23.それぞれの思惑
あいつ、とは。
考えるまでもなく、一人の男が思い浮かんだ。
「……ローイン隊長」
ダズウェルさんの親しい相手は、今のところあのイケメンしか知らない。
「忌み子だとしたら、災いが起こるかもしれねぇ。お前も操られてねぇって、断言できるか」
昔からの言い伝えなんて信じる柄でもないでしょ。
そう詰りたい気持ちはあるけど、この人がそれほどまでに信じている伝承は一体どれほどなのか。影響力が強すぎる。
他で見ない珍しい外見、黒い靄、周囲の腐敗。これだけ一致して別人だと言うには難しい特徴ではあるけど。
黒い靄と周囲の腐敗はその昔話でいう呪いのせいだとして、外見についてはどうなの。大昔の話のその子が今も生きていると思っているの? それとも生贄にされた子が全員同じ容姿だった、もしくは呪いの力を手に入れて同じ容姿になったとでも?
正直、人外のミレスが件の忌み子で、長命だったとしてもおかしくない。おかしくはないけど、じゃあ生贄の子はどうなったというのか。
ローイン隊長が言った内容が全てだとは限らないし、考えると詳細が不明すぎる。
そもそも大昔の伝承なんて、確かめる術はない。
「アイツの両親は、研究者だった。あの言い伝えが本当なのか、仲間たちと洞窟を調べに行ったらしい」
「……」
「だが……帰ってきたのは仲間の一人だけだった。他の奴らは無残に殺され、自分は命からがら逃げおおせたんだと」
今は、不用意に攻撃したりしない。少なくとも、危険が迫っても私がお願いしなければ、何もしない。
でもそれは、私と会うまでに誰も攻撃していないという証拠には、ならない。
「本当に、この子がやったんですか? 証拠、あるんですか」
腕の中の幼女に聞けば分かるかもしれない。分かってしまうかもしれない。
怖いと、思った。この世界に来て、死を実感したときよりも、強く。
「落ち着け」
「落ち着いてます」
「落ち着いてないだろ。大体、何でそんなにも庇う? ソイツが強いのは分かるが」
「そんなの!」
思わず大声で言葉を遮ってしまった。もはや冷静さの欠片もない。
「──当たり前じゃ、ないですか」
忌み子だ何だって好き勝手言ってくれてるあんたたちには、到底分からないだろうけど。
「気がついたら変な森の中にいて、周りには何もないし、やっと人を見つけたと思ったらそいつらには襲われるし、変なモンスターはいるし、飲み水も食料もないし、死にそうだったし……! そんな中で、助けてくれた子を……どうやって疑うんですか」
今でも、死自体への恐怖はない。
でも、死までの過程は──痛みや苦しみへの恐怖は、ある。
ミレスは今まで、その過程を払拭してくれた。
「……悪かった」
「なに」
「お前もまだ小さいんだったな」
「──は? アラサーですけど」
年甲斐もなく喚いてしまったけど、そこは弁えて欲しい。
悪い意味で童顔、背も高くないし、大したくびれも胸もない幼児体形だろうけど。
あれか、外国人から見て日本人は若く見えるとかいうやつか。それにしても「小さい」はないんじゃないの。大体、私のこといくつだと思ってんのこの人。
「ダズウェルさん、何歳ですか?」
「あぁ? ……二十六だ」
若干間があったのは、情報を与えるのを渋ったのか、老けて見えそうなタイプだと自覚しているからか。若くは見えないけど、二十六なら特に違和感はない。
というか。
「年下じゃん」
「は?」
「丁寧語やめていいですか」
「年下? オレが? お前より?」
そうですけど何か。
「一番笑えない冗談だ」
あり得ないだろ、と、ダズウェルさんは初めて凄み以外の柔らかい表情を見せた。
◇
「ファルナーニンセグとやり合ったらしいね」
ダズウェルさんと話をした翌日。いい声でそうのたまったのは、容姿・人格・地位の三拍子揃った亜麻色の髪のイケメンだった。
そういえば何も解決してないんだったと後悔したところで、熟慮する時間も余裕もない。そもそも私は思ったことが割と口に出るタイプだし、駆け引きとか向いてないんだけれども。
「やり合ったというか……」
ダズウェルさんと交代し、こうして会話をするのは何度目だろうか。
ミレスがその容姿から忌み子かもしれないと疑われ、先の戦闘で十二分に裏づけも取れたようなものだけど。
隊長の態度は変わってないし、何か思うところがあっても言動に出さないだろう。
「……聞かれてたんですか」
「結構な声の大きさだったって聞いたよ」
叫びましたからね。近くにダズウェルさん以外の兵がいたのも知ってましたけどね。
馬鹿なの?
「仲良くなれたようで何よりだ」
「……はぁ。そう、ですかね」
ダズウェルさんの笑顔(?)イベントを思い出し反省。
確かにあれじゃ子ども扱いされても仕方ない。ただの駄々っ子だったし。
というかローイン隊長もそんなにダズウェルさんと歳変わらなそうだし、私より年下説濃厚じゃない? 聞いても辛くなるだけだから聞かないけど。
子ども扱いされるのが嫌というより、もう若くないんだから居たたまれなくなる。
「君は、これからどうしたい?」
「どう、とは」
「私たちと初めて対面したときに──そして行動を共にして感じただろうけれど。恐らく自由には生きていけないよ」
伝承から来るミレスへの忌避観念、よくて塩対応。真偽はどうあれ両親を殺されたという隊長たちのことを思えば、塩対応なんて可愛いものだ。国で保護してくれるとはいえ、律された調査隊内でさえこの対応だということを踏まえると、大手を振って歩くのは難しいだろう。
──それは、嫌だなぁ。
今までの私なら、ある程度の自由と安全が保障されるなら引きこもり生活を真っ先に選んでいただろう。
でも、今は違う。
ミレスにもっと何かを与えたい、知ってほしい。柔らかいベッドとか、おいしい食事とか、可愛い服とか。やりたいことはたくさんある。
「一つ、提案があるのだけれど」




