35.心の拠り所
「いい? 爺が了承してくれないなら、私はアサヒたちと行くから」
「な、何と……」
見るからにショックを受けている爺や。本当に師弟か?
あと私”たち”ってミレスも一緒にしてくれたこと、かなり好感度上がった。フェデリナ様、いい人。
「ぐ、ぬ……ぬぬ……」
唸る爺、睨む美少女。
「わ、分かりました……」
結局爺やが折れることになり、私たちはフェデリナ様一行にお世話になることとなった。
のは、いいんだけど。
「視線が痛い……」
気配とか殺気とかそういうものは全然分からない私でも、背中に突き刺さる鋭い視線はさすがに気になる。
犯人はもちろん爺やなんだけど。フェデリナ様に釘を刺されても、めげずにこうして人一人くらい簡単に射殺せそうな眼光を向けてくるのはある意味凄い。まあ、疚しいことは何もないし好きなだけ監視すればいいんだけど。
いい加減、人を試すようなことは止めて欲しい。
これに気づいたのは同じようなことが立て続けに三回も起こったからだった。
まず、初回。私たちはフェデリナ様一行の別部隊と合流するために森の中を歩いていた。
一行の一人が何かを落とした。ハンカチのような布に何かの模様が入っているもので、すぐに追いかけて声を掛けた。その人は少し驚いた顔をしたあと、何か言いたげにしつつもぐっと口を結びお辞儀をして去っていった。これはまあ普通にありそうなことだからいい。
次、二回目。
別の一人が布の小袋を落とした。どさっと草の茂った地面に落ちる音で気がついたんだけど、拾い上げるとその重量感に驚いた。
これ、落として気づかないの?
落とした本人はすたすたと歩いていってしまうし。走って追いつきその落とし物を渡すと、驚いた顔をされた。何が入ってるのか知らないけど、こんなの落として気づかないなんて私の方がびっくりだよ。
そしてその人はまたも何か言いたそうな顔をして、「中、見なかったんですか?」とだけ言った。「中、見ました?」なら分かるけど何で見なかったことを咎められなきゃならんのか。
見てないことを告げるとお辞儀をして去っていった。デジャヴ。
そして、三回目。
今度は一行の一人とぶつかった。私はよそ見をしていたつもりはないし、今思えばあれは当たり屋だった。
ぶつかった拍子に何かきらりと光るものが落ちて、拾って渡すと自分のものではないと言われた。明らかにこの人の服から落ちてきたのに何言ってるのかと不審に思ったのが始まりだった。
結局受け取ってもらえずにその人はどこかへ立ち去ってしまったので、とりあえずその落とし物を見た。銀色に光るそれには細かな模様が刻まれていて、慣れ親しんだ日本の銀色の硬貨とはまた違った色合いなんだけど、とにかく綺麗だった。森に途轍もなく似合わないほどには。
交番とかあるのか知らないし、そもそもこの国の落とし物事情は分からないのでフェデリナ様に渡しておいた。彼女は「もう、こんな高価なもの落とすなんて」とぷりぷりしていた。美少女可愛い。
そんなこんなで、さすがに何か企んでいるんだろうと目をつけたのが爺や。段々眼光が鋭くなっていくもんだから恐ろしい。どうしろっていうの。
フェデリナ様にそれとなくチクってみたものの、言い争いが始まるだけだったし、彼女の目を搔い潜ってやるもんだからお手上げ状態。新手の女学生のイジメか。
「──ひぃ」
森の中で休憩中、フェデリナ様たち、というか主に爺やと少し離れた場所で溜め息を吐いていると、ミレスが服を掴みながら見上げてくる。
最近やっと言動が掴めるようになって嬉しい。無表情ながらも言わんとしていることは何となく伝わるし、何より発語と語彙が増えた。
「つか……れ、た?」
「ん、大丈夫」
ぎゃぁぁぁぁあああああ可愛い可愛いかわいい心配してくれる幼女可愛すぎるこんなこと聞いてくるの初めてじゃない!? 爺やは正直うざったいけどこれに関してはグッジョブ!
これからもっと口数も増えてコミュニケーションも取りやすくなれば嬉しい。基本的に一人が好きだけど、それはそれとして幼女と一緒に過ごせるだけでなく会話も弾む未来は楽しみ。
もしかしたらずっと逃げ続けるだけの生活かもしれないけど。こうしてミレスとゆったりできる時間があるだけマシだと思うことにしよう。
この世界に来て、ミレスと出会ったあとくらいまでは、途方もないような道のりに思えた。今は少しずつ情報も得て、フェデリナ様たちのような協力者もいる。ローイン隊長みたいにいつ敵として立ちはだかるかも分からないけど、やらない後悔はしないようにしたい。できるだけこちらの事情を話して、信用してもらえるように。
そしていつかは、何にも怯えることなく、逃げることなく、生活できたらいい。
「そういえば、あの時考えた計画も大分変わっちゃったな」
衣食住の確保、まず何より資金調達。こんな逃亡生活では定職に就くのは無理だし、そもそも私にできる仕事があるのかも怪しい。フェデリナ様たちは各国を旅しているらしいし、住みやすそうな国の情報くらいは得られるかもしれない。
あとは、追手への対抗手段。
「ミレス、もう一回確認するけど、本当に私でいいの?」
ミレスは私を守ると言ってくれた。
私はミレスと一緒にいたいし幸せにしたい。でも追われている身で、今後も危獣を含めどんな危険が潜んでいるのか分からない上に、私は戦えない。ミレスに頼るしかない。それでも、一緒にいてくれるのか。
腕に抱いていたミレスを下ろし、膝をついて視線を合わせる。
ミレスがどのくらいの言葉で理解するのかも分からないから、子どもでも分かるように砕いて話した。
「……ひぃ、と」
「うん」
「ずっ、と……いっ、しょ、って……」
「……うん」
「いっ、た」
ぎゅっと首に細腕を回してくるミレス。
──いっしょがいい。なにが、あっても。
温かな“何か”とともに幼い身体から拙い言葉が伝わる。
「うん……うん、ありがとう」
「しん、じゅう」
「いや、うん。そうなんだけど、あれは言葉の綾というか」
意外と覚えているな。ローイン隊長が剣を向けてきたとき私の手を取ったくれたこと、感謝はしているけど。無表情かつか細い声で言われたらヤンデレとかメンヘラっぽいな。ミレスちゃんなら大歓迎だけど。
「アサヒ! 休憩終わりよ。これからもっと進むわ」
「はーい」
オレンジ髪の美少女がお迎えに来たところで幼女との逢瀬は終了。
そこそこミレスの充電はできたかな。新発見もあったし。
「ヘナロスさんは?」
「知らないわよ、もう」
フェデリナ様の霊術の師であり博識らしい爺やに色々聞きたいことがあったんだけどなあ。あの調子じゃまともに会話できそうにないし、質問できたとしても何か企んでるのかって刺激しそうだしな。
少し離れたところで男たち数人から囲まれた爺やに、面倒なことが起きませんようにと願うだけだった。




