17.寄り道 中編
なぜか固くなるノマくんに掴まり揺られること数十分。
ヒスロを繋ぎ、街に入ると一気に活気が溢れた。さっきまでののどかな風景とはまるで正反対だ。
出店もたくさんあって惹かれてしまう。さっき食べ過ぎなければつまみ食いくらいはできたかもしれないのに。
「今度はどこに案内してくれるの?」
「それは着いてのお楽しみです」
いくら情報を得ているからって、知らない土地をこうすいすいと歩けるのは凄いね。私だったら地図アプリに頼る。アイラブ文明の利器。
あ、この世界に来て紙の地図が多少分かるようになったのはよかったのかもしれない。
「プナリエって国知ってますか?」
「名前くらいは」
確か有名な国で、無主地からはそこを中間点として目指してたんだよね。
「あそこは一つの都市であり国です。霊術に秀でた人材と土地に恵まれ、どんな国とも争わず、争いに介入しません。それだけの力があるっす」
へー。永世中立国みたいなものか。
二つの国を見下し、吸収するくらいなら潰そうとか考えてたらしいどこぞの国とは大違いだ。
「そんな国が技術提供をして保護対象としているのがこのリーラメルキュです。献金することでその恩恵を受けています。で、恩恵の一つが通伝機器っす」
「何それ?」
「遠く離れた相手とやり取りできるんです。声だけだったり、顔も見られたり。性能によって違うみたいっすけど」
電話とビデオ機能! 確か軍とかお偉い人しか使えないって言っていたよね。広く流通しないかな。
「それで情報を交換して、いち早く様々な文化を取り入れることで街が活気づいているんです」
なるほど、流行の最先端ってことね。
「その通伝機器って一般市民は手に入れられないの?」
「高位貴族かそれ以上じゃないと無理かと」
「えー、便利なのに。お金ならどうにかなると思うんだけど」
「反逆の恐れなどがあるので貴族じゃなければ厳しいんじゃないですかね……ヒオリ様が聖女だということを周知すれば別でしょうけど」
何という選択肢。百歩譲って勝手に聖女と呼ばれるのはともかく、自ら名乗るのはハードルが高すぎるというか烏滸がましすぎる。
「無理そうですね」
「とりあえず保留かな……」
「本当に欲がないっすね……そんなヒオリ様にはこちらを」
ノマくんが示した先には、立ち並ぶ店と賑わう人々。
今までと違うのは、そこがいわゆるブティック街だろうということ。しかも子ども連れも多い。
つまり、つまりは、だ。
「ミレスちゃんの服……!!」
「行きましょう」
「うん!」
ノマくんたちからもらった白い服は普段着にするにはあれだから、今はあり合わせの服を着ている。何せ子ども服は少ない。
でも、ここならたくさんあるに違いない。
「ああ……ここに住みたい……」
荷物になるからあまり多くは買えない。買えて一、二着だろう。ノマくんたちが荷物持ちをしてくれているけど、さすがに申し訳ないし。
そういう訳で、ひとまずウィンドウショッピングをしているんだけど、めちゃくちゃ楽しい。見ているだけで、想像するだけで、心が癒される。嘘です興奮します。
「せっかくなので試着してみては?」
「そうしたいとこだけど、試着して買わないのって何かね……」
「気にすることないっすよ」
「あ、ちょっと」
ノマくんが店の中に入ってしまった。そしてにこやかに招き入れるものだから無関係を装うことはできない。
「あれ見せてください」
「はい」
商品を持ってくる店員さんに、もはや逃げ場はないと腹を括ることにした。
「こちらはいかがでしょうか?」
「あっちもいいと思います!」
くううぅぅぅ可愛い。どれも可愛いぜ。ミレスちゃん、何でも似合うから困る。
代わる代わる持ってくる店員さんとノマくんに翻弄され、段々理性が保てなくなってきた。
フリルたっぷりのお嬢様服も、植物のような刺繍が施された民族衣装も、ダークサイドに堕ちたような黒衣も、かっちりとした軍服のような服も、いい。なぜ子ども服にあるんだと言いたくなるような、スリットが深いエッな服やエキゾチックな服は冒険できないけど。きっと似合わないことはない。何せミレスちゃんは可愛いから。何着ても最強だから。
そこからはもう、歯止めが効かなかった。
「これもいいっすね」
「こちらもお似合いになりますよ」
「はぁ、はぁ……ミレスちゃん……ミレスちゃんはどれがいい……!?」
どれも素敵で決めきれない。こんなに種類があるのが悪い。
この子に好き嫌いがあるとは思えないけど、自我が成長した今なら少し気になるものくらいはあるのでは……!?
