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幼女と私の異世界放浪記  作者: もそ4
第五部 厄難
235/240

22.いっそ夢であってほしい


『おこ、だね~』


 目を覚ましたらしいキィちゃんの呑気な声が聞こえる。

 まだ夢を見ているのか。いや、そんな訳ない。周囲に飛び散る赤い血が、土埃の臭いが、これは現実だと告げている。

 一体何が起こっているのか。理解する前に、追撃しようとする黒い枝の前に立ちはだかった。


「やめて!」


「……」


「キィちゃん治療して! お願い!」


『は~い』


 まさか、また力が暴走しているの? 何で?

 いや、違う。ミレスはローイン隊長以外を攻撃していない。しようとしない。私に攻撃する様子もなさそうだし、きっとあの子自身の意志だ。

 元々あの子が理由もなくローイン隊長を害するはずがない。だとしたらローイン隊長があの子に何かしたとしか思えないけど、ミレスと戦ったとして何の意味が? 絶対に勝てないことなんて分かりきっているだろうに。


「ミレスちゃん、何があったの」


「……」


 駆け寄って視線を合わせる。その瞳は冷ややかで、グルイメアで初めて会ったときを思い出させる。


「しなない。すこし……それなりに、いたいだけ」


「死にかけてるでしょ」


「……」


「ミレス」


 少しだけ下を向いたその顔が、なぜか悲しそうに見えた。


「ミ──」


 ぎゅっと抱きついてくるその身体を受け止める。がっしりと掴まれて身動きが取れないほどだ。これは話してくれそうにないな。


 頑ななその身体を抱き上げ、推定被害者の元へ向かう。

 傍でダズウェルさんが状態を窺っているようだった。

 きっと彼も何が起こったのか理解できていないだろう。感情が追いついていないのか、怒りや恨みの矛先を幼女に向けていないことだけが幸いと言えるかもしれない。

 ローイン隊長は瀕死に見えたものの、キィちゃんにかかればあっという間で、外見上の致命傷は見当たらなかった。ただ右腕が通常の可動域を超えて曲がっているし、一部の皮膚は捲れたり切れたりしたままだ。完治とは程遠い。


「えっと、キィちゃん?」


『死なないくらいにしておいたよ』


「ああ、そう……」


 確かに、完治してしまえば再びミレスとの戦いになりかねない。発端も原因もよく分からない状況ではいい判断か。キィちゃんが殺伐とした考えを持つようになったのは何とも言えないけど。

 それにしても自業自得と思っていいものか。とにかくミレスが話してくれる様子はない以上、この人が起きるのを待つしかない。


「……ぅ……」


 比較的健常な左腕が動く。どこか痛むのか──いや、至るところが痛むだろうけど、ゆっくりと胸元に伸びていく。

 苦痛で胸元を抑えるのか、掻き毟るのか。きっとそんなところだろうと悠長に思っていたのが間違いだった。

 いつの間にか左手に握られたそれが、真っ直ぐに振り下ろされたのだから。


「シーヴ!」


 ダズウェルさんの制止も間に合わず──それは深く、深く刺さった。


「ごふっ」


「キィちゃん!」


『はぁい』


 胸元から、口から、血が溢れる。意味がないことと知りつつ、ローブ越しに患部を抑えることしかできない。


「本当に何がしたいのこいつ!!」


 淡い光に包まれる男に怒りと焦燥感が募る。

 ミレスと戦っていた訳ではないのか。隠し持っていた短剣で自分の心臓を刺すなど──なぜ、自らの命を断つようなことをしたのか。

 まさか、操られているのはローイン隊長のほうだった? これも魔教徒の仕業?


