13.ハローマイもふもふ
キィちゃんが起きないので、ミレスちゃんの黒い枝に包まれて移動することにした。
ノマくんは襲撃者含む片付けで居残り、あとの二人は一緒に行くことになった。ローイン隊長は各地での事情説明係、それから何を仕出かすか分からないから監視も兼ねている。ダズウェルさんに関してはどちらでもよかったんだけど、別行動となることに難色を示したローイン隊長のせいでこちらに同行することに。
自分から突き放すような態度を取っておいて離れがたいって何なんだ本当。ツンデレのほうがまだ可愛げがあるぞ。いやローイン隊長がツンデレだったら怖いか。
「じゃあ行きますよ」
「しゅっぱつ、しんこー」
『ん~……』
「……」
「……」
「っぷぷ」
思わず吹き出した声は、風に掻き消された。
黒い枝に絡まるイケメンと屈強な男が宙に舞っているのが何ともシュールだ。すれ違う人たちも何事かと振り返っている。
まあかく言う私も直立簀巻き状態だけれども。
「とうちゃく」
「いってて」
黒い枝に解放され背伸びをすると気持ちがいい。久々だったから身体のあちこちが痛む。すっかりキィちゃんの乗り心地に慣れてしまっていたな。もふもふが恋しいよ。
私とは対照的に、余裕そうな二人が少し羨ましいというか妬ましい。
「さて。どうするつもりかな」
「先に町の人たちに事情を話すので、その役目をお願いします。それからあっちに禁域があるみたいなので、危獣やら害獣を倒しつつ浄化しに行きます。後者は別について来なくてもいいですけど」
「同行しよう」
「さいですか」
ダズウェルさんを危険に晒したくないからついて来ないかと思ったけど、向こうも同じようにこっちを監視したいのかもしれない。
ま、お好きにどうぞ。この人一人ならミレスちゃんの相手じゃないし。
「じゃあ早速説明お願いしますね」
面倒な事は任せるに限る。
「その前に……君は、どの程度まで持ち上げられるのかな」
「けっこう、いける」
「そうか。では手土産でも持参してはどうだろう」
「え?」
言うや否や、後ろから風が。そして一瞬にしてローイン隊長が姿を消したかと思えば、その手には血の付いた剣。そして大きな音と土煙を纏った何か。
ようやく、物凄いスピードでやってきたそれを切り倒したということに気づいた。多少フォルムが違う気もするけど、多分大豚だ。
そういえば、戦争のせいで大型の動物が狩れず食糧難になっている地域も多いって言ったな。
「なるほど。いい食料になりますね。ミレスちゃん、お願いしてもいい?」
「ん」
「オイ」
「はい?」
聞き慣れない声に振り向くと、再会して初めてダズウェルさんと会話をすることに気づく。
「アレも持っていけ」
その親指の先は天を向いている。空を見上げれば、そこそこ大きな鳥が飛んでいた。
あれもおいしいのかな。
「えい」
お願いする前に黒い枝が伸びて、あっという間に数羽の鳥が地に落ちる。地面に叩きつけられて血と羽が飛んで若干グロテスクだ。
「これでいいですか?」
「あぁ」
記憶喪失なのにこの鳥がいい手土産になることは知ってるんだ。ローイン隊長たちとの旅のお陰かな。
「ほ、本当にもらっていいんですか!?」
「しかもこんなに……!!」
事情を説明して食糧を引き渡すと、涙ながらに感謝された。マルウェンやヒスタルフにいた時のことを思い出すな。あの時もこんな感じだったっけ。
でもあの頃は無愛想だった幼女も、大分自己主張ができるようになった。私が聖女だ何だと持て囃される謂れはないので、本人に偉ぶってもらおう。
「ミレスちゃん、ちょっと自慢してみて」
目を潤ませている人々に向け、抱きかかえていた幼女を差し出す。
「うむ、くるしゅうない」
「何か違うんだよな~~」
挙手するような黒い枝は可愛いんだけれども。
