23.変人と変人
変な生物は、剣の柄に手をかけているダズウェルさんを気にも留めず近づいてくる。
「人間、ソレくれぃ!」
手なのか翼なのか分からないもので指された先には、私のリュックがある。色々入っているけど何が欲しいのか。
そもそも、誰?
「あんた、何?」
「人間たちが精霊っつーモンだな。そんなコトより早くくれ!」
精霊? これが?
霊獣も精霊も、人間と普通に会話できないんじゃなかったっけ。今はミレスちゃんもキィちゃんもいないし、特別な力が働いているとも思えない。ダズウェルさんにも声が聞こえているみたいだし。
「人間! ワレを焦らすのはよくない、よくないぞ!」
「う、うるさ……」
耳元で叫ばないでほしい。
とりあえずこちらに危害を加える様子はないようなので、黙らせるためにも要求を飲むか。
リュックを開けるものの、何が望みなのか分からない。尋ねようと振り向いた瞬間、勢いよく何かが飛び込んできた。
「コレぇ……ワレが求めていたモノぉ!」
頬擦りしながらリュックの中から出てきた自称精霊。その相手は、保存食として持ち歩いていたものだった。
「ええ……?」
それはフォールサングでどうにか売り込めないかと思案していた地産品の、見た目は笹のような草に包まれた透明感のあるゼリー。もっちりとした食感の爽やかなあんこ。
つまるところ、スイーツだ。
「コレ、コレだ……ウゥゥぅううめゃい!」
あんこ味の外見はゼリーのようなスイーツを、小さな身体でどんどん貪っていく。ミレスちゃんもキィちゃんもそうだけど、どういう身体構造しているんだろう。
勝手にリュックに突撃して二つ目を食しているその姿、精霊と言われて納得できる人はいるのか。
「フぅ~。ひとまず満足だぁな」
結局全部食べておいて、ひとまずって何だろう。あの激甘お菓子をまたそのまま食べる気かな。もうないけど。
「よし人間。褒美にワレが何かしてやろう!」
「何かって?」
「できるコトなら何でもだ。ワレにできないコトのほうが少ないがなぁ!」
何でこんなにテンションが高いんだろう。変な言葉遣いだし。
疲れていて突っ込む気にもなれず、ベッドに横たわる男を指差す。
「じゃあこの人、起こせる?」
「ンん~?」
亜麻色の髪の男の上をぐるぐると飛び回る自称精霊。
「ハぁ! コイツぁ転霊の術か、しかも失敗してやがるぅ!」
何が面白いのかケタケタと笑う奇妙な生物に、まさか光明が見えたなんて思っていいものか。
「どういうこと?」
「ソイツぁ──」
「師匠ぉ……! こなんとこおったぁ……!」
また、変なのが出た。
少し開いた窓の隙間から、上半身を忍び込ませるように入ってくるそれ。ぼさぼさの髪は前も後ろも長いけど、人型を模してローブを纏っている。這い寄る姿はまさにホラーだ。
「うっわ、うっわ!」
中に入ってきたそれは急に飛び上がると、眠っているローイン隊長の傍でぴょんぴょんと跳ね出した。
「高度な転霊のん術! なんに失敗しとう! 師匠見てみん! ここんまで完成してんに自分で破っとうとか解せんねぇ~!」
今度は指を差して笑い出す、これまたどこの方言だよと言いたくなる変な生き物。
「ちょっと、うるさい」
「はぁ? だ──だれぇ、ですんかぁ……?」
今までの態度は何だったのかと思うほど急激にトーンを落としたその人物は、師匠と呼んだ奇妙な生物の後ろに隠れた。もちろん私より背の高いそいつが掌サイズに隠れられる訳もないけど。
というか、私のこと見えてなかったのか。その暑苦しい髪の毛のせいか。
「あんたこそ誰?」
「わ、ワスは、そのぅ、えっとぅ」
じりじりと後退するそいつに近づく。
両方いつの間にか音もなく侵入してきた時点で只者ではないんだろうけど、不思議と恐怖はなかった。分からないことだらけで思考が停止しかけていたのもある。
とにかく、これ以上理解不能な状況を増やしたくなかった。
「ねえ」
挙動不審なそいつの前にいる自称精霊を睨む。
「グぅ……スぅ……」
やけに静かだと思ったら、宙に浮いたまま寝てやがる。
まああれだけ甘い物を一気に摂取したら血糖値爆上がりで眠くもなるよね──なんて言う訳ないだろ。
「ぅわぁぁぁ! すんませんすんません! 何でんしやす! 何でんしやすから許してくんさぃ~!」
