32.出身地
あっさりと希望を打ち砕かれ溜息を吐く。周囲の似たような景色に納得でしかない。
ここがグルイメアの森なら、彼らがいてもおかしくない。早く逃げたほうがいい。だけど、下手に動いて彼らに近づくのもまずい。ここは情報収集をして逃げる策を練ったほうがいいはず。
フェデリナという美少女は心配してくれているようにしか見えないものの、調査隊の件もある。ミレスが今のところ危険がないと判断してもそう簡単には信じられない。信じて、裏切られたくない。
ローイン隊長も、ダズウェルさんも。信じなければ、少しでも親しくなれたと思わなければ、こんなに蟠りとなって残ることもなかった。
だったら、初めから事情を話そう。怪しいと敵意を向けてくるようなら早々に立ち去る。探り探りでは一向に進まない。賭けかもしれないけど、こちらの手札を明かしてしまったほうが展開も早いし傷も浅くて済む。
「あなたたちは、タルマレアの人ではないの?」
「え?」
ただ、タルマレアの人間、特に軍関係だったら話は別だ。また襲われる。国がそう決めたと言っていたから。
そんな危惧をよそに、美少女はなぜか驚いたように何か言いたげに口を開閉させている。
もしかしたらタルマレアの人ではないのかもしれない。翻訳機能のお陰で日本語変換してくれているけど、異世界語のままだったら意味は分からなくても言葉の違いくらいは分かったかもしれない。贅沢な悩みってやつだ。
「……私たちは、タルマレアの者ではないわ」
他国の人間がいてもおかしくはない。だけどこの森は指定区域に分けられ立ち入るのに許可がいると言っていた。タルマレアの国と何かしら繋がりがあったとしても不思議ではない。交友関係でなければ許可などでないだろうから。
それでも、タルマレアの人間ではないなら可能性はあるかもしれない。
「実は──」
グルイメアの森に来てから、今までのことをかいつまんで話した。異世界から転移してきたのだろうことは伏せて。
いつの間にかこの森にいたこと、男たちや危獣に襲われたこと、それをミレスが助けてくれたこと。ミレスを狙うタルマレアの人間から追われていること。だから、この場を離れたいこと。
じっと黙って私の話を聞いていたフェデリナは、ふっと息を吐いて困ったような表情を見せた。
「大変だったのね」
「信じるの?」
「嘘を吐く理由がないもの。それに、人を見る目はあるつもりよ」
にっこりと笑う美少女。イケメンよりも威力がすごい。
今の話を聞いて態度を変えないなら、タルマレア側ではないと信じられるかもしれない。
そういえばミレスを見ても何も言わないどころか、好意的にも思えた。伝承がタルマレアだけに伝わるものなのかもしれない。
それに、彼女たちがタルマレア側なら、私が目覚めるのを待つ必要がない。事情を聞いても同情するような言動を取って、また油断したところに漬け込もうとはしないはず。時間がないからと強硬手段のように仕掛けてきた奴らのすることじゃない。
「私は、アサヒ。この子はミレス」
「変わった名前ね。その格好もだけど」
とりあえず名前は保険をかけておこう。まだこの世界の常識を知らないし、奴隷の首輪なんてものがあるくらいだから、霊術とやらで本名を使って何かされないとも限らないし。まあ、今まで会った人たちが偽名を使っているようには思えなかったけど。慎重に行くということで。
「とにかく、私は逃げたいの。ここはグルイメアの森のどの辺りなの?」
「シィスリー領の第五指定区域よ」
「ん? タルマレアじゃないの?」
タルマレアという国の中にある森なのだと思っていた。それか、領地の名前なのかな。
「ああ、あなたたちはタルマレアから来たんだものね。グルイメアは三国に隣接する大きな森なのよ。タルマレア、ガザムストラ、シィスリーという国のね。ここはシィスリー側の第五指定区域なの」
広い森だとは思っていたけど、まさかそこまでとは思わなかった。今までいたのがタルマレア側の森だとしたら、あそこから結構離れているのかもしれない。油断はできないけど少し安心した。
「じゃああなたたちはシィスリーの人なんだ」
「……えっ、と」
外套を握りしめるナイスバディ美少女。その表情が陰る。何か言いにくそうな彼女の近くにいる熊のような男に視線を向ける。彼女を見つめるその顔は何を考えているのか分からない。
「……フェデリナ様」
熊男さんが久しぶりに口を開いたと思ったら、彼女のほうが立場が上なんだ。敬語キャラではなく普通に部下として接していただけか。
というより、この子何者なんだろう。武器を持っていたことから戦える人間だとは思うけど、言動からして兵士っぽくはない。あれかな、冒険者とか。ファンタジーモノによくあるやつかもしれない。この美少女がめちゃくちゃ強くてパーティのリーダーをやっているとか。好きだな、そういうの。
「あ、の」
でも様づけはしないか。もしかして偉い人なのかな。熊男さんが護衛だとして、本人も武装する兵士じゃない立場って何だろう。
「私、は……その」
悩ましげな表情も似合うな、美少女。
「私たちは、クナメンディア、なの」
「え? うん」
とても深刻そうな顔で分からない単語を突き付けられる。
「だから」
「うん」
「クナメンディア……」
「うん」
「……」
「……」
「何かないの……!?」
そう言われましても。クナ……何だっけ? それが指す意味も分からないし反応しようにない。ほら! と外套を捲られても、胸がでかい、いや変わった服だなとしか思わないし。この世界、これが目に入らぬか! 的なの多くない? 知らんのよ。
「本当に、知らないの?」
「うん」
困った顔をしてじっとこちらを見つめたかと思えば、溜め息を吐いて諦めたように下を向いた。その肩にそっと手を置く熊男。
「どうやら本当に知らないようです」
「……そのようね」
今まで何か言いにくそうだった原因が分かったものの、それが何だか分からない。
何と説明したらいいのか分からないのか、またも口を開閉させる美少女。彼女の代わりに口を開いたのは、隣の熊男さんだった。
「クナメンディアは、かつての大戦時に混乱に乗じて近隣の国に攻め込み、敵味方構わず虐殺、そして負けそうになったところを逃げ生き延びた歴史を持っています。野蛮で知能の低い国だと世界の評価は悪いのです」




