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幼女と私の異世界放浪記  作者: もそ4
第五部 厄難
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21.這い寄る悪夢




「アサヒ、こんなところで寝ていては身体が冷えるよ」


 ふっと声のほうを見れば、軽装のローイン隊長が鍬を持っていた。周囲には視界を埋め尽くすほどの稲が広がっている。


「オイ、飯だ」


 今度はエプロン姿のダズウェルさんが小屋から顔を出す。


「ほらよ」


 テーブルの上にドンと置かれた大きな鍋には、これまた大きな魚の頭が鎮座している。グツグツと煮えたぎるのは紫の汁。


『え~、またお魚~?』


「いがいと、いける」


「文句言ってねぇでさっさと食え」


「ただいまっす!」


 元気よく小屋の扉を開けたのはノマくんだった。白いシャツに何かの返り血がべったりついている。

 その後ろに山積みになっているのは大豚だ。


「肉っすよ!」


『やった~!』


「ほめてつかわす」


「そんなモン明日だ明日」


「ダズウェル、私のお弁当は?」


「そこにあるだろ」







「少しいいかな」


 男は主の腕に抱かれていた幼子に声を掛けた。

 幼子は考える。いつだか、主は「知らない人についていたらダメだからね!」と言った。だが、この男はその定義には当てはまらないだろう。霊獣のキィがいれば安全面でも問題はない。

 そう思い、幼子は眠っている主の腕の中から抜け出した。


 男の後を追う。もちろん幼子と男では体格差が大きく、歩みは遅い。

 幼子は走るという行為を思いつきもしなかった。仮に思いついても実行しなかっただろう。


「……抱えても?」


 痺れを切らした男が振り返り、幼子へ許可を請う。

 幼子は返事の代わりに黒い枝で男を締め上げた。そして周囲の木々が揺れるほどの速さで走り始めた。


 しばらく進んだところで、幼子は男を解放した。ほんの少し力を込めて投げ飛ばせば、男は受け身を取りながら着地する。互いの姿が小さく見えるほどには距離が離れてしまったが、主の感情が移ったのかもしれない。

 男は膝についた土を払いながら幼子へ近づき──剣を抜いた。

 そして、その鋭い切っ先を幼子に向ける。


「おまえ、かてない」


「君は自分より強い相手にアサヒが襲われても、立ち向かいはしないのかい?」


 幼子の答えを待つ前に男は続ける。


「同じことだよ」


 一歩踏み込む。一直線に突撃し、剣を振るう。

 幼子は黒い枝でそれを弾く。四方から繰り広げられる攻撃を躱すことなく、全て弾き返す。剣も術も幼子を捉えることはできない。今の幼子と男とでは圧倒的な差がある。それを男は理解しているはずなのに、なぜ立ち向かおうとするのか。

 男の太刀筋に迷いはない。遊びや訓練などではなく、幼子を本気で殺そうとしている。


「人は変わる。アサヒとエンマーズを見れば分かるだろう」


「……」


「アサヒの隣に、君ではない誰かがいる未来が来るかもしれない」


「……」


「私は、その隣を望む!」


 光と風を纏った刃が幼子を襲る。

 今度は弾かずに、受け止めた。ぎりぎりと、剣と黒い枝の攻防が続く。


「数日前、彼女は命の危機に曝された。けれど君はそれを知らない」


 一瞬、黒い枝の動きが乱れる。


「知らされていない」


 男はその一瞬の隙を見逃さず、一気に距離を縮めた。


「君では与えられないものを、私は与えることができる」


「……ぃ」


 男は小さく何かを呟く。剣を覆う光が勢いを増す。


「うる、さい」


 黒い靄と蒼白い光が二人を包んだ。








「──っはぁ!」


 びっくりした。夢だ。夢でよかった。

 ライオンに追いかけられて逃げ回ったり、空中浮遊したり。そんなあり得ない夢も見ることもある。思い起こせば理解不能な夢も見る。

 あれは後者だ。だって意味が分からなすぎる。本当に夢でよかった。


「わっ」


 ほっとした瞬間、目の前にいた人物に驚く。向こうもそれは同じだったようで、お互い固まった。


「魘されているみてぇだったからよ」


「あ、ありがとうございます。大丈夫です」


 寝転ぶ私を覗き込んでいたのはダズウェルさんだった。もちろんパツパツのエプロンは着ていないしお玉も持っていない。よかった。

 確かキィちゃんに寄りかかっていたはずだけど──と思えば、元のサイズに戻ったもふもふは近くで寝息を立てていた。

 なるほど、寝心地が悪かったわけだ。


「あれ」


 抱き締めていたはずの幼女がいない。

 どのくらい眠っていたのか分からないけど、ノマくんとローイン隊長も戻ってきていないみたいだし。

 そういえば、キィちゃんは除外するとして、ダズウェルさんと二人きりになるのは初めてだ。前回は隊員がたくさんいたし、今回はほとんどローイン隊長が傍にいたし。


「……お前は」


「はい?」


 話し掛けられるのも珍しいな。三人といても大体ノマくん、たまにローイン隊長が会話するくらいだし。


「お前は、オレとどういう関係なんだ」


「どういうって……知り合い、くらいですけど」


 まさか友人ではあるまい。ローイン隊長よりはマシだけど、そんなに親密な仲じゃないし。旅の仲間という訳でもない。こっちとしては同行者って感覚だし。記憶を失くしてからは口数少なくて影薄いし。


「アイツがやたらとお前を気にしてるみてぇだからよ」


「ああ。今は利害が一致しているようなものですけど、前は敵対関係でしたからね。向こうがこっちを手懐けようとして失敗して──こっちとしては裏切られた気分ですけど」


「……」


 何だか納得いかない様子で黙り込むダズウェルさん。

 嘘は言っていないし、これ以上説明することもない。


「お前たちと会ってから、光が見えたとか言っていた」


「気持ち悪いですね」


 ──もし神などという者がいるとしたら、君たちとこうして出会えたことに感謝しよう。


 そういえば、前にそんなこと言っていたな。あれはどういう意味だったんだろう。色々と助けてはくれるけど、あの人が私たちに恩義を感じるようなイベントはなかったはずだし。不用意な戦闘を避けて和平が成立することに感謝、というのも何だか違う気がする。


「むしろこれから何か──」


 ドォン!!

 突然、轟音を立てて風とともに何かが転がってきた。地面を抉りながら減速するそれに、何だかデジャヴ。


「な、なに?」


 おかしい。私の目と頭が狂っていなければ、そこに転がっているのは見覚えのあるローブだ。そして亜麻色の髪。

 あの時ノマくんの偽物をぶっ飛ばした彼が、今度はぶっ飛ばされている。


「や、何に?」


 ようやく彼が飛んできた方向を見た。

 木々が変形し、腐食していく。まるで空間が歪むように、開けていく。

 どこかで見た光景だ。そう、きっとその先には──。


「──ミレスちゃん?」


 物凄いスピードで黒い枝が伸びる。地面に伏したローイン隊長を掴み、締め上げ、宙に吊り上げる。

 そして、勢いよく地面に叩きつけた。


「カハ──ッ」


 黒い枝から解き放たれたその身体は、吐血しながら、数回バウンドして再び転がった。


「ちょ、え? 何!?」


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