14.さよならを言わせて
有能なうちの子が起きたことで移動がとても楽になった。そんなに長期間寝ていた訳じゃないけど、この毛並みと乗り心地が愛しい。人間、楽に慣れるとダメだね。人をダメにする幼女と霊獣に生かされている。
そして変わらず黒い枝に振り回されている大の男二人に満足。性格が悪くて大いに結構。
まあダズウェルさんはともかく、あの人をキィちゃんに乗せる訳にはいかないしね。何かされたら困る。それに二人を乗せるとなるとどういう配置でも絵面が厳しいし。
「次はこちらか」
車並みのスピードで黒い枝に振り回されてこんな飄々としている人たちを優しく思えないのは仕方ないと思いたい。どうせないものねだりですよ。
「次もよろしくお願いしますね、英雄サマ」
「私はもう国にとっては不必要な存在だよ」
この前もそんなこと言っていたけど、あれだけ尽くしていた国に見捨てられたから自棄にでもなっているのかな。グルイメアでの責任を問われるし仲のよかったダズウェルさんは記憶喪失だし、自暴自棄にもなるか。同情はしないけど。
「あの、ちょっといいですか?」
一つ前と同じようにその辺にいた動物を手土産に、町の人に話し掛けた。みんなを集めてもらい、ローイン隊長からされた説明も問題なかったと思う。
「……そう、ですか」
ただ前回と違ったのは、かなり警戒されているようだということ。手土産には喜びつつも、同盟については前向きでないようだった。いきなりのことで受け入れられないのは仕方ないし、全てがうまく行くとは思っていない。
だからと言って、受容するのも待っていられないんだけどね。
「……先に、私の息子を解放してください。そうしないとこっちも解放できません」
「その心情はどちらにも共通するものだろう。どこかを優先することはない」
「だったら……!」
「順に二カ国を回っている。当然ここの利益も遅れる。戻ってくるのに二月くらいかかるかもしれないけれど、構わないかな」
「……っ」
みんなの視線が一人の女性に集まる。どうやらここで人質を取られているのはこの人だけのようだ。
だとすれば、一人のために町全体の利益を後回しにできるかどうか。
「うっ、うぅぅ……!」
涙を流しながら蹲るその人の肩に、誰かが申し訳なさそうにそっと手を置く。しばらく答えを出すのに時間がかかりそうだった。
結局、この町で匿っていた人質は解放された。その数は三人。みんな衰弱しているものの致命傷はなく、キィちゃんの治療を受けて元の場所に戻ることとなった。
人質になっていた人たちは、いつくかの地点でまとめて相手側の人に引き渡す手筈になっている。今はフェスンデにいるから、人質と迎えはフョヌイの人ということになる。これを全部の村と町でやっていく。今後も同じ状況に直面するに違いない。
「すみません、嫌な役回りで」
「このくらい何ともないよ」
軍人の中でもいいポジションだろうからこういったことには慣れているのかもしれない。前に会った時はもう少し豊かだった表情が乏しいのは、こういうことの積み重ねの結果だろうか。ノマくんも色々大変だったと言っていたし。
今回のことは多少申し訳なく思うけど、同情も憐憫もない。今はビジネスパートナーみたいなものだし、公約を守るためにあるものは活用しないと。
国同士の戦争なんてものに首を突っ込んでしまったんだから、非情になれ。
「何ですか……?」
歩みを止めたローイン隊長が振り向く。
「君が思い悩むことは何もない。全ての責任は私が負う。君はやりたいようにやればいい」
暗い顔を悟られたのかフォローが入るものの、保護者のような振る舞いをされる謂れはない。心配されるのも癪だ。
今更、この人に安心感など覚えたりはしない。
「何のこと? というか前から思ってましたけど、子ども扱いはやめてくださいね。少なくともダズウェルさんよりは年上だし」
「年齢など関係ない。これは私たち軍人がやるべきことなのだから」
それはまあ、そう。私はただの一般人だし、ミレスちゃんとキィちゃんがいるからと言って私自身が何か凄い力を持っている訳でもない。超絶スキルを持ってオレつえーできる物語の主人公ではないのだ。今回の和平の使者なんて不相応にもほどがある。
「じゃあ適任の軍人さん、よろしくお願いしますね」
それでいいとばかりに頷くイケメン隊長に、安堵どころか苛立たしかったのは仕方ないと思いたい。
それから行く先々で人質解放を確認しつつ、狩りや浄化を続けた。
各地の禁域とされる場所には大体魔気が漂っていて、僅かながら幼女の養分となった。それからなぜか魔気があった場所には珍しい植物やら石やらがあるみたいで、資源探しもそれなりに順調だ。
生活が豊かになれば心に余裕も出る。これで新たな争いが生まれにくくなればいいんだけど。