『終わったよ』


「ありがと」


 血塗れのその身体から手を離す。

 右腕の位置も、見渡す範囲の皮膚も、元通りだ。息はしているし、橈骨動脈もしっかり触れる。


「……はぁ」


 この状況を説明できる人はいない。私にしがみついている幼女は喋ってくれないし、目の前の男は目を開けない。

 一体、どうしろっていうんだ。


「いってて……あ、ここにいたんですね」


 再び溜め息を吐いていると、頭を押さえながらノマくんが戻ってきた。


「聞いてくださいよヒオリ様! 酷いんですよ、レノロク──って、どうしたんすかその血!」


「私も知りたいとこ。この人に何かされたの?」


「気絶させられたんです。他に気配がなかったのでレノロクだと思いますけど……」


 ノマくんがローイン隊長に気づく。私の比じゃないくらいに赤く染まったその身体を見て、慌てるでもなく心配するでもなく、口を閉ざした。


「生憎、当の本人は意識を失ったままなんだよね」


 本当に意味が分からない。この奇行にどんな理由があるというのか。

 ダズウェルさんも複雑そうな表情でこの人を見下ろしているし、きっと知らされていなかったとみていい。知っていたら止めるだろうし。


「はぁ」


 溜め息が止まらない。

 無主地を抜けてから、立て続けに妙なことに巻き込まれている。厄年はまだ先のはずだけど。

 リーラメルキュの時といい、ついていけない展開に頭痛が強くなるばかりだ。


「ひとまず移動します? あの小屋、使えそうでしたよ」


「……そうだね」


 ここにいても仕方ない。

 ローイン隊長を運ぶのはダズウェルさんに任せ、道中でさっきまでの出来事をノマくんに説明することにした。


「はぁ、なるほど。わざわざ僕を遠ざけてまでやりたかったことが、それですか」


 怒っているのか、呆れているのか。その表情からは読み取れない。

 まあ突然気絶させてくる上司なんて、見限ったほうがいいよ。私が知る限りでも二回目だし。


「ヒオリ様に怪我がなかったならよかったです」


 へらりと笑うノマくんに何だか申し訳なくなった。若いのにこんなに苦労して、無知なアラサーに言い寄られて(誤解だけど)。

 落ち着いたら、うんと報酬あげようね。できることなら相応しい相手も探そう。年上の美人。







 到着した小屋は、埃っぽいけど意外にも綺麗だった。最近まで誰か使っていたのかもしれない。

 ベッドにローイン隊長を寝かせてもらい、椅子に腰掛ける。

 治療が終わっているはずのこの人が目を醒まさないのは、ミレスの攻撃や術などによるものか、それとも心因性か。

 このまま放っておく訳にもいかないけど、いつ覚醒するか分からない人をじっと待っていることもできない。とにかく、何か情報を得ないと。


「ダズウェルさん、記憶が戻ったんですか?」


 ベッドを挟んだ向かいで立ったままのその人を見上げる。


「あの時、この人のこと愛称で呼んだじゃないですか」


「勝手に口から出たんだ。オレの意志じゃねぇ」


 違う切り口からせめてみようとしたけど、失敗した。もしかしたらダズウェルさんが色々と思い出して、この人が画策していたことを話してくれるかもしれない、という淡い希望は打ち砕かれた。何らかの秘密を知ってしまったダズウェルさんを監視下に置いていたという可能性もあったんだけど。

 他にどういう可能性があるだろうか。


「……何がしたいんですか」


 無意識に彼に触れようとしたその手を、誰かが掴む。


「ダズウェルさん……?」


「……いや」


 むしろ自分が何をしようとしていたのかと我に返るものの、それは向こうも同じだったようで二人して固まってしまった。

 き、気まずい。


「僕、何か食料を探してきますね」


 え、待って。この状態で置いていく気?


『ぼくたちも行こ~』


「へ?」


 頭上から飛び降りたキィちゃんが巨大化し、腕の中の幼女の服を銜える。そして私からべりっと引き剥がすと、ノマくんの後を追うように飛び出していってしまった。

 珍しくキィちゃんが自ら行動したことに感心するべきか、ミレスちゃんを引き剥がせたことに驚くべきか。

 とにかくもう、みんな勝手すぎる。何を考えているのか分からないし。

 というか待って。ここでローイン隊長が目を醒ましたとしたら、襲われたとしたらどうなるの。以前のダズウェルさんならこっちの味方をしてくれたかもしれないけど、今はどうか分からない。むしろこの人がこうなったのは私のせいだと詰られるかも。

 あれだけノマくん偽物事件で一人にならないようにと誓ったのに、フラグ回収が早すぎないか。今から二人を追う? でも危獣なんかに遭遇するかもしれない。ある程度の敵なら、ダズウェルさんでも対応できるはず。頼っていいのか分からないけど。


「本当に、頭が痛い……」


「オぉぅ! ココにある! ワレの求めたモノォ!」


「は?」


 ここにはダズウェルさんと私しかいない。ついにダズウェルさんが狂ったか? と思い頭を上げると、目の前に変なものが浮いていた。

 エナガのような、フクロウのような、モモンガのような。

 何これ。


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