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幼女と私の異世界放浪記  作者: もそ4
第一部 邂逅
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31.疑心暗鬼


「──ッはぁッ」


 大きく息を吸う。

 どくどくと心臓が波打つ音が聞こえる。


 また、死んでいない。

 また、生きていた。


「──ぅ」


 腕はくっついている。足の骨も折れていない。首も、ついている。

 胸を刺された痕はなく、全身が鈍痛で軋んでいる。頭痛と吐き気が酷い。強い倦怠感で身体が動かせない。


「──ぁ」


 また、始まる。


「ひ──」


 また、殺される。


「──ゃ」


「あ、目が覚めたのね!」


 はっとして声の方向を見る。今まで実態の分からない人影だっただけに、余計に恐ろしく感じた。


「──っ!」


「あっ、まだ起きたらダメよ。目立った傷はなさそうだけど、安静にしていたほうがいいわ」


 心配そうな女の子の声だった。殺意があるようには思えない。

 そういえば、辺りは随分と明るい。


「──ひぃ」


「み、れす」


 ひんやりとした柔らかい感触が頬に触れる。下半身の上に乗っていた幼女は相変わらず軽く、全身の倦怠感や鈍痛に影響しないほどだった。

 思わずその小さな身体を抱き締める。嗚咽を堪え、身体が震える。


「──っ」


 あれは、夢だ。夢で、よかった。


「大丈夫? 落ち着いた?」


 しばらくミレスを抱き締めたあと、震えも治まったところで女の子から声を掛けられる。

 そういえば、いたんだった。


 改めて彼女の方を見る。

 年齢としては大学生くらいだろうか。オレンジ髪のポニーテールに整った顔。羽織っている外套から見え隠れする、豊満な胸と抜群のプロポーション。職業がモデルと言われても納得できる。この世界にそういう職業があるのかは知らないけど。


「私はフェデリナ──フェデリナよ。あなたは?」


 少し言い淀んだことに疑問はあったものの、それよりも問いに言葉が詰まった。名前を言おうとして思い止まる。素直に名前を言っていいものか。そもそも、彼女は誰なのか。

 ここは、どこなのか。

 忘れていたことが一気に思い浮かぶ。どうして忘れていたんだろう。あまりにも恐ろしい夢を見たからか。あんなことがあったのに。


 改めてミレスを見る。

 よかった。無事だ。どこか怪我をしているようには見えない。


 あれから、どうなったんだろう。辺りにはローイン隊長たちも、彼らと戦った爪痕もない。フェデリナと名乗った彼女は、服装も雰囲気も調査隊の人たちとは違う。

 だけど、見渡す限りは森の中だ。あの戦いとは違う場所だとはいえ、彼らが近くにいない保証はない。それに、彼女があの夢で襲ってきた人物だったら。あれが、予知夢のようなものだとしたら。

 逃げなければ。そう思うのに、腰が抜けたのか身体が思うように動かせない。


「異常なほど怯えています。それほどの何かがあったのでしょう」


「……そうね」


 フェデリナと言った少女以外の声に今更ながら気づく。近くには彼女以外に一人、声の人物であろう長身の男。筋肉質で熊みたいな体格をしていて表情は乏しい。彼女の仲間だろうか。こちらも調査隊と違った装いで、フェデリナと同系統の服だった。

 辺りを見渡すと、遠くの木々の間に数人いるのが見える。


「心配しないで。私たちはあなたに危害を与えるつもりはないわ。……と言っても、信じられないかもしれないけど」


 眉がハの字に垂れる彼女に敵意は見られない。あの夢のような狂気を纏っているようにも思えない。


「ベアール。どうすればいいと思う?」


 フェデリナは傍にいた男に問うと、彼は剣など武器となりそうなものを近くの木の下に置き始めた。彼女も習って腰に下げていた剣や荷物を地面に置いていく。武器だけではなく、荷物の入った袋も全て地面に置くと、その場から離れて戻ってきた。


「武器はこれだけです。あとはその少女に我々が危険ではないと伝えてもらうくらいでしょうか」


 男が示した少女というのがミレスだと分かったのは数秒後だった。今まで忌み子やら何やら敵意やネガティブな感情しか向けられていなかったからか、すぐに気づかなかった。

 当の幼女は男の視線を受け、私を見上げる。


「──ひぃ」


 ミレスは守ると言ってくれた。その言葉通り、ローイン隊長たちと戦ってくれた。目の前の彼女たちと敵対していないのは、調査隊だけを敵と認識していただけなのか、彼女たちが安全だと判断しているのか分からない。今までのミレスの導きを考えると後者であってほしい。


「だい、じょ……ぶ」


 服の裾を握り、小さく頷くミレス。ローイン隊長たちとの戦いのあと何があったのか分からないけど、今のところ危険はないと思っていいらしい。

 ミレスが私を信じてくれたように、私もミレスを信じよう。ミレスが大丈夫と言ったのなら、きっと大丈夫。

 あの夢の襲撃者ではない。あれはただの夢。そう自分に言い聞かせて、深呼吸をする。


「……ごめんなさい。取り乱してしまって」


「いいのよ! 信じてくれたならよかった」


 明らかにほっとしたような笑顔を見せる。


「でも、あなたたちによくしてもらう理由がない」


「倒れてた人を心配するのはおかしいことかしら。霊力もない女の子と幼い子がこんなところにいるなんて危ないわ」


 倒れていたのか。あの戦いの場で目の前が白くなったとき、ここに飛ばされた? ローイン隊長たちはどうなんたんだろう。


「私たちは森の様子を見て回ってたんだけど、そうしたらあなたがここで倒れてたのよ。その子が懸命にあなたを守ろうとするものだから、何もできなくて」


 ミレスが──?


 大きな瞳を瞬かせてこちらを見る幼女。服の袖を掴んだまま、胸に顔を埋めた。照れ隠しなの? 可愛すぎんか?

 段々言動に感情が籠るようになっている幼女に悶えそうになるけど、今はそんな場合じゃない。現状を把握しないと。


「ここは、どこ?」


 どうか、タルマレアではありませんように。あの光で転移してどこか遠くに飛ばされていますように。

 一縷の望みを抱いて問う。


「ここはグルイメアの森よ」


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