40.皮の雰囲気はアルマジロ
「──っと」
歩き出そうとしたところでフェデリナ様に強く腕を引かれる。
「駄目よ。あなたたちが強いのは分かったわ。あんなに濃い“気”が平気そうだってことも。けれど、霊力もないのにこの中を行くのは危険よ。いつどうなるか分からないわ」
当てられた“気”から回復したらしい美少女が強い眼差しでこちらを見る。
いい子だよね、本当。心配してくれてるってさすがに分かるよ。
でもね。
「多分、この子にしかできないことだから」
爺やの結界には限界があるようだったし、それが時間的な問題か負担的な問題かは分からないけど、何にしてもグズグズしている暇はない。
フェデリナ様たちの戦力を考えても、ミレスに頼るしかない。
「この子を信じてよ」
「アサヒ!」
伸びてくる手を避けるように薄い膜を抜ける。振り向き様、ベアさんがフェデリナ様を制止するのが見えた。いい従者だね。
膜を隔てた向こうは黒い靄が増していた。結界の中はほとんど見えなかったのでとても優秀な術なんだろう。羨ましいね。というかさすが霊術の師。今のところ攻撃するところは見てないけど、治癒といい結界といい、きっと秀抜な術士に違いない。
「さて、ミレスちゃん」
ぐるんぐるんと上体を揺らしながらこちらに向かってくる不気味で胴長の危獣。
服に掴まるミレスを抱え、その距離を縮める。
正直、私が一緒にいても何の力もないし、邪魔になるだけだと思う。ミレスは一人で戦える。指示しなくても、戦闘において最適の対処をしているとも思う。
それでも、一緒にいてくれると言ったミレスを一人で行かせるわけにはいかない。ミレスが危険な目に遭うときは、私も一緒だ。
「ォ、ォ……」
胴長の危獣がついに動く。
腕を斜めに振り上げ、下ろす。腕も充分に大きいけど、動きが緩慢な分、私でも全力で走れば避けれるレベルだ。
「う──っ、ぷ」
飛んできた長い腕をギリギリで避けると、風圧で砂が舞い上がる。砂埃が薄くなったそこを見れば、地面が軽く抉れていた。何という攻撃力。
感心している間もなく、もう片方の長い腕が飛んでくる。今度はさすがに避け切れない。
「ミレスちゃん!」
思わず叫ぶ。私に言われなくても分かっているだろうけど、こればかりはどうにもできない。
地面が抉れるほどの剛腕が、いつの間にか現れた黒い枝に弾かれる。その後も何度も遊園地のアトラクションのようにこちらに目掛けて飛んできては弾き返される腕。
その間にも複数の黒い枝が胴長の身体を突き刺そうとしているものの、逆に弾き返される。その度にカン! とかキン! みたいな金属音がしているし、よほど硬いようだった。あとは、もしかしたら調査隊との戦いで弱体化したようだった状態が今も続いているのかもしれない。
デバフを掛けられたままだから攻撃を通せないのか、単に相手が硬すぎるのか、私には区別がつかない。
「ミレスちゃん、頑張って……!」
突っ立って応援することしかできない。虚しい。何て無力。
この場にいるみんなが恐怖するようなボス的な危獣との戦い。不気味な容姿から繰り出される暴力的な剛腕が飛び交うそこで、幼女を抱えたまま棒立ちしている私。何とも絵面が酷い。
最初は攻撃にびびっていたけど、あれだけ凄い攻撃力なんだから、まともに食らえば痛みを感じる前に即死に違いない。そう思えば少しほっとした。今のところミレスのお陰で攻撃が掠ることもないし、いざとなったら直撃する位置にいけばいい。
もちろん一番は、あの胴長の危獣を倒すことだけど。
やつは腕をぶんぶんと振り回すだけで、その他に何もしてこない。何とも単調な攻撃だ。相変わらず上体を四方に揺らしているのが余計に不気味に映る。
それに対してこちらも攻撃を弾き飛ばすことしかできず、状況は何も変わらない。
勇んで出てきたのはいいものの、これはどうなんだ。
予定としては、圧倒的な幼女の力で相手を屠る予定だったのに。
「ミレスちゃん、調子悪い?」
防戦一方という感じではないが、攻撃が通用しないとなるとこれ以上どうすればいいのか。このままどちらかが体力的に負けるまで続くのか。
「……ひぃ、が」
「うん?」
一応胴長の危獣の攻撃を見つめていたけど、幼女のか細い声に思わず視線を外す。
何か言いたそうに、でも何と言っていいのか分からない様子の幼女。何度かこういうことがあったけど、これは語彙力の問題なのか、発声器官や機能などの問題なのかよく分からない。
「……ひぃ」
見上げてくる可愛い幼女。
ごめんね、以心伝心できなくて。
「私がどうかした? 私のことは気にしないで、思う存分力を出して!」
これが正解だったのかは分からない。何と返事をしたらいいのか悩むくらいなら、数を打てばその内当たるだろうという慢心があった。ミレスを傷つけるような発言はしないし、この子も頓珍漢な私の言葉に怒るような子じゃないと思っていたし。
ただまあ、大して何も考えていなかったと言われればそれまでなわけで。
「──ん」
小さく頷いた幼女を最後に、私の意識は途絶えた。




