28.ノー・お約束
リッダベルタで土地を買って五日経った。埃っぽさが残る陰気臭い雰囲気も多少改善されたし、寝心地も悪くはない。それなりの食事も摂れている。
というのも、ここに住み着いていた親子三人が復活した上、店仕舞いを余儀なくされた一家を雇い入れたお陰だ。前者は主に建物の修繕や掃除、後者は採集と料理を担ってくれている。
そして大きな収穫が一つ。実はこの古城のエントランスの庭にはミニ霊大樹──小さいのか大きいのかどっちなのかというツッコミは置いておいて──が生えていたらしい。根っこが残っていたことで最低限建物の崩壊が免れたのではないか、というのがヘンテコンビの見解だ。ミレスちゃんとキィちゃんのお陰で復活した霊大樹が、ここにいる人たちを活気づけている。遺棄場の泉ほどの力があっても困るから、活力バフがかかるだけというのはちょうどいい。何せ飢餓状態だった母娘が元気に掃除できるくらいだ。相変わらず霊力って凄いね。
それから霊大樹が復活したからなのか何なのか、周囲の木々も発色がよくなって実をつけるようになったし、見かける動物も増えた。ノマくんとダズウェルさんが狩りをしてくれるし、問題なく自給自足できている。
ちなみにヘンテコンビが狙っていたのは霊大樹ではなく、精霊石が埋まった土地だったらしい。ヘンテコンビが研究をしている小屋の地下からそれは発掘された。精霊石が採れる資源地は大体国が保有しているから、こうして国が関与しないような土地の精霊石は貴重なんだそうな。ミレスちゃんのパワーアップのために少しもらおうかなとも思ったんだけど、ルガリスの喜びようと今後の投資も兼ねてやめることにした。ローイン隊長の件が多少難航しているようで当初の予定よりも遅れているみたいだし。
「ヒオリサン」
「ん?」
振り向いた先にいたのは、少年とも青年とも思えるくらいの男の子。町を追い出された料理屋の息子だ。
「ラント、どうかした?」
「ノマサンが呼んでた。あと昼飯できた」
「ありがと。ノマくんのとこに寄ってから行くね」
「ん」
ぶっきらぼうな感じだけど怒っている訳ではない。これが彼のスタンダード。最初は機嫌悪いのかなと思ってたけど、慣れたら気にならないものだ。
「おにいさま!」
「うぉっ」
後ろからラントに抱きついてきたのは、ふわっとした栗色の髪の愛らしい少女。ここに住み着いていた一家の一人娘のジェミーだ。目覚めてから元気になると、ラントを兄のように慕い、どこに行くにもついていくようになった。ラントも邪険にしつつもまんざらでもなさそうなんだよね。
そんな微笑ましい二人を尻目に、ノマくんのとこに向かう。
「こっちかな。おーいノマく──ん?」
「わっ、あっ、えっ」
「ごめん」
思わず方向転換。裏庭に続く入口近くにノマくんとダズウェルさんがいた。なぜか裸で。
いや、何で下まで。
「これは、その!」
それにしてもダズウェルさん、めちゃくちゃいい身体してたな。ノマくんも意外と筋肉ついているなと思ってたけどこっちも着痩せするタイプか。
「とりあえず服来なよ。あ、私の上着使う?」
「っ! いえ、まだ死にたくないので遠慮しておきます」
まあ大きめなサイズとはいえ、私のだとちょっとキツいか。大人しく着替えを持ってこよう。
それにしても死にたくないって何? 失礼な。ちゃんと洗濯してるし臭くないと思うんだけど。
「大変見苦しいところを失礼しました……」
数分後、服を着たノマくんが若干青ざめた顔で頭を下げた。
「こっちこそ何かごめん。私は見慣れてるから大丈夫」
「……え?」
仕事で老若男女問わず裸なんて見てきたからね。今さら他人の全裸を見ても特に思うことはない。どうしても筋肉には視線が行ってしまうけれども。
いきなり現れたこっちが悪いかと思ったけど、あんなところで服を脱いでるほうにも問題はあるよね、うん。
「ここはお互いさまということで──ん? ノマくんどうかした?」
「あ、いえ」
何だかさっきより顔色が悪い。赤いような青いような。そういえば身体が濡れていたみたいだし、風邪でも引いた?
