10.和平会議
そういえばローイン隊長に名前のこと言うの忘れてたな。まあいいか。
「な、何なんだあんた」
「聖女だか何だか知らないが、今は重要な話し合いをしているんだ。関係のない奴は──」
「言っただろう。彼女がこの場の重要人物だと」
苛立ちを隠せない人たちの言葉を遮り、ローイン隊長は続ける。
「私たちは武力行使するつもりだった。けれども彼女は両国の和平を願い、使者となるべく申し出てくれた」
何か美化されているような気がするけど、まあいい。
話を聞いてくれそうなこの雰囲気を逃す訳にはいかない。
「綺麗事は言いません。ただ、無意味に戦い続けるのはやめませんか。この戦争、一部では引っ込みがつかないだけだとも聞きました。これを機にひとまず停戦を提案します」
私が小さく合図を送ると、ノマくんがみんなに資料を配り出す。全員に行き渡ったところで、少し大きく強めの声で宣言した。
「私、ヒオリ・アサノの名のもとにフェスンデとフョヌイの同盟を結びます。二カ国間の争いを禁じ、対価として以下の三つを提供します。一つ目、負傷者の治療。二つ目、二カ国内の危獣出現区域での危獣討伐及び魔気浄化。三つ目、それぞれの国の資源採掘、それに関する助言。何か質問があればどうぞ」
まあ今までやって来たことと変わらない。一つ目はどのくらいの範囲になるか分からないけど、ノマくんに二カ国の規模感は確認済みでそこまで時間はかからないだろうと予測。キィちゃんの承諾も得てある。
「そんな都合のいいこと……」
「大体、こんなことできるのか?」
半信半疑でひそひそ話をする人たちの中、誰かが挙手をする。
「発言をよろしいでしょうか」
「許可しよう」
ローイン隊長の言葉を受けて立ち上がったのは、ここの領主であるクラメントさん。
「聖女様御一行のお力は本物です。ここマスガンの者は皆治療していただきました。呪いだと言われた私の顔もそうです」
クラメントさんの発言にさらにざわめく会場。近くの人たちで話し合う中、真っ直ぐこちらを見つめる視線が一つ。
「嬢ちゃん……いや、あなたは、ダナレから無主地を越えて来たと言っていた……」
フョヌイでジュースを驕ってくれたおじさんだ。カレー擬きを食べたお店だから覚えている。あの人結構偉い人だったのか。
「一つ、いいか」
小さく手を挙げたのは一人の男性。フョヌイのおじさんとは反対側に座っているから多分フェスンデの人だろう。
「どうぞ」
「この条件でお前さんに何の得がある? ここには関係のない人間だろう」
まあ疑問にも思うよね。ぽっと出の奴に同盟結ばされる上、そいつに何の利もない条件だし。怪しいことこの上ない。
でも、理由ならちゃんとある。
「目の前で人が死んでほしくないだけです。見知ってしまった人たちを見殺しにするのも後味悪いし」
「それだけの理由で……?」
「私にとっては十分な理由です。それに自慢じゃないですけど、このくらいの条件ならこの子たちにとっては特別難しいことじゃありません。ま、役不足ってやつですね」
歪みができて大物が出現しているとなれば話は別だけど、ここ数日調べた範囲と受けた報告ではそんな兆候はない。元々この辺では危獣もそんなに見かけないみたいだし。
「もちろんこの条件は私たちにカバーできる範囲で、ですけど。治療の効果はクレメントさんが保証してくれますし、戦力に関してもお望みならこの人よりは強いと証明してみせましょう」
「その必要はない。先日の危獣との戦闘でその証明に足るだろう。わざわざ時間を浪費することはない」
チッ。あわよくば戦闘不能くらいにはできないかと思ってたけど、そうもいかないか。
「……少し、考えさせてくれんか」
「ああ。願ってもない申し出だが、長く続いた争いをそう簡単に終わらせられることじゃないんでな」
双方を代表して保留の返事。みんなそれに異論はないようで、頷いている。
見た感じ反発したそうな人はいないみたいだし、今日はこの辺が落としどころかな。
「あまり猶予は与えられない。二日後、今日と同じ時間にここへ集まるように。参加しなかった場合は意見がないものとする」
ローイン隊長の言葉で会議は一旦解散となった。
二日の猶予があるけど、距離的に自分の領地に戻ることはできないしゆっくりこの町で考えてもらうことになる。暴動とか妙な気を起こさないようローイン隊長とダズウェルさんが見張ってくれるみたいだし、その間やれることをやろう。
「お疲れ様です」
「……」
部屋を出て見張りをしていたダズウェルさんに挨拶をすると、視線は合うのに無視された。初めて会ったときと同じだ。ちょっと寂しいけど、記憶がないのなら仕方ない。敵意を向けられないだけまだマシなのかな。
「ノマくん、ちょっとちょっと」
「なんでしょう」
人気のないところに呼び出したところで、こっそりあるものを手渡す。
「はい、これ」
「え? 例の資金は十分でしたけど」
小さな袋の中身を見たノマくんが不思議そうに首を傾げる。
「色々手伝ってくれたからね。これは個人的な報酬の前金。全部終わったら同じようなのもう一つあげる」
エコイフが使えないこともあるから現金とは別に宝石をいくつか用意していた。各国共通で価値のあるものを持っていると便利だ。
「そういうことだったら遠慮なくいただきます」
ノマくんの現金なところは気に入っている。ちゃんと報酬を与えたらその分の働きをしてくれるんだからね。
あ、これ悪役っぽいかな。
「そういえば、そろそろ話してくれてもいいんじゃない?」
「何がっすか?」
「あの人が何を企んでいるか」
何度考えても、こんな面倒なことをするより二カ国ともちゃちゃっと武力で制圧したほうが早い。今までそうして来たのなら尚更。それがどうして私たちを挟んでまで回りくどいことをするのか。下手したら私たちの手柄になりそうだし。
「疲れたんじゃないすかね」
「何に?」
「ファルナーニンセグを気遣うあまり、今まで武力的な解決ばかりしてきました。報復もそれなりにあります。全部返り討ちにしてるっすけど」
「ごめん分からない。どういうこと?」
「記憶を失くしたら霊力の使い方も間違うかもしれませんし。兵士なら戦うし余計にです。力の暴走なんて軍では珍しくないっすから」
「戦闘がないのに越したことはないってこと?」
「そうっす」
グルイメアで会ったときは任務第一、その他興味ありませんって感じだったのに。まあ何事にも無関心な人間が一人に執着するのって割とよくある設定だしな。
でもあの人、ダズウェルさんのこといない人扱いしてたけど。あの言い方からするに、記憶喪失の人間は元の人間とは別人と思ってるタイプかな。それともグルイメアでダズウェルさんを足蹴にしたことを後悔しているとか。
とにかく私たちを陥れようとしている訳じゃないならいいんだけど。あの隊長だからな、用心するに越したことはない。
「もし神などという者がいるとしたら、君たちとこうして出会えたことに感謝しよう」
いつの間にか近づき、そして通り去っていくイケメン隊長。その後ろに続くダズウェルさん。
「え、キモ」
「ブハッ」
思わず漏れ出た声に、ノマくんが吹き出した。




