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幼女と私の異世界放浪記  作者: もそ4
第一部 邂逅
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30.泡沫の世界


 そこは白い世界だった。辺り一面に白が広がり、空も、地面も、木や小石一つすらない。

 歩き出そうとして、踏み出す感覚がないことを知る。ひたすら前に進もうとしてみても、前後左右すら分からない。

 自分を見ようとして、手足がないことを知る。自分が人間という認識はあれど、どこを見渡しても白しかない。


 そういえば、息をしていない。息遣いも聞こえない。

 いや、音すらなかった。


 ただ視界いっぱいに広がる白。

 何も聞こえない。何も触れない。何も感じない。

 ただ、白があるだけ。


 瞬きをする。

 その一瞬で、目の前に薄っすらとした黒が現れた。


 人の形を成していないはずなのに、瞬いたことは理解できた。視界に白が広がっている認識からも、目だけは機能しているらしい。


 再び瞬きをする。

 先ほどよりも黒が濃くなった。近づくという手段がない今、瞬きをしてその黒を待つしかない。


 どんどん黒が濃くなっていると認識したときには、目の前にそれが迫っていた。


 黒は靄のようで、触れた瞬間、そのまま手が飲み込まれる。

 手を認識したとき、その前腕には黒く太い血管のようなものが纏わりついていた。


 やっと身体を動かせると思ったときには、すでに身体ごと黒に飲み込まれていた。







 目を開けると、そこは暗闇だった。白の世界とは違い、赤や青の濁った色が揺らめいている。

 ぐらりと視界が回る。濁った様々な色が点滅する。

 気分が悪い。吐き気がする。


 今度は自分の身体を認識することができた。ただ、指先すら動かず、声も出ない。

 ただ暗闇に身体を横たえているだけだった。


 濁った紫が近づいてくる。それは不規則に揺らめき、人影を模していると認識したときには、片腕を大きく振りかぶっていた。


「──ッ」


 頭に衝撃が走り、目が回る。ズキズキと頭が痛む。

 殴られたのだと理解した瞬間、四肢に次々と衝撃が加わる。


「──ァ」


 痛い痛い痛い痛い。

 頭が、腕が、足が、焼けるように痛い。

 抵抗したいのに、動けない。

 それでも暴力は続く。濁った紫は緑に変わり、黄色に変わり、灰色に変わっていった。


「──ぅ」


 濁った人影が、両腕を振りかぶる。キラリと光るそれが鋭利な刃物だと理解しても、呻き声しか出ない。


「──ッァ」


 ゆっくりと、映像のスローモーションを見ているかのように、胸に刃物を突き立てられる。ずぷり、肉に食い込んでいく。

 スローモーションが、終わる。


「ぁぁぁぁぁあああああああッ──!!」


 一気に押し進められた刃物が、胸を貫き、血飛沫を上げた。







「──っは」


 水中から顔を出すように酸素を求める。

 じくじくと全身が痛む。胸に突き立てられたはずの刃物はない。


 辺りは薄暗く、茂った木の葉をつけた木々が揺れているのに、不気味なほど静まり返っていた。


 心臓を刺されて死んだはずだった。

 それなのに、視覚も、聴覚も、触覚も正常に働いている。

 息苦しく、胃から何かが競り上がってくるような感じがする。四肢は鉛のように重たい。


「──っハァ、ぁ」


 今度は動ける。酷く気怠さと頭重感があるものの、身体を起こせた。


「……」


 どこか既視感を覚える場所だった。薄暗く、辺りを見渡す限り静寂と暗闇が広がるのに、犇めくほどの木々に見覚えがあるような気がした。


 木に手をつきながらゆっくりと立ち上がる。眩暈と吐き気を必死に堪えながら、両足を地につけた。

 ここがどこかも分からないまま、まるで重りをつけられたかのように動いてくれない足を引き摺る。


「はぁ……はぁ……」


 腕も上がらず、映像で見るゾンビのような恰好だった。まるで、四肢を鎖に縛られたような──。


「──っあ!」


 突然、右肩に激痛が走る。衝撃に耐えられず、地面に転ぶ。

 肩に突き刺さったそれは、矢だった。


「ぁ、ぁ」


 痛い、痛い、痛い痛い痛い。

 じくじくと傷口が痛む。腕が痺れる。


 そして、次々と飛んでくる矢。


「ぃっ、あ!」


 腕に、足に、容赦なく矢が突き刺さる。

 逃げようにも、腰が抜けて動けない。痛みに蹲るしかない。


「は、ぁ、ぁ、ぁっ」


 気がつけば、黒い人影が、目の前に迫っていた。


「──っひ」


 きらりと何かが鈍く光った。


「っぁぁぁぁあああああッ!!」


 うでが、ない。ひだりうでが、いたい、ちが、


「ぁぁぁぁぁっぁぐッぅ!!」


 あしが、へんな、ほうこうに、まがっ、


「ぎゃぁぁぁぁあああああッ!」


 くびが、ぐ、くる、じ、ぃ、い、ぁ、ぁ、


「──ッひ」


 腕を切断され、足の骨を折られ、首を絞められ、


「────ァ」


 最後に、頭を潰された。


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