11.急襲
「あの隊長にそんな言葉と視線を向けられるのはヒオリ様くらいっすよ」
ケタケタと笑うノマくんに、君も大概だと思うけどという言葉を飲み込む。
「まあいいや。手筈通りによろしくね」
「了解っす」
本当に何を考えているのか分からないし気味も悪いけど、作戦が上手くいくならそれでいい。早めに終わらせてさよならしたいところだ。
「きもきも」
『きも~』
あと言葉遣いに気をつけよう、うん。
◇
準備万端で迎えた二日後。少し早めに会場に行って最終チェックの予定だ。
向こうには何のデメリットもないし、和平は成立するはず。この二日間は気持ちを整理する期間に過ぎない。
今日の議会が終わり次第、各地の捕虜の解放と負傷者の治療にあたる。できるだけ早く話し合いを終わらせたいところだ。
「こんにちは」
「ちわ」
小さく会釈しながら部屋に入る。壁際にダズウェルさんが立っていて、近くの椅子にローイン隊長が座っていた。ノマくんがいないからか、ちょっと気まずい。
「見れば見るほど聖女の行いだな」
資料を眺めながら嫌味か判別できないようなことを言うローイン隊長。
この世界は殺伐としてるからこれくらいのことでもかなり持ち上げてくれるよね。もう慣れてきたけど、ちょっとしたことで株が上がりまくるし。
「まあミレスちゃんの心証を上げるにはちょうどいいでしょ」
「そうだな」
肯定されるとそれはそれで変な感じ。この人、本当に国の方針に沿って生きてるだけなんだな。
「アサヒ」
「はい?」
呼び方はそのままなんだ、と思った瞬間。
バンッと大きな音を立てて後ろの扉が開いた。振り向くと眩しいほどの光が視界を埋め尽くす。
「な、なに?」
すぐに光は収まり、気付けばローイン隊長は立っていて、その視線の先には数人の男たちがいた。
いや、多分数人では済まない。出入り口で見えないだけで、後ろにはもっといる。
会議に来た人たちではない。武装は禁じられているのだから。
「二日も猶予をくれて助かったぜ」
一人の男が笑いながら中に入ってくる。その手に握った剣を突き付けながら。
「数は分かるかい?」
「……よんじゅう、ろく」
小声のローイン隊長に幼女が答える。ガヴラの時といい、強者同士で通じ合うのジェラシーなんですけど。
いやそんなこと言ってる場合じゃない。武装した奴らが四十六人もいるの?
「おっと、動くなよ。どうせ術は使えないだろうがなぁ」
「貴重なものを持っているものだね」
「分かってんなら話は早い」
さっきの光のせいで霊術が使えなくなったのか。
あれ、会議のためにローイン隊長も武器を持っていないはずだよね。つまりは丸裸も同然ってことで。
ミレスちゃんの攻撃も霊術なんだか魔術なんだか分からないから迂闊なことはできない。割とまずいことになってないかい。
『ん~……』
そしてキィちゃんはよくこんな状況で寝ていられるね。
「ま、簡単な話だ。ここで死んでくれってな」
「魔教徒」
「は」
ローイン隊長の言葉に、先頭の男が立ち止まる。
「なるほど。君たちがこの戦争の原因という訳か」
「さすがタルマレアの英雄。だがそれも今日で終わりだ!」
飛び込んでくる男とともに、後ろの奴らも一気に押し入ってくる。
身構えるダズウェルさんに、そういえば護衛だから剣持ってるじゃん! と思ったら、ローイン隊長が片手で制した。何で、と疑問符を浮かべると同時に色男は姿を消した。
「ガッ」
「うっ」
いつの間にか先頭の男は倒れ、周囲は赤に染まっていた。
殴る、蹴る、奪った武器を振るう。どれも急所を突いているようで、一撃で沈んでいく武装集団。
出入り口が一つしかないからか、次々と現れる相手を難なく屠っていくローイン隊長。
「すご」
そのうち状況に気づいた向こうが、壁を壊した。術を唱えているらしい数人にローイン隊長がナイフで斬りかかるものの、空間が広がったせいで他の奴らに取り囲まれてしまう。
が、十秒もすれば立っているのはイケメンただ一人だった。赤い血溜まりの中、自らも返り血に染めた男。それでもなお損なわれないその顔の造りは、羨望を超えて恐怖すら想起させる。いっそ、ある種の美術品のようでもあった。
男は倒れている奴らから剣を取り上げると、止めを刺しにかかった。
「っ」
いくら命を狙ってきた相手とはいえ、人が殺される場面は直視したくない。
「あっ、いたいた」
殺伐とした雰囲気の中やってきたのは、呑気な声のノマくん。
「向こうに新しい会場を用意してもらったので、行ってください。後片付けはしとくっす」
へらへらしている言動に似合わない血の汚れがあるけど、襲撃されたのはここだけじゃないってことか。
それにしても三人で国からの依頼をこなしているだけあるね。ノマくんもそれなりの実力ってことだろうし。
「時間があまりないようだ。行こう」
「あ、はい」
剣を投げ捨てたローイン隊長に近づくと、目の前に影が落ちた。
「お前は、何で……」
何かを言いかけて口を閉ざしたのはダズウェルさん。それと同時に、腕の裾でローイン隊長の顔についている血を拭う。それを振り払うでもなく一瞥すると、くるりと身体を翻した。
「君は何もしなくていい」
それだけ言うとさっさと行ってしまうローイン隊長。残されたダズウェルさんの表情は読めない。
何なんだ、この雰囲気。
「ししゅんき、はんこうき」
「多分違うかなぁ」