ぐわしっと掴んだ自称精霊を取り戻すように、不審者が泣きついてきた。
「何でもするって言ったね?」
「ふぁい」
「全部、説明して」
長髪の不審者は人間の男で、ルガリスと名乗った。奇妙な生物は精霊に間違いなく、彼の作った器に入っているから人間とも普通に会話ができるらしい。ツィヴェラと同じようなものか。
そして彼らが転霊の術と言ったもの。それは、術者の霊力を対象者に与えることらしい。
「術者が死んだんとき対象者に霊力が移るん。元々は戦争のんために生み出されたん術やんね。色々と条件はあるんやけんど、絶対条件として自分で自分害したん場合は失敗すんさ」
「何で?」
「発動条件が術者と対象者を結ぶ霊力が他ん霊力に断ち切られるんことやき、緻密に組み立とう双方のん繋がりを自分で断ち切るんは構築しとう術のん破綻やんね。そもそも術構成が二者以外のん霊力を」
「あ、もういい」
「そっちから聞いたんやんかぁ」
「ごめんて」
今は長々とした説明は不要だ。聞いた私も悪いけど。でも喋り方が気になってあまり話が頭に入ってこないし。
とりあえず、今回の騒動はその転霊の術とやらが原因と見ていいだろう。ローイン隊長が術を発動させるためにミレスをけしかけたと思ったほうが辻褄も合う。あの子が乗せられたことは不可解ではあるけど。一体どんな言葉であんな表情をさせたんだか。
一旦そこは置いておいて。現状を整理すると、ローイン隊長がその術の発動に失敗したということ。本当は殺されないといけないのに自害を試みたせいで。
「そこまで切羽詰まってたのかね……で、その対象者っていうのは」
ぼさぼさの男が指を差したのは、いまだ剣の柄に手をかけたままのダズウェルさん。
まあ分かってはいたけど。
「その術をかけることでこの人たちに何のメリットが? 死んでまでダズウェルさんに霊力を与えて何になるっていうの?」
グルイメアで唯一生き残ったという二人。その時、何かあったとしか思えないけど。
でも、わざわざ私たちについてきて、ミレスを煽って、自分の命を絶ってまで得たいものは一体何だというのか。
「普通は戦うんときなんべく戦力を落とさんために施しておくん術やき、わざわざ自分で発動させようっちことはせんね。対象者となんそん人が特別で死にかけとうっちゆんなら分からんくもないけんど」
「ダズウェルさんは健康そのものだと思うけど……まさか、不治の病とか?」
それなら過保護なのも頷けるけど。そう思いながら視線を向けると、ダズウェルさんは小さく首を振った。違うのか。
「あとは……あ、記憶喪失? 霊力が増えると記憶が戻るとかある?」
「いんや。記憶を失くしたん状況と原因にもよるけんど、まずありえんね。ただ……」
「ただ?」
「記憶を失くしとう状態を安定させるんため霊力があるんに越したんことはねぇ。まぁ、そこまでやんか? っち思うき、ありえんけんど」
──記憶を失くしたら霊力の使い方も間違うかもしれませんし。兵士なら戦うし余計にです。力の暴走なんて軍では珍しくないっすから。
いつだかノマくんが言ったことが頭に浮かぶ。
いや、まさか……ねえ? ルガリス同様、そんなことで、と思ってしまう。他人の力の暴走のリスクを減らすために自分の命を犠牲にするか、普通。仮にも国の英雄で、何にも不自由しなさそうな人が。
でも分からなくもないかも。ミレスちゃんが危険に晒される可能性があるとして、自分にできることなら何でもしたいと思う気持ちはあるし。ただ、二人がそれほど深い関係には見えないんだけど。
「それで、何で目覚めないの?」
「さっきん続きになるんやけんど、術構成が」
「簡単にお願い」
「これ以上ぉ!?」
簡単に説明していたということに驚くけど、私の理解力が悪いのか。
唸り声を上げながら上半身をくねらせる男を見ながら、何度目か分からない溜め息を吐いた。
「そぅ……そぅやんな。こん人ん場合は、術のん完成度が高こぅて、失敗したんときのん代償が大きかったんさ。肉体は無事でも指令を下すんとこが壊れとう。見たんとこ、起きるん意志もないみたいやけんど」
脳へのダメージが大きかったことと、精神的な問題ってことかな。
でもまあ、そっとしておいてあげるほど優しくはないんでね。こんなことを仕出かした説明と責任を負ってもらわないと。




