26.仲直りからの古城
宿屋のベッドの上で正座をしながら対面する。目の前にいるのはミレスちゃん。
やっとあのとき何があったのか話してくれると思うと、少しだけ緊張する。
「まずは、あやまる」
「え?」
「ごめんなさい」
「ミレスちゃんが謝る必要なん──ぐぇっ」
前のめりになった瞬間、黒い枝に口を塞がれた。黙っていろということだろう。
こういうところがダメなんだよねきっと。
了承の旨を伝えるため頷くと、ゆっくりと黒い枝は離れていった。
「いってくれないことが、いや。しらないことが、いや。」
これは多分、リーラメルキュで魔教徒に襲われたことを言っているんだろう。
ローイン隊長がバラして、それでこの子が怒ったのかな。疲れていた、というのは言い訳にならない。この子のためを思うなら、きちんと話すべきだった。私だってミレスに隠し事をされたら──それが命に関わることだったら、悲しいしやるせなさを感じる。
判断を間違った私が悪い。
「ひぃのこと、みれすがいちばん、しりたい」
謝罪を口にしてしまいそうになるのを必死に堪えながら、ミレスの言葉に頷いた。
「ほかのやつに、わたさないで」
出会った頃はあんなに無口で無感情のようだったミレスが、こんなにも人間らしい感情を抱いてくれている。これ以上の幸せはないくらいだ。
「ぜんぶ、いって。なにも、かくさないで」
「……」
「ひぃは、みれすのいちばん。みれすのいちばんも、ひぃ」
「……」
「へんじ」
「はい!」
思わずその小さな身体を抱き締めた。今度は怒られずに抱き締め返してくれた。
「ちかう?」
「もちろん誓います」
「ん」
これは許されたと思っていいんだろうか。いや、許されなくてもいい。私が今日のことをずっと忘れずに胸に刻み込んでおく。
「……それで、あの人とは何があったの? 向こうから仕掛けきたんだよね?」
「ん。むかついた、から。ちょっと、はんごろし」
「瀕死だったけど?」
「……しにたがってた、から」
ミレスちゃんにも分かったんだ。まあ勝てないのに挑んでくる意味ないもんね。
「ちゃんと寸止めしたのは偉いよ」
「おもいどおりになるのは、しゃく」
「それな~」
私が悪いのは百も承知だけど、それとは別に私たちに亀裂を入れようとしたあの人を許せはしない。起こして、しっかりツケを払ってもらうんだから。
「そういえばノマくんとは何を話したの? やけに仲がいいみたいだけど」
「……ひみつ。おとこの、ちかい」
ガヴラのときもそんなこと言ってなかったかい。隠し事はなしって話をしたばかりなのに、秘密主義だねこの子は。まあ命に関わることじゃないならいいんだけど。
「のまは、わきまえてるから、いい」
「何を?」
「じぶんの、たちば」
怖いよ。本当に何があったんだ。
◇
一つの悩みが解決してぐっすり眠った翌日、みんなと合流した。巨大化したキィちゃんが銜えているのはルガリスと精霊。寝息だけでなく寝顔まで変なんだけど。
元のサイズに戻ったキィちゃんを撫でつつ、眠ったままのヘンテコンビを幼女の黒い枝で運んでもらうことに。
行き先は昨日買った土地。ノマくんの話では、元々名家があった小さな領地らしい。名家が没したあと、スラム街のようになっているとのこと。そんなところにヘンテコンビが求める場所があるのか本当に謎なんだけど。当人たちは黒い枝に簀巻きにされたまま寝てるし。
「ここですね」
「わー、これはまた」
ノマくんの案内で辿り着いたのは古めかしい城のような建物。放棄されて三桁の年数はいってそうなくらい、かなり年季が入っている様子。周囲にいくつかの小屋があるけど、特に研究所とか魔塔みたいなファンタジー要素はない。
「ねえ、着いたんだけど」
「あでっ」
黒い枝から解放されて地面で寝ているルガリスの頭をべしっと叩いた。のっそりと身体を起こしたぼさぼさ頭は、あくびをしながら目を擦る。
