12.早く帰りたいので
置いていかれないようローイン隊長の後を追う。
肩の上のキィちゃんは目を覚まさないままだ。術を使えなくするとかいうさっきの光でやられたのかなとも思ったけど、どうやら寝ているだけみたいだった。マイペースだな。
というかキィちゃんといいミレスちゃんといい、この態度からして大した相手じゃなかったのか? それともローイン隊長がどうにかしてくれると思っていたのか。信頼とかだったら嫌なんだけど。
ひとまず危機感がない二人はともかくとして。
「あいつら何者なんですか」
小走りでやっと追いついたイケメンを見上げる。
「さっき何か言ってましたよね」
「魔教徒のことか」
「そうそれ」
どこかの部屋に立ち寄ったと思ったら、突然服を脱ぎ出すローイン隊長。
何を血迷って──あ、血で汚れてるからか。
「タルマレアでは上層部の中でも一部しか知らないことだけれど。魔族を信仰し、教義を掲げ活動している者たちをそう呼んでいるようだね」
この人、着痩せするタイプか。インナー越しでも分かるくらいしっかり筋肉ついてるな。久々に会ったときは少し痩せたというかやつれたように見えたけど、そうでもなかったかな。
まああんな肉弾戦できるくらいだし。
「その人たちとここの国の戦争とどんな関係が?」
「魔族が人々の争いを好むと言われているようだね。霊力の激しい衝突が魔力を生むとも」
なるほど。大きな力のぶつかり合いが歪みを生み出しているのかもしれないのか。歪みから危獣が出てくるくらいだし、人間界と魔界との通り穴になっていてもおかしくない。
ベルジュロー家のおっさんたちも、その魔教徒が関係していた可能性が否めないな。おっさんたちが利用される形で。
「うーん、目的は魔族の復活ですか?」
「恐らくは。あるいは……」
顔に残った微かな返り血を拭い、ハンカチを無造作にポケットに押し込む。らしくない行動に違和感があったけど、会話の内容の方が大事だった。
「すでに魔族の配下に置かれているか」
そういえば、モーナルエのときも首謀者の正体が曖昧のままになっている。ツィヴェラの話では魔族ということだけど、公にはされていない事実だ。
魔教徒というのは初耳だけど、各地に残る魔術の痕跡は彼らあるいは彼らを先導している魔族がいるかもしれないということだろうか。まあ魔族は隔絶されているだけで滅んではいないみたいだし、ツィヴェラみたいに別の魔族が人間界にいてもおかしくはない。
「驚かないんだね」
「え?」
「普通は魔族など空想話と笑う人間がほとんどだけれど。聖女たる所以──いや、そのために誕生あるいは遣わされでもしたのかな」
「あー、はは」
魔族なんてファンタジーにはつきものレベルだし、実際に会っているし、とは言えない。
「あ、ミレスちゃんはその魔教徒とかいう疑いかけられないんですね」
「君のその子に対する言動を考慮すると疑いが全くない訳ではないけれど。ここまで目立って善行を重ねる姿と彼らとはどうにも結びつかないからね」
「はぁ」
「それに君たちの力は強大だ。先の一件で失敗した以上、あれ以上の策を出す時間も労力も今のタルマレアにはない。霊獣も味方につけているようだからね」
ああ、タルマレアって反乱で忙しいとか言ってたっけ。内部分裂でそれどころじゃないのか。
「上も君たちの功績に肖るほうが得だと踏んだのだろう」
「ふーん」
ほとんどはミレスちゃんの養分集めのためだったけど、何だかんだ忌み子という汚名は返上しつつあるね。よきかなよきかな。
「それにしてもお国への忠誠心凄いですね~。趣味の一つでも見つければいいのに」
「……」
「な、何ですか」
「……いや、以前同じようなことを言われたものでね」
嫌味に対して怒ったかと思ったけど違うようだ。この表情は何だろう。懐かしさ、寂しさ。そんな哀愁を感じる。
もしかして、ダズウェルさんだろうか。それは、間違っていないだろうか。
「だって、生きてるんですよ」
私には分からない。記憶がそんなに大事なんだろうか。
もしミレスが私のことを忘れたとしても、ミレスとの思い出が消える訳じゃない。ミレスに対する気持ちが変わることはない。
「ひぃ」
「あ、ごめんね。大丈夫だよ」
浮かない顔をしてミレスを抱き締める腕に力が入ったのがばれたらしい。
愛しい幼女の頭を撫でて、再び歩き始めた隊長の後を追った。
まあ、私には関係ないことだしね。
「ああ、ご無事でしたか」
イケメンを追った先で出迎えてくれたのは違うイケメンだった。腕の立つクール系兵士とは違い、心配そうな表情を見せる低姿勢の領主様。
「そちらは大丈夫そうですか」
「はい、お陰様で。敵襲があったことは皆に伝わっていません」
「よかったです」
さすが仕事ができる。ノマくんのお陰でもあるのかな。
会議の参加者には無駄に心配させたくないから助かった。知らなくていいこともあるしね。
「こちらへ」
クラメントさんに案内され、部屋の中へと入る。
一斉に向けられる視線に一瞬圧倒されたものの、それが敵意ではなく焦燥で、安堵に一転したことでこちらもホッとした。
「逃げ出したのかと思ったぜ」
「まさか。遅れてすみませんでした」
頭を下げながら椅子に座る。いつもなら頭上にいるキィちゃんが落っこちてきそうなものだけど、肩に乗っているから無事だった。これを見越して肩にポジションを移したのか? というかいつまで寝てるつもりかな。
「こちらを」
キィちゃんに気を取られていると、目の前に紙の束が置かれた。
この前みんなに配った契約書だ。下にサインもされている。少し捲って確認すると、どうやら全てに署名されているだろうことが分かる。
「これ……」
「もちろん葛藤はあったさ。あんたがここまでする理由に納得できなかったからね」
「でも兵士の兄ちゃんとここの領主に君たちのことを聞いてね」
「今までの争いも憎しみもなくならない。だがそれだけでは駄目だよな。子どもたちのためにも……国の未来のためにも」
その場にいた全員が頷く。どうやら交渉成立らしい。
「二日、ゆっくり考える余裕があったからか、何だか気持ちが楽になった気がするしな」
「ええ。不思議と相手を憎む気持ちも薄らいだというか……」
これにもみんな同意らしい。確かにこの前の会議のときも、気まずさみたいなものは感じたけど強い敵対心はないみたいだった。
もしかして、と思いつつローイン隊長を見ると小さく頷いた。
これも魔教徒とかいう奴らの仕業なのか。二カ国を戦争に導き持続させるくらいだ。霊術を奪うというスキルを持っているなら、精神感応とか洗脳みたいなスキルがあってもおかしくない。それが町を離れたこと、あるいは奴らを倒したことで薄らいだのか。前者だとマズいな。
「とにかくよかった。では早速今から行きましょう」
「行くって、どこへ?」
「とりあえずここから近い町や村を回って害獣や危獣を狩りつつ、各地の資源回収場所を案内します。皆さんは町に戻って、人質がいる場合は速やかに解放してください。もしかしたら反対されるかもしれませんが、その辺の説得はお願いします」
「い、今からか? 近い村と言ってもそんなに大人数で移動は……」
「あ、私たちのことはお気になさらず。皆さんはここまで来たヒスロでお帰りください」
善は急げってね。
「キィちゃん、キィちゃん起きて」
『ん、んん~』
「ダメだこりゃ。ミレスちゃん、久々にお願いしてもいい?」
「もち」
「その語彙どうにかならないかな」