この語彙は私がデータベースである以上どうしようもないのか。パソコンに妙な変換を覚えさせた気分だ。その内ネット用語とか多用し始めたらとか考えると怖い。
「アサヒ、ここに人質はいないようだ」
いつの間にか姿を消していたローイン隊長がどこからともなく現れる。
「仕事が早い。じゃあ次に行きますか」
ノマくんに作ってもらった地図を確認しつつ、近くにある危獣出没地域と禁域を目指す。途中で遭遇した害獣は黒い枝に轢き飛ばされていった。
徒歩に変わってすぐに危獣が襲ってきたものの、ミレスちゃんが手を出す間もなくローイン隊長があっさり返り討ちにしていた。おまけと言わんばかりの害獣たちはダズウェルさんが倒したし、心強すぎる。いつかの敵は今日の味方ってか。いや、最後まで信用はできないけど。
それにしてもこの辺りでは危獣なんかの報告義務がなくてよかった。エコイフの人たちもこっちもお互いいいことがないからね。ある程度大きな国だとそうは行かないみたいだけど、その時はローイン隊長に任せよう。
「ミレスちゃ──」
「ん」
「──言うまでもないって感じか。ありがと」
今度はこっちの出番、と思ったもののあっさりと目の前の魔気を吸収してしまった幼女を撫でる。
「……」
「何か問題でも?」
魔晶石か危獣の死体でも埋まっていたであろう祭壇。その近くでしゃがんで一輪の花に触れるイケメン。絵になるのがムカつく。
「これは霊気が豊富にある場所に咲く花だ。魔気に侵されていたにも関わらず枯れ果ててもいないとは不思議だと思ってね」
「はぁ……そういえば、グルイメアにも花とか果実はありましたね」
あそこにあるものは魔気がたっぷり含まれているのかもしれないけど。綺麗な川もあったし、魔気が必ずしも悪影響を及ぼすとは限らないとか?
「あ、前にマルデインさんが危獣の死骸が栄養になったかもとか言ってたな」
フォールサングに向かう途中の霊大樹の話だ。でもあれは多分霊大樹のポテンシャルが凄いのであって、これは対処できなかった魔晶石を封印している場所のはず。だとしたらグルイメアに自然や食糧がある謎の方に近いのか。
「ほとんどの草木に含まれる霊気は乏しい。だから魔気の影響をそこまで受けずに済んだのかもしれない」
「なるほど」
私がグルイメアに飛ばされてきた状態と同じってことね。
「それにしてもここまで魔気をなくすことができるとは……かの聖女が使えたという浄化の術、あるいは精霊の祝福と言われてもおかしくないくらいだね。君たちが聖女と噂されるのも頷けるよ」
「頷かなくていいです」
グルイメアの時も異形の危獣から出た魔晶石を吸収しているのを見たくせに、嫌味にしか聞こえない。まああの時と状況は違うけれども。
「タルマレアの英雄サマのお眼鏡にかなったなら何よりですよ。これで本当に私たちをどうこうしようって気にはならないでしょうし?」
負けじと嫌味たっぷりで言い返すと、ローイン隊長は無表情のまま口を開いた。
「以前も言ったけれど、タルマレアに君たちを害する意思はないよ。そんな力もね」
「そりゃあよかった。ま、何かしてきてもミレスちゃんには敵わないしね」
「ん」
一つの国相手に戦っても許されるくらいの功績は残せていると思う。それもこれも全部ミレスちゃんとキィちゃんのお陰だ。
「うちの眠り姫はいつ目覚めるんだか」
『ん~……あるじさま、よんだぁ?』
「キィちゃん!」
寝惚け眼で欠伸をする白いもふもふ。いつもより起きないから少し心配になったけど、本当にただ寝ていただけらしい。この寝坊助さんめ。
と言っても仕方ないか、色々力を使ってくれているしね。体力回復のためには仕方ないか。
むしろ私の方が悪徳飼い主じゃないだろうか。
「ごめんねキィちゃん、好きなだけ寝てて……」
『まだ少し眠いけど、大丈夫だよ~』
「あとでたらふく美味しいもの用意するからね……!」




