万事解決という感じ。背中の上も安定してるしね。愚痴を言うとすれば、跨るか横座りなので足を挙上できずに足が浮腫むということくらいか。
「ゥモッフ」
この低音でねっとりした鳴き声も少し愛着が湧いてきた。
気性も穏やかなのか、丈夫な二本の牙も飾りに見えるくらいあまり自分から動かなかった。ただ、昔は戦争でも活躍し、その牙で多くの人間を屠ってきた歴史があるらしく、ゴリゴリガリガリと硬い餌を咀嚼する音でそのパワーは健在なんだなと思わされることはあったけど。
「アサヒって本当に変わっているわよね」
「何が?」
ヒスロの休憩中、彼らの餌やりを手伝っていればフェデリナ様がぽつりと言う。
「普通、女の子はヒスロに近づきたがらないし、餌をやるなんて以ての外よ。いくら苦痛だからって、荷台じゃなくヒスロに乗ろうとする女の子はまずいないわ」
「こう見ると意外と可愛いのにね」
「そうなの! きちんと懐いてくれるし、主を守るヒスロだっているのよ──じゃなくて」
「この世界の女の子はか弱いお嬢様タイプが多いっていうのは分かったよ。でもそれを言うならフェデリナ様もじゃない?」
「私は……私は、あの……」
墓穴を掘るくらいなら言及しなさんな。まあそこも可愛いんだけど。
それにしても、この旅団、二十人くらいいる中で女の子ってフェデリナ様しかいないんだよね。安全区域でヒスロのお世話で居残りしていた人も男だったし。この世界の女の子が庇護対象っぽいのはともかく、ある程度の大所帯で女子一人って大変なんじゃないだろうか。フェデリナ様、他の人たちよりも身分が上らしいし、メイドさんとかお付きの人がいなくていいのかね。
旅をするのに目的はいらないと思っているタイプなので特に聞かなかったけど、何か理由があるのかもしれない。というか、あるだろうな。
出身国であるクナメンディアは他では冷遇されているらしいし、それを分かっていてわざわざ自国と分かるような服装を他国でする必要はない。ただの観光が目的ならひっそりと少人数で旅をすればいい。それがこうして武装して危険を冒してまで他国へ介入しているとすれば、政治的なものも考えられるかもしれない。
まあ、国が関与するならもっと大々的にやっているだろうし素性を隠すにしてももっとうまくやるかな。国に誇りを持った民間組織による慈善活動とか?
どちらにしろあまりその辺には興味ないからいいか。フェデリナ様たちがいい人なら私には関係ないことだ。今更私たちを欺くとかメリットどころか時間と労力の無駄というデメリットだけだし。普通に信用してる。
「女の子は、簡単に家を出ないし、旅に出るにしても侍女を連れて行くわ」
「あ、まだ続いてたんだその話」
というか自分で深掘りするのか。
近くに座っていたミレスを抱え上げ、頭を撫でつつフェデリナ様の次の言葉を待つ。
「軍に女性はいるけど、基本的には遠征はしないの。……色々と、問題があるから」
まあ分からないでもない。一月以上の外出となると、月経の問題とかあるしホルモンバランスも狂いそう。私は気にしないけど美容面とかもね。あとはほら、生理的な欲求みたいなものがあると、その対象とならないとは言えないしね。
フェデリナ様が話してくれた内容も、要約すればそういうことだった。
「だから、気をつけて欲しいの。違う世界からやってきたアサヒには珍しくもないことかもしれないけど、女の子二人で長旅をすることはそれだけ危険なことだって」
「忠告ありがと。気をつけるよ」
今までは生きるか死ぬかという問題が先立っていたけど、これから多少安全が保証される予定だ。これからは別の壁にぶち当たることも多くなるだろうから、気を緩めずに行こう。
それにしてもこんな美少女に心配されるなんて役得だね。私がマジョリティの指向と感情の持ち主だったら惚れてた。ゲームやら小説やらで私が男だったらフラグが立ってたくらいにはヒロインムーブをしてくれている。私はミレス以外に浮気するつもりは毛頭ないけどね。
あと、相変わらずアラサーの私を女の子扱いするのはスルーするからな。向こうから私がどう見えてるのか知らないけどフェデリナ様より絶対に年上だからな。
「でもフェデリナ様も男性陣の中で女の子一人だよね」
「まあ、それは、あれよ……」
「どれよ」
「……ベアールもいるし!」
ベアさん確かにいい人だけどね。理由になってないんだよね。
「ベアさんってただの部下?」
「……そうよ?」
何、その間。
一番の側近とか護衛とか、もしかしたら実は血縁関係だったとか想像してたんだけど、ちょっと期待してしまうじゃないか。大穴で実は女性とか。いや、嘘ですごめんなさい。
「ベアさんとは付き合い長いの?」
「私がまだ小さなときにお兄さまに殺されそうになったことがあって。そのときに護衛として……あっ、あの、助けてくれて!」
「急に物騒な話になったんだけど」
「あ、そ、それは、あの、だからベアールはお兄さまからの刺客だったんだけど、命を助けてくれて……!」
突然の告白に驚く間もなく、さらに衝撃の新事実を告げる美少女。取り繕うのがベアさんについてなんだけど、そこじゃない。
「え? ベアさんってフェデリナ様の命を狙ってたの?」
「今は違うわ。命の恩人で、信頼できる部下よ」
「そこは取り繕わんのかい」
兄に命を狙われたこともだけど、あののっそりとした熊のようなベアさんがその刺客だったことに驚くんだけど。暗殺というよりは不意打ちで殺そうとしてたんだよね、多分。あんまり俊敏に動くベアさんが想像できない。
元刺客と言われて無表情なのは納得できるけど、あのいかにも「主の命とあらば」みたいな信頼の雰囲気を出していたしイメージの乖離がすごい。
物凄くその辺の詳しいエピソードが気になるところだけど、何か言いたくないこともありそうだし、あまり根掘り葉掘り聞くのもな。
「お兄さまとの一件も無事に済んだし、ベアールには感謝しかないわ」
元々何の話をしていたんだっけ、と思うほど会話が寄り道をして、フェデリナ様のこの笑顔。もう何でもいいか。
「今のベアールは信頼できるから、安心してね」
二人の様子を見ていたら信用できる、というか、過去の話の方が信じられないんだけど。
まあヒスロの件もそうだし、固定観念は捨てたほうがいいね。受け入れがたいことなんていっぱいあるだろうけど、この異世界で生活していくためには想像力というか頭を柔らかくしていかないとな、と改めて思った。