なんてことを考えて咄嗟に手を伸ばそうとしたら、弾けたように顔を上げたノマくんが後ろに退いた。
「ひぃ」
「わっ」
突然ノマくんの後ろから幼女が飛び込んでくる。慌てて受け止めると、いつものように抱きついてきた。
「ほったら、みず、でてきた。とうとい、ぎせい」
「言い方ぁ」
確か水源を確保したいとか言ってたな。それで掘り当てたのはいいものの、ノマくんたちがずぶ濡れになったということかな。それにしても部屋で脱いだらいいのに。
「水が魔気に汚染されていたようなので、早めの対処をと思い仕方なく……」
私の考えていることが見抜かれたのか、ノマくんが答えてくれた。
「なるほど。じゃあちゃっちゃと浄化してお昼ご飯にしよ。ラントたちも待ってるし」
「ん」
「ノマくんどうかした?」
「いえ、相変わらず凄い方だなと」
「何が?」
「そういうところです」
「意味わからんよ」
「浄化とか簡単に言えること、それを惜し気もなく使うことです」
「ん? 何か言った?」
「いえ」
先ほどとは打って変わって柔らかな表情のノマくんを不思議に思いつつ、裏庭から外に出た。
しばらく水が噴き出していたのか辺りはびしょ濡れで、地面に空いた穴には水が貯まっている。傍らに立っているダズウェルさんの隣に立って、そこを覗き込んでみた。私には魔気がどうとかまでは分からないな。
「水、使えそうです?」
「あぁ」
「あの人のこと、心配ですか?」
「……」
これまでの道中、指示がなければ特に何もしようとしなかったダズウェルさんが積極的に動いている。どういう心境の変化かは分からないけど、少なからずローイン隊長が関係しているに違いない。術の解析や覚醒の下準備が長引いてるとルガリスから聞いたとき、この人は何を思ったんだろうか。
記憶が戻ればいいのに。私たちのことは覚えていなくても、ローイン隊長のことだけでも思い出してくれたら。ちょっとだけ感じているやるせなさもなくなるのに。
「──よし」
インフラ整備は任せて、ルガリスたちを問い詰めてこよう。約束の期日は過ぎているし。
「れっつごー」
「おー!」
幼女を抱き抱えたまま足早にルガリスたちのいる小屋へ向かう。途中でラントから差し入れを受け取るのも忘れずに。
「頼もー!」
「もー」
一応ちゃんとノックをして、勢いよく扉を開けた。
「うっわ」
視界に入ったのは埃だらけの部屋でこちらを振り向くゾンビのような何か。相変わらず前髪が長くて不気味だし、そこから覗く瞳は死んでいる。隈も凄い。
「……あ、あー……つんい、夢中になってしもぅて」
「そんなに難航してるの? この人、起きそうにない?」
「身体は問題ないんよ……術の反作用も解いたし。こん人が起きんのぅは、意識の問題みたいなもんやね……脳が拒否しとるんよ」
「そっか」
ルガリスの治療? ですぐ覚醒するのかと思っていたけどそう簡単にはいかないのか。この人が何を考えているのか本当に分からないし、恐らく原因の一つであろうダズウェルさんがいても起きないなら何をしても意味なさそう。
でもなぁ。いつ目覚めるか分からない人を待ち続けるのもしんどいし、起きたら聞きたいことはあっても、以前ほどの怒りもなくなってしまった。
とりあえずここの屋敷もそのままにはできないからあと少し様子を見ることにするか。ちょっとやりたいこともあるし。
「というか、やること終わってたんなら早く報告してよ」
「あーぅ、色々試すのんが、楽しんくのぅて」
「は?」
「す、すんませぇん……」
マッドサイエンティストめ。別に隊長をどう扱おうが知ったこっちゃないけど、予定がずれるのは困る。
「そういえばあんたさ、何で凄腕の魔術師っぽいのに私に怯えるわけ?」
魔術師というか霊術師か。それはさておき、私たちの中で一番非力な人間から一歩引くルガリスが気にはなっていた。まあ少しだけね。
相変わらずぼさぼさで長い前髪のせいで表情は読めないけど、なぜか固まっているように見える。前髪の僅かな隙間から、きらりと光ったのは綺麗なエメラルドグリーン。一瞬だったけど宝石のように煌めいて見えた。
まさかと思って、そのむさ苦しい前髪を掻き上げた。
「!?」
「あ、よかった」
どう見てもイケメンじゃない。肌は荒れてるし隈は酷いし、風貌そのままという感じ。目隠れキャラが美形というお約束を破ってくれてありがとう。
「──っ」
「あ、ごめん」
思わず、ルガリスから伸ばされた手を叩いた。
いや、だって髪の毛ですらベタついてるんだもん。それに人体実験してるような素手は怖いでしょ。髪の毛も十分怪しいけど。早く手を洗いたい。
とか思ったのも束の間。
「っんぐぇぶ」
ルガリスは変な鳴き声を上げて視界から消えた。
「らいん、ごえ」
「わー」
端っこのガラクタに埋もれた男より部屋の強度が心配になる私は、人の心がないのかもしれない。
「ミレスちゃんや、あの人には色々やってもらわないといけないからほどほどにね」
「む」
むくれる幼女もくそかわなんだけど。より感情表現が増えてきて、語彙も私の頭から引っ張り出しているからか、とても私好みの反応をしてくれる。ほっぺを軽くつねっても可愛さしかない。
「ミレスちゃん、食べちゃいたい」
「みぃ、おしいくない」
「えー、甘そう」
「ぅ、ぅぅ……」
何か小さい呻き声が聞こえた気がしたけど、まあいいか。それよりもノマくんたちに隊長のことを伝えないと。
五日もあれば先に進めると思ったのに、予定外だ。これからのことを考えないといけない。
「メー様、いる?」
「なんじゃぁ」
寝惚けたような声を出しながら現れたのは毛むくじゃらの精霊。キィちゃんといい精霊は寝ることが好きなのかな。
ちなみに名前はメェム何とかというらしいんだけど、覚えられないしあまりに言いにくくて勝手に省略している。噛まずに呼べる人いるのかな。
「頼みたいことがあるんだけど。これ、前報酬ね」
「ん? お、おぉ……!」
一気に覚醒したようにバッグから取り出したものに飛びつく精霊。賄賂はラントたちに作ってもらった試作品のお菓子だ。フォールサングの名物とするべくあの甘ったるい爽やかあんこを生かせないかとレシピを思案中。そのうち商品化して交易できたらいいなあなんて。
まあこの精霊は甘いものだったら何でもいいみたいで、味見役としてはあまり適任ではないんだけど。
「──ってことで、お願いできそう?」
「うぅむ。任せておれ。そこで伸びておる弟子が起きたら取りかかろうぞ」
「ありがと、よろしくね」
便利グッズ開発、しっかり頑張ってもらうよ。
い、一年以上経っている……?