「んぃぃ……そんじゃ準備してくんから、待っててくんさい……」
「どのくらいかかるの?」
「完璧にやんなら五日くらいやんな」
「ウむ」
いつの間にか起きていた精霊に確認するルガリス。
結構時間かかるのか。ゆっくりと歩いていくその後ろ姿を見ていると、少し心配になってくる。しかもメインの建物じゃなくて小さな小屋のほうに入っていくし。
「どうします? 五日もここに留まっておけないですよね。その人連れて町に戻ります?」
「少し待っててもらえますか? 僕、中を見てきます」
振り向いてダズウェルさんに尋ねると、代わりにノマくんが答えた。と同時に、大きな建物に向かって走っていく。
行動が早い。偵察なんてミレスちゃんに任せておけばいいのに、生粋の部下気質だな。
「戻りました」
「ありがと。どうだった?」
「一部人の手が入っているようでした。誰か住み着いているのかもしれないっす」
「そうなんだ」
この周囲は森と廃墟って感じだし、雨風を防げそうな建物に避難するのは当たり前だよね。むしろ避難所になっていないことのほうが不思議に感じるくらい。
「中心部に戻るのも面倒だし、中で待とうか。食料だけ調達すればいいよね」
「そうっすね」
誰かに遭遇しても、権利を持ってるのはこっちだから問題ない。用が済んだら私たちは出て行くし、もしルガリスたちの拠点となったとしてもかなりの広さだからいいよね。
そんなこんなで中に入ると、外観とは違って確かに比較的綺麗だった。エントランスに該当するであろう場所の中心には地面が剥き出しになっている。庭のような場所だったのかもしれない。その奥にはいくつかの扉と階段がある。奥行きも結構ありそう。
誰かいるなら先に話してしまいたいと思ったけど、これは会うのも一苦労だな。
「ファルナーニンセグ、こっちです」
多分ローイン隊長を寝かせるためだろう。ダズウェルさんを連れてノマくんがどこかへ消える。
「ひぃ」
「ん?」
幼女が示す方向に向かう。
さて、センサーに引っ掛かったのは何でしょうね。
廊下をしばらく歩いた先、とある扉を開く。建付けの悪いそれを黒い枝で開けてもらい、中を覗くとキッチンのようだった。調理器具は古びていて到底使えるものではない。水が出そうな感じもないし、ここは使われていないんだろうな。
ここに何があるのかと思えば、幼女が指差したのは恐らく貯蔵庫のような扉。お願いするまでもなく黒い枝が伸び、その取っ手を掴んで引く。
そして姿を現したのは、三十~四十代くらいの男女と小さな女の子。
「ひ──っ」
「びっ、くりしたぁ」
お互い驚いて固まった。こっちは死体かと思って少しひやっとしたけど、向こうは怯えているようだった。多分向こうの立場からしたらホラーだもんね。隠れてたのに見つかったという。別にこっちはお化けでも殺人鬼でもないけど。
それにしても男性の腕に抱かれている女性と女の子に生気がないのが気になる。女の子はぐったりしているし。
「あの、私ここの権利を買い取った者です」
「す、すみませんすみません! どうか、どうか妻と子どもだけは……!」
わーお、完全に悪役なんですけど。そんなつもりないのに。でも男性もやつれているし、正常な判断なんてできないか。
「キィちゃん、この人たち治療してくれる?」
『ん~……? 主さま、意味ないよ~』
「何で?」
「けが、してない」
あー、なるほど。問題は飢餓状態で、治療の範囲外ってことね。
「とりあえず何か食べ物……は非常食しかないか。もっと胃に優しいものがいいな。ひとまずゆっくり休めるところに運んでもらえる?」
「ん」
「──っ!」
「あ」
黒い枝が三人を捉えようとしたとき、男性が奥さんと子どもを抱き寄せたまま動かなくなった。息はしているからどうやら気を失ったようだ。怖がらせるつもりはなかったんだけど、抵抗されても面倒だしまあいいか。




