44.気づけば全力で叫んでいた
「魔族ならその子の強さも納得できるわね」
フェデリナ様がそう締め括り、ひとまずミレスの追及については終わった。
貧相な幼女にしか見えないミレスが危獣の群れや人間より遥かに大きな胴長の危獣を倒したことを納得させるには、十分な理由だったらしい。
爺やも、私たちを見る限り、ミレスが特殊なケースも考えられるものの魔族そのものが周囲への害となるわけではなさそうとの見解だった。確かに今のところ契約(仮)をした私以外の人や環境に特に変な影響はないし、短い時間ではあるけど一緒に過ごしてきてそれは事実として納得できるんだと思う。
もちろん爺やの話が信じられないという人もいたけど、ほぼ全員が「魔族でも何でもこっちの味方なら問題ないんじゃない?」という感じだった。
あっけらかんとしているというか、何というか。
まあ実際に危獣やら濃い“気”から救われているわけだから、信頼するには十分なのかもしれない。タルマレアの調査隊のことがあるからそれくらいで信頼が得られるのは半信半疑だったけど、あの人たちが特別だったと思うことにしよう。私だってあの暴漢から助けてくれたときからミレスに盲目的なわけだし。
自分のことにも関わらず何も口出ししない幼女の髪の毛を弄る。
「ミレスが魔族なら“気”が……魔気が平気なのは分かるわ。でもアサヒは人間でしょう? こんなにも霊力が少ない人は見たことないわよね」
「ふむ。赤子以外で極端に霊力を持たない人間を見るのは儂も初めてですな」
大人で霊力が少なすぎる人ってそんなに珍しいのか。調査隊の人たちからしたら、私たちって相当怪しかったんだな。
というか、これは今か? 今、異世界から来たって告白するタイミングか?
「リィリルには珍しい外見の人が多いみたいだけど、違うわよね。霊力もだけどこの世界のこと何も知らないみたいだし……一体どこから来たのかしら」
「それなんだけど」
ここで、正直に話した。こことは全く違う文明の世界から来たということ、だから霊力を持っていなくてもおかしくはないのではないかと。
信じてもらえないだろうから今まで話せなかったと言えば、驚きつつもそれは当然だとフォローしてくれた。やっぱりフェデリナ様は優しい。
「あなたたちといると、信じられないことばかりだわ」
「しかしこれで納得はできますな。全く違う……霊力もない世界にいたのなら、霊力がないのも知識がないのも頷けるというもの」
「ヒスロを知らないのもそれが理由だったのね。もしかしたら貧民街出身ならそれもおかしくないかもしれないけど、アサヒは育ちがよさそうだったもの」
そんなことを思われていたのか。元の世界ではごく普通の家庭だったんだけどな。酒のネタにできるような多少の波瀾万丈はあったけど。まあ今のところ危獣騒ぎでこの世界の治安はそんなによくなさそうだし、日本は比較的安全な国だろうからそう見えるのかも。
とにかく誤解が解けたならよかった。あの時のフェデリナ様たち、本当に同情を隠せないような表情してたからね。ヒスロを知らないというのは、多分元の世界で言えば車を見たことがないくらいのレベルだったんだと思う。私も実際にそんなこと言われたら、一体今までどんな暮らしをしてたんだと謎に思うだろうな。
それにしても爺やにはもっと疑われると思っていたから、すんなり信じてくれて少し驚いた。フェデリナ様に関する態度を見ていると感情的なマッチョにしか思えなかったけど、辻褄が合って納得できれば受け入れてくれる合理的な面もあってよかった。
「私みたいに違う世界から来た人間って他にいないよね?」
「そうね……私は聞いたこともないわ。爺はどう?」
「明確な情報ではありませんが、とある国の話が参考になるかもしれませぬ。それは後にゆっくりと話しましょうぞ。今は報告も含め帰還を急がれた方がよいかと」
確かにね。結構話し込んでしまったし、安全区域とはいえ、さっきみたいに危獣が出てくるかもしれないし。聞きたいことはたくさんあるけど、本当に安全な場所に辿り着くのが優先かな。
「とにかく。その魔晶石を排除できる力は国が欲しがるようなもの。まだ定かではないが、魔族という正体も含めしばらくは他言しないほうがよいだろうな」
「はい。一応タルマレアの件もありますし、諸々隠しておきます。後でヘナロスさんに霊術とか色々聞きたいことがあるんですけど……」
「ふむ。よいだろう。この儂に分からぬことなど、フェデリナ様のお心くらいよ!」
「もう、何を言ってるの!」
あー、いいね。師匠って言えばこんな感じよ。さすが生き字引。期待してます。フェデリナ様との掛け合いも良きです。
というか、あんなに目の敵にされていたのに、こんなに早く好意的に接してくれる時が来るとは。強力な味方に違いないし、町に着いて宿も取れたら、この世界の情勢やら常識やらをゆっくり聞きたいとこだね。
◇
「じゃあ準備はできたかしら」
フェデリナ様の声かけに周囲の人たちがそれぞれ肯定を示す。
これからやっと、一般領地へ向けて出発する。
思えば長かった。この森で目覚めて、暴漢に襲われるわ飲食という死活問題にぶち当たるわやっと出会えた人は敵として立ちはだかるわ。危うく可愛い幼女を失うかもしれないというところで気を失って、次に目覚めたところも森だし、相変わらず危獣に襲われるし。
一体いつになったらこの森を抜けられるんだろうと。もしかして一年くらいこの森で過ごすなんてことにでもなるんじゃないかと。
そんな懸念も、今やっと消えようとしている。
これから少し歩いたところにある安全区域に例のヒスロを繋いでいるらしい。そのヒスロに乗れば、この森での時間と比べればあっという間に一般領地に着くと。
正直、泣きそうなくらいに嬉しかった。時々水浴びはできたとはいえ、フェデリナ様たちと会ってからは汚れも大して拭けてないし、この森に来てから身体を横たえて寝ることもできなかった。
これからゆっくり風呂に入ってベッドで足を伸ばして寝るという贅沢が待っていることに心が躍った。もはや質は問わない、風呂もベッドも疑似的なものでいい。何かに襲われる心配をせずに朝を迎えられることがいかに素晴らしいかを早く堪能したい。
期待でいっぱいだった。ヒスロが繋がれている場所までまた半日歩こうが、足がぱんぱんになろうが、弱音を吐くどころか嬉しい悲鳴にも感じた。多少理不尽なことがあっても受け流せるような気分だった。
だから、フェデリナ様に紹介された例のヤツに全力で突っ込むことになろうとは、思いもしなかったんだ。
「アサヒ! これがヒスロよ」
少し自慢げな笑顔の眩しい美少女。その示す先には、しっかりと地に足のついた四足歩行で深緑色をしたセイウチがいた。
「ゥモッフ」
ヒスロと呼ばれたソレが鳴く。
「全然馬じゃないじゃん!!」