「あれ」
「えっ、ミレスちゃんまさか……」
「いちばん、たかい。けいざい、まわす」
違う。何か違う。
けどまあいいや。ミレスちゃんが選んだってだけで値千金というもの。ただね。
それ、高級ネグリジェセットなんだ。
「ミレスちゃんの決めたものにケチつける訳じゃないんだけどね? できれば外用の服がいいなーなんて」
「これ」
「うんうん、分かるよ。世の中のこと考えてくれてありがとね。これも買おう。だから外用の服を……」
「どれでもいい」
「そっかぁ」
黒い枝で高級ネグリジェセットを店員さんに渡す幼女。驚きつつも苦笑しながら受け取る店員さんにプロだなーなんて思うなど。
「せっかくだからノマくんが選んでくれる?」
「えっ」
まさか振られるとは思ってなかったらしいノマくんが動きを止める。
あれだけ色々薦めておいて一人だけ安全圏にいられると思わないでよ。
「これ、これはどうでしょう!」
長考したノマくんが出した答えは、暑いこの地にぴったりな、黄色と白のワンピースだった。夏のバカンスを彷彿させていいね。
「ありがと。じゃあこれで」
会計をして、ノマくんに選んでもらった服を着ることにした。前の服は処分してくれるらしい。荷物にならなくてラッキー。
それにしても可愛い。左右に分けたしっかり目の三つ編みも似合う。髪飾りも一緒に勝ってよかった。
「あー、楽しかった。ノマくん、ありがとね」
「いえ、喜んでもらえたなら何よりです。ヒオリ様の服はいいんですか?」
「自分の服にはそんなに興味ないからなぁ」
「貸衣装屋もありますよ。せっかく観光地に来ているんですし、どうですか」
「そんなこと言われたら気になるじゃん」
という訳で次の目的地が決定。
ウィンドウショッピングの続きをしながら歩く。
「へー、ここだとズボンも売ってるんだね」
男女別に売っていることの多い店の中、ドレスに交じっているそれ。珍しいことに女性用ということだろう。
「ああ、あれですか。女性でも脚衣をと、その道に精通している方が広めているそうです。何でも、とある国で運命的な出会いを果たしたとか」
「へー。まあドレスより遥かに楽だしね。私もズボン愛用者だからもっと流行ってくれると助かる」
スカートって足がすーすーして気になるからほとんど買わないんだよね。この世界のスカートはロングだったりフリルたっぷりだったりで気になるほどではないんだろうけど。どの道自分には似合わないだろうし。
「そういえばズボンもスカートも全体的に長めだよね。やっぱり足を見せるのははしたないとかそんな感じ?」
「え? いや、まぁ、その……短いと、下半身を強調することになりますし……」
尻すぼみになっていくノマくんの言葉を待っていると、意を決したように口を開いた。
「せ、性的訴求と思われますから」
「……ん?」
「ヒオリ様はそういったことに疎いのかもしれないですけど……」
そうして始まったノマくんの説明を聞く私の目はどんどん遠のいていった。ミレスちゃん、つつかないで。
何とこの世界における女性の魅力というものは、いかに子どもが健康的かつ多く望めるか、その指標として身体が──特に下半身がしっかりしていること、らしい。安産型とかいうやつ? この世界にもあるんだ。
でもまあなるほど。だから美人に見惚れる人はいてもモテる訳じゃなかったんだ。種の保存という観点から分からなくもないけど。
いやちょっと待って。じゃあ何か。自意識過剰かと思ってたけど、ノマくんがちょいちょい私相手に照れている気がしてたのってそういうこと? 昨日の夜はハーフパンツだったし、今は暑いからいつも着ているローブを脱いで普通のズボン。ノマくんにとっては私が性的アピールをしているように見える訳か?
「寸胴体型は、罪……」
「え?」
「服、借りにいこっか」
この街ではタイトなズボンも売っているみたいだけど、ノマくんの誤解は解いておきたい。恥女だとでも思われていたら心外だし。




