27.非情の兵士
「どうにも飛び道具は苦手なものでね」
顔を上げると、視界に入ったのは見慣れたイケメン。手には何も持ってないものの、発言は先の攻撃が彼だと告げていた。
「な、なに」
声が震える。
どうして、ローイン隊長が。怪我をしていたら駆けつけて回復してくれそうなイケメンが、攻撃してきた張本人だなんて、嘘でしょ?
「君を殺すつもりはないんだ。ただ、君たちを引き離すためにはこうするしかないと上が判断した。どうにも君を説得できないみたいだからね」
何を言っているんだろう。
ミレスを奴隷にすればいいと、そう提案したのは隊長だ。それでミレスを制して示せると、そう言ったのに、どうして。
どうして、冷たい瞳をこちらに向けるの。
「それに、君は色々と隠し事をしているだろう。それを探っている時間がなくなったものでね」
──アイツは、両親を……忌み子に殺されてんだよ。
ふとダズウェルさんの言葉が脳裏に浮かぶ。
ずっと変わらない態度だから失念していた。
「このっ、子が、両親の……仇、かもっしれないから……?」
じくじくと左腕が痛む。同時に、どくどくと心臓の音がうるさい。
「何か勘違いしているようだけれど──両親は関係ないよ。どうでもいい」
「だったら、どうして……!」
「ソレは必要悪なんだ」
「は……?」
復讐だと思えば、予想外の方向から殴られ唖然とする。
示された幼女は、服にしがみついたまま何の反応もない。
「大昔、ソレの災害で人々は恐れ、団結して対抗した。しかしソレが封印されて人々の記憶から消える頃には人間同士の諍いが絶えなくなった。あの厄災の忌み子のお陰で人々は集結できるんだよ。ああ何て恐ろしいことだ。いつか封印が解けないよう日々知識や技術を磨き災害の時に備えよう。悪いことをしたら忌み子に呪われてしまうよ、なんて幼子への教訓にもなる。ソレが封印されている、それだけでね。そしてその災害は他国への牽制にもなる。だから本当に忌み子が現れたのだとしたら、再び封印しよう。教訓と牽制のために、更なる厄災を振り撒く前に──そうこの国が決めた。私はそれに従うだけ」
本当に恨みなどないといった様子だった。
ただ、国のためにミレスが封印されるべきだと本気で思っている。
「君はソレに首輪をつけることにも難色を示しただろう? 私の話を聞いて、見せかけの装飾品でもいいと考えなかったかい」
ぐっと押し黙る。
見抜かれていた。
ミレスに首輪が必要なら、この子が周りを自発的に攻撃しないなら、見せかけだけのチョーカーなんかでもいいと思っていた。
「それでは国として危惧せざるを得ない。君はソレを信用しているみたいだけれど、同じように信用できる人間が一体どれだけいるんだろうね。ソレは封印されなければならない。何も殺すわけじゃないさ。動きを止めるための矢は外してしまったけれど、君を害する気はない」
「本当、に……っ本当に、そう、思ってるんですか」
腕が、心臓が、痛い。
ミレスに当てるはずだった弓矢が私に当たったことが辛いんじゃない。あんなにも気にかけてくれたローイン隊長が、国の命令だからと簡単に攻撃に転じられることが、こんなにも辛く苦しい。
もちろん、ミレスが私を救ってくれて得た親愛を、他者が抱けるとは思わない。もし本当にミレスが昔話の忌み子なら、信用しろという方が無理なのかもしれない。
それに、要はこの人たちにとって私が信用できないと思われたから、だからこうして力で抑え込んでしまおうと考えたってことでしょ。
私が、私の態度がそうさせた。ミレスを危険な目に遭わせることになった。
「私の意思は関係ない。それが国の命令だ」
初めから本当のことを話せばよかった? 異世界から来たんです、って?
いや、多分同じだ。話したところで、この世界のことを何も知らないからいいように扱われていたかもしれないし、私にはその判断ができない。少しは好意的だと思っていた隊長は国の指示で動く兵士だ。どう動こうと、国が危険だと判断すれば断罪される。
だから、こうなるしかなかった。
「──っ」
それでも。
「ぁ、ぅ」
それでも、脳裏に浮かぶ隊長の言動が、全て嘘だったとは思えない。思いたくない。
少し驚いた顔も、危獣に向かう真剣な顔も、平然と痒くなるようなことを言う真顔も、少し気を許したような柔らかい表情も、全部、全部、油断させるための演技だったわけじゃないでしょ。
いっそ国から脅されているとか誰かから操られているとかだったらよかったのに。
でも、そんなことはないって、分かってる。
ローイン隊長とは、もう、相容れない。
「シーヴ!」




