25.素敵な夢を
そんなこんなで、やってきたのはリッダベルタという国。リーラメルキュとそこまで離れていない大国らしい。地図上、北東へ向かう予定が北西に進んでしまった状態。
でも転移の術はいわゆる魔方陣があれば割と簡単に使えるらしいから、ヘンテコンビが今までそれを残してきた場所、これから好きな場所に残してもらえばある程度自由に移動できる。シィスリー方面にも行ったことがあるみたいだから、今度そこに飛ばしてもらおう。
とりあえず今はローイン隊長のことが先だ。近くの町まで移動して、その欲しい場所とやらを購入することにした。
全員で行くと目立つから、私の他にミレスちゃんとノマくんの三人だ。大国ということで霊獣や精霊のことで面倒となる可能性もあるし、ローイン隊長を抱えてくれているダズウェルさんはもちろんのこと、ぼさぼさ頭かつ身なりもぼろぼろな不衛生男は論外。本当はミレスちゃんも一緒じゃないほうが面倒事も少ないんだろうけど、さすがにもう離れたくない。戦力的にもいてくれないと困るし。
ということでキィちゃんはいないけどリーラメルキュ以来の三人で目的地を目指した。この世界の解説役であるノマくんには本当に感謝している。
「リッダベルタは王都周囲は常に厳重体勢で待遇もいいみたいなんですが、それ以外の領地の治世は結構厳しいようですね。この辺はかなり辺境なので特に影響を受けてると思うっす」
道中、年齢問わず行き倒れている人がいた。やっと辿り着いた町も空気はどんよりとしているし、道行く人の生気が失われている。多少魔気の影響もあるかもしれないけど、多分その治世のせいなんだろう。地方に人や資源が行き届かないなんていうのはどこもそんなものかもしれないけど。
ここに精霊が欲しい場所があるということが不思議だ。特に霊力が溢れている場所なんてものもなさそうなのに。
「エコイフはあそこですね」
「ありがと」
中に入った瞬間、カウンターに肘をついている男が目に入る。いかにもやる気がなさそうだ。
「すみません、土地を購入したいんですけど」
返事もせずに頭から足元まで視線を寄こしてくる男。ノマくんが無言で前に出る。
「どこの?」
「地図を」
ノマくん、意外と短気だね。そりゃこんな態度を取られたら無理もないか。
「ここを」
地図上で指を差すノマくんを男が笑う。
「ははっ! こんなとこ買ってどうするってんだ。領主様も切り捨てたいって思ってるとこだぞ」
「じゃあいいじゃないっすか」
「まぁそうは言ってもこっちも商売だからな。これでどうだ」
普段温厚そうな分、真顔のノマくんが怖い。
「いくらだって?」
「白札十五枚です」
ノマくんに耳打ちすると、返ってきたのはそれなりの金額。不要な土地という割には吹っ掛けてきたな。私たちそんなにお金を持っていそうには見えないのに、払えると思ってるのかな。それともこっちを嘲笑いたいだけ?
まあ何でもいいけど。
「小聖貨二枚出すから、その土地に関する権利全部くれない?」
「っ!」
息を呑む男。手で口を覆うけど、そのニヤつきは隠せていない。カモだとでも思っているんだろう。
私からしたら、未来への投資としては悪くない額だ。
「ちょっと待て」
カモを逃がさないためか、男は慌てて後ろの棚から何やら書類を探し始めた。
指紋認証ならぬ霊力認証は羨ましいな。多少霊気やら魔気やらが分かるようになった今なら、私もいけるかな。いけるなら防犯リュックを買いたいんだけど。
そんなことを思いながら待っていると、男が紙を差し出してきた。
「ここに署名しな」
「ノマくん」
「はい。……問題ないかと」
「ありがと」
本当にノマくんがいて助かる。ローイン隊長はもっと労るべき。
「買うよ」
書類にサインをして、わざわざ小聖貨を引き出して現金で払ってやった。クレジットカードみたいに払うと証明札の情報が多少なりともこの男に伝わって嫌だったのと、現金のほうがよりこの男を焚き付けられると思ったから。この治安だと少しくらい自分の懐に入れていそうだし。小聖貨を見るその目が、欲望に眩んでいると傍から見てよく分かる。
ま、私には関係のないことだ。
「これで手出し無用だよ」
「あぁ、んなとこ焼くなり何なり好きにすりゃいいさ」
にんまりと笑う男を背にしてエコイフを後にした。扉が閉まる寸前、耐え切れず笑う男の大声が耳障りだった。
「あんなに出さなくても」
「いいのいいの。それよりさ……」
「?」
少し首を傾げるその表情は、エコイフでの態度と違い年相応に見える。
ガヴラといい、生まれて育った環境がそうさせたのだとは分かるけど。今からでも遅くないから十分に幸せになってほしい。
「きぃ、だいじょうぶ。きんにくも、ある」
まるで見透かしたような、幼女からの悪魔の囁き。
「……いいよね、少しくらい」
「ん」
ミレスちゃんも共犯となってくれたことだし、行きますか。
といっても土地勘もないし看板の文字も読めないからノマくんに頼るしかないんだけど。
「あの、本当に入るんですか?」
到着したのは、女の人が薄着で接待するようないわゆるそういうお店。ここでは女酒場というらしい。
これはまあ、ちょっとだけ興味があるのと、ノマくんのためだ。年上が好みだと言っていたし、いい夢見せてあげようじゃないか。
「お兄さん、結構いい身体してるわねぇ」
「ふふ、本当に」
豊満ボディたちがノマくんに迫る。この世界に来てフェデリナ様以上のものを初めて見た。凄いメロンだ。いや、スイカ。
香水なのかとてもいい匂いがするし、これで堕ちない男いる? 選べないから複数お持ち帰りしちゃったりして。
「あ、はぁ」
なんて思ったら、ノマくんは照れるどころかすんとしている。あんまり惹かれる人いなかったかな。大きいより小さいほうが好みか?