もちろんどこにでも有用な資源があるとは限らない。その時は、ノマくんに資金を渡して調達してくれた様々な種や苗を渡した。成長するまでに時間はかかるけど、ないよりはマシだろうし。後で他に必要な物資も送る予定。一旦マスガンに戻ってその手配をするから結構時間がかかるけど仕方ない。
細々とした説明や仲裁はローイン隊長が請け負ってくれた。さすが部隊を率いる隊長、色んな対応に慣れているみたいだった。私たちだけじゃ限界があるし面倒だから助かる。
そうして二カ国を巡ること数週間。かなり時間はかかったけど、全ての町や村を回ることができた。これが小さな国だったからまだよかったものの、これ以上の規模だと数カ月単位になっていたかもしれない。途中でキィちゃんが起きてくれて本当によかった。
二つめの町で息子さんを解放して欲しいと嘆いていた人は、朗報を知ってまたその場に泣き崩れていた。実際に会えるのはもう少し後だろうけど、罪悪感が軽くなったのは事実だ。
二カ国を一周して戻ってくる頃には、この活動が人伝に知れ渡ったお陰で話もスムーズだった。あの会議に参加していた人たちが話を大きくしたせいで、この辺りでもまた聖女やら何やらと言われることになってしまったけど。
とにかくまあ、無事に公約は果たせた。後は今後も戦争が起きないことを願うばかりだ。
「もうすこし」
『すぐにつくよ~』
「今回もありがとね、二人とも」
やるべきことを終えてやっとマスガンへ戻ってきた。
不足分の物資の手配などを含めた最終的な手続きを済ませれば一段落だ。
ちなみにあの時襲撃してきた魔教徒の生き残りから話を聞き出そうとしたものの、特に情報は引き出せなかったらしい。
「あれくらいで死ぬなんて堪え性がないっす」
溜め息を吐くノマくん。血塗れの手袋が目に入ったけど、詳しくは聞かなかった。まあ知らなくていいこともあるよね。
各地の町や村には魔教徒の残党がいる様子もなく、その影響も薄れつつあった。二カ国の互いに対する敵意が和らいでいるみたいだったし。
小さいとはいえ国規模で洗脳紛いのことをできる勢力が身を隠しているのが気になるけど、今できることはない。
「お待ちしておりましたヒオリ様!」
眩しいほどの笑顔で出迎えてくれたのは、領主のクラメントさん。
「近隣の住民から話は聞いていますよ。協議書に書かれた条件以外にも、様々な支援をしていただいているとか。マスガンもたくさんのご支援をいただいて……」
「気にしないでください。この子たちのお陰でそれなりにお金持ってるのでね」
「ぽけっとまねー」
「ぽ……?」
いやー、結構お金を使ったけど物価がそこまで高くなくてよかった。全財産の三割くらいで済んだし。どうせ今のところ大して使い道ないしね。
それに、うまく行けばあのケェルニアとかいう国の鼻を明かせるかもしれない。
「あー、やっと心置きなく帰れる~」
慣れないことをすると疲れるな。テア様あてに手紙も出せないし、早いところヒスタルフに戻ろう。
さっさとこの人たちとお別れして。
「ということで、お世話になりました。私たちはシィスリーに行きますので」
一応最後の挨拶くらいはしておこうと思ったのが間違いだった。
「待ってください!」
「何だねノマくん。成功報酬は渡したはずだけど」
「それはもう十分に。じゃなくて」
「それとも何? フェスンデとフョヌイを潰せと宣ったケェルニアとかいう偉そうな国が文句でも言ってきた?」
「いやぁ、あれは見事でした。ケェルニアから買い占めた物資を復興支援に回しただけでなく、各地が自立できるような資源探しや知恵まで……そのうちケェルニアも気にしなくていいほどの国に発展するかもしれないっすね! じゃなくて」
「うん」
「そのー」
「私たちも同行願えないかなと思ってね」
ノマくんの後ろから現れたのはローイン隊長とダズウェルさん。手にしている荷物からして、この人たちもここを出るつもりだろう。
「嫌って言ったら?」
「うっかりこの協議書を燃やしてしまうかもしれないね」
ハッとした顔で机の引き出しを開けまくるクラメントさん。蒼白い顔でこちらを見てくる。
ちょっと、ちゃんと保管しておいてくださいよ。
「脅しですか」
「そんなつもりはないけれど」
あーもう、見つかる前に出発しようと思ったのに。
せっかく時間とお金をかけてやり遂げたことが水の泡になるのは辛い。
「まだタルマレアに言われてることとかあるんでしょ? 私たち、シィスリーに戻るだけですよ」
「構わないよ」
この人が何を考えているのかさっぱり分からない。見つかってしまったものは仕方ないし、今回のことを含め思惑を知れるならいい……のか?
ひとまず、フョヌイとフェスンデに手出しできないところまでは一緒に行くかな。どうせ勝手についてきそうだし。