それとももしかして、こういうところに慣れているとか。仕事三昧でそういう暇なんかないと勝手に思っていたけど、むしろ任務とか付き合いで行く機会もあるのでは。
擦れているのか、君は。
「僕はいいのでヒオリ様にどうぞ」
何でこっちに振るんだ。
私はフェデリナ様くらいが好みだ。
「ちっちゃい~!」
「かわい~!」
私たちが盛り上がらないためかなぜかミレスちゃんが持て囃されていた。やっぱり私より立派な浮気じゃない?
止められているからお酒も飲めないし、食事がおいしいとはいえあんまりだ。
結局、ノマくんは始終ローテンションのまま店を出ることになった。残念。
だけど外に出ようとしたとき。
「わっ」
「っ!」
段差に躓き転びそうになったところを、すぐ後ろにいたノマくんが支えてくれた。お礼を言おうと振り返ると、思った以上に近くに顔があって驚く。と同時に、ほんのり顔が赤いことに気づいた。
何だ、平静を装っていただけで、ちゃんと大人のお姉さんにくらっと来てたのか。
「一人くらいお持ち帰りしたらよかったのに」
「……あのですねぇ」
お礼より先に思ったことがそのまま口に出てしまった。ノマくんが呆れるのも仕方ない。
「ごめんね。ありがとう」
「……いえ。気をつけてください」
何か言いたげな視線だったけど、それ以上何も言って来なかった。
「ひぃ、わるい」
「デリカシーなくて悪かったって」
他人のこと言えないよね、反省。
気まずい雰囲気になってしまって雑談もできないまま、宿屋に向かった。
自分よりも少し大きいその背中に、今さらながら後悔が押し寄せる。いらないことをしたばかりに、言ったばかりに、ノマくんを傷つけてしまったかもしれない。いつもよくしてくれるお礼のつもりだったんだけど、余計なお世話だった。
宿に着いて、ようやくノマくんが喋ってくれた。居残り組を連れてくるという事務的な会話だったけど。それでも、口を利いてくれたことに安堵した。
駄目だな。本当に学ばない。こんなに気を許してはいけないのに。
「……あの」
「うん」
部屋の扉を閉めようとしたとき、ノマくんが意を決したように口を開いた。
「言っておきますけど、僕、ああいうの興味ないっすから」
「ごめんなさい。本当に反省してます」
「……怒っては、ないです。そういう顔をさせたかったんじゃないっす」
どういう意味だろう。
「あの、本当にそんな気はないんで、今だけは見逃してくれませんか」
「……ゆるす」
「どうもっす」
なぜかここで幼女に向かって話すノマくん。二人の間に何があったんだろう。思い当たるのは、あの小屋でノマくんとミレスちゃん、キィちゃんがいなくなった時くらいだけど。
「もしかしたら、僕がこの前言ったことであんな店に連れていってくれたのかもしれないですけど。僕は、誰でもいい訳じゃありません」
「……そうだよね。ごめん」
「いえ、だから、その……」
「ん?」
「ん」
ミレスちゃんがノマくんを黒い枝でぺちぺちと叩く。
ちょっと、やめなさい。
「──っ今は、ヒオリ様のことで精一杯っすから!」
「え?」
「しっかり鍵をかけてくださいね。誰が訪ねて来ても部屋を出たら駄目っす。それがたとえ僕でも!」
「う、うん」
矢継ぎ早に親みたいなことを言い、急に走り去っていくノマくん。
「私相手に母性でも目覚めたのかな」
アラサーなんて身体機能は衰えても中身は二十歳くらいと変わらないからな。だからノマくんにも呆れられるんだ。ちゃんと反省しないと。
「さすがに、かわいそう」
「え、何が?」




